第6話 夜会での出来事
夜会用にとオルセイヤーが出してきたドレスや宝飾品を見て、私は即座にダメを出した。
「私は随伴として出るのでしょう?こんな派手で豪華なドレスではダメですよ」
随伴というのは付き人であるから、主人を立てる装いが求められる。今回の場合はオルセイヤーの付き人なのだから、オルセイヤーより目立たない、出来れば彼を引き立てる装いが望ましい。
それがオルセイヤーが持ってきたドレスはどれも豪華で華麗でオルセイヤーを引き立てるどころか、夜会の主催者に喧嘩を売っていると取られかねないような代物ばかりだった。
「しかしだな、アンは私の婚約者なのだから華麗に装ってもらわないと」
随伴での出席だって言ってるでしょう!私が眉を逆立てると、オルセイヤーは渋々諦めて、地味目なドレスを出してきた。何着あるのよ。気合い入り過ぎじゃないかしら?
ちなみにここはオルセイヤーの屋敷である。もちろん初めて来た。貴族街の外れにある小さくて瀟洒なお屋敷だ。もちろん小さいというのは上位貴族基準でだけど。
オルセイヤーは私をこの屋敷に迎える気満々だったらしく、私の部屋が既に用意されていて家具は完備され、ドレスも山の様にクローゼットに収まっていた。明らかにプロポーズ前から準備されていたとしか思われない。断ったらどうするつもりだったのかしらね?
私はオルセイヤーの当日のコートが青である事を確認すると、薄いグレーのドレスを選択した。シンプルな仕立てのものだ。オルセイヤーは渋い顔をした。
「あまりにも地味ではないか?」
「あなたが派手なコートを着るからですよ。釣り合いを取るには私は地味な方が良いのです」
これがもしも婚約者として並び立つのなら、負けないように、でもあまり出過ぎないように、水色か濃い目のピンクくらいの色を選んだだろう。
アステリウス様は、基本白系の服しか着ない(別に王子は白と決まっているわけではないから彼の好みだ)し何だかキラキラしているので、釣り合いを取る関係上、私もかなり派手なドレス、ピンクや濃い目の青、燕脂や黄色などの色に銀糸で華麗な刺繍というドレスを着ざるを得なかった。なので私も派手好みと誤解されていただろうね。
今日はアステリウス様は来ていない。当たり前だがアステリウス様は王太子として大変忙しく暮らしていらっしゃる。執務に教育、それに社交で。なのでこの間、二回も学校にお出ましになったのもどうやって抜け出したのか不思議に思っていたのだが、どうやらかなり無理やり、脱走に近い形で抜け出したのだそうで、国王陛下とか侍従長とか、教育係とかにこっぴどく叱られたらしい。
なので監視が厳しくなってもう抜け出せないと、オルセイヤーに手紙が来たそうだ。
「そう言えば、オルセイヤーとアステリウス様は随分仲が良いのですね?」
私はこの機会に、この間から気になっていた事をオルセイヤーに聞いてみることにした。オルセイヤーは別に隠すでもなく答えた。
「ああ、私がこの国に来た時は十歳だったんだが、その時あいつは十三歳。同じ王子ということで何だか意気投合してな。私が王宮に上がるたびに遊んでいる内に仲良くなったのだ」
アステリウス様は面倒見が良いし。気に入った者には寛大だ。オルセイヤーは気に入られたのだろう。
「私もあいつも王子で、色々気苦労も多い。お互いそこを理解し合えるのが良かったんだろうな」
それとオルセイヤーのこの物怖じしない態度も良かったのだろう。アステリウス様は自分の意見をはっきり言う者が好きで、おべっかやお世辞を嫌う。彼は先天的に尊大で偉そうだが、度量は大きく多少の事では怒らない。
「それに、この国では立場が弱い私の事を、あいつはいつも庇ってくれた。おかげで今では社交界にも普通に受け入れられている。感謝しているよ」
オルセイヤーもアステリウス様の事を慕っている事が話ぶりからわかる。彼はアステリウス様と口喧嘩をしながらも、彼の事は悪く言わないものね。
だがしかし、女は別、というわけだ。
オルセイヤーはこの屋敷の「私の部屋」を紹介しながら私にしきりにアピールをしてきた。このお屋敷に住めば、貴族街の外れだから目立たずに下町に通えるし、養父母にはいつでも会えるし、何ならこの屋敷に二人を引き取ってもいい。学校に二人で通って先生をやるのも良いだろう。と言うのだ。
素敵なお誘いではあったが、どうにも私には理解出来かねる事があった。
「オルセイヤー、あなた、王子としての責務はどう考えているのですか?」
彼は王族だ。しかも帰国すれば王太子だと聞いている。王族というのは民を統べる存在だ。民の生殺与奪の権限を握る、民衆にとっては神にも等しい存在なのだ。それ故に王族には大きな責任が生じると私は思っている。王太子妃候補だった私もアステリウス様もその責任を常に感じながら生きてきた。時にはその重さに耐えかねながらも、責任を果たせるよう必死に教育に耐え、王族たらんと常に自らを律してきた。
それに比べてオルセイヤーのこのお気楽さはどうなのか。それはこの国に来た時は庶子だったかもしれないが、それでも王子ではないか。しかも今ではフサヤ王国唯一の王子である筈だ。
王子が国内に一人もいない状況というのは、王に何かあったら後を継ぐものがいないという事である。王統の存続にとって危機的状況だと言って良い。それは人質扱いだから勝手には帰れないのかもしれないが、フサヤ王国の存続の危機という状況なのだから、帰国したいと言えば国王陛下だってダメだとは言わないはずだ。オルセイヤーに王族の責任感が少しでもあるのなら今すぐ帰国すべきだ。
しかしオルセイヤーは皮肉に笑って首を振った。
「私には王族の責任感など無いよ」
オルセイヤーが苦々しい顔をしながら言うには、オルセイヤーはやや身分が低い母親から生まれた事もあって、父王にはほぼ無視され、兄王子二人からは馬鹿にされ虐められたそうだ。それなりに厳しい教育は受けさせられたものの、将来は恐らく伯爵に降下になると言われていたため、周囲からの扱いも悪かった。挙句に「王族の内にそれくらいの役には立ってもらおう」などと言われて我が国に人質に出されたそうだ。
「まともな王族としての扱いも受けていなかったのに、王族の責任感を持てと言われても、それは無理というものだ。アン」
・・・それはそうかも知れないが・・・。
「私にとっては人質であるにも関わらず、王族として対等に扱ってくれたアステリウスと、貴族だろうが関係なく親しく接してくれたこの街の人々と、愛する其方の方が大事だ」
オルセイヤーの言う事は分からないでも無かった。私だって生まれは高位貴族で長く王太子の婚約者だったが、今となっては追い出された貴族社会よりも下町の養父母や生徒たちの方が大事なのだから。
「それなら、どうして私を今回、社交界に連れて行く事にしたの?」
本当なら、オルセイヤーは私を貴族社会から完全に切り離す事を考えた方が、私を得るには有利になっただろうと思う。アステリウス様が私を得るには私の貴族復帰が不可欠なのだから。オルセイヤーが今回協力しなければ、私は貴族社会から遠ざかったままとなり、その間に庶民である私と結婚してしまえばアステリウス様は手が出せなかっただろう。
「それは・・・」
オルセイヤーは鼻の頭を掻いた。
「アステリウスにもチャンスをやらないと不公平だからな。アンが社交界に顔を出して、貴族復帰が絶望的だと分かれば、あいつも諦めるだろうし」
・・・やっぱりこの人、良い人だわね。半年一緒にいて感じた、その優しく気遣いが出来る人格は嘘では無かったのだ。本来であれば友誼と恩義を大事にする人なのだろうとも思う。
だが、オルセイヤーはそこで私の手を握った。
「最終的には私が必ずアンを娶る。たとえ相手がアステリウスでも、譲ってやる気はない!」
私はこっそり溜息を吐くしかなかった。
その夜会はフレダン伯爵のお屋敷で行われた。
フレダン伯爵は国王陛下の側近の一人である上位貴族だ。確か年齢はまだ四十代。幾度と無くこのお屋敷の門は潜ったわね。懐かしくはある。
広い庭園を通って車寄せに馬車が入る。御者がドアを開けると、すかさずオルセイヤーが私にエスコートの手を伸ばしてきた。私は彼を睨む。オルセイヤーは仕方なさそうに肩をすくめた。
随伴は先に降りて主人に頭を下げるものなのだ。エスコートを受けるなんてとんでもない。
オルセイヤーを頭を下げたまま待ち、伯爵との挨拶を終えて歩き出すオルセイヤーの後ろを着いて歩く。私の格好はグレーのシンプルなドレスに、宝飾品は小さなサファイヤのペンダントだけ。髪は上げて小さく引っ詰めた。地味アンド地味。侍女がドレスを着るよりも地味がテーマだ。
いつもアステリウス様と並んで派手な格好をしていた私の格好とはかけ離れている。これなら誰も私に気が付くまい。三年も経って背格好がやや変わっているし、庶民生活で贅肉は落ちているし。
実際、何度もお会いした事があるフレダン伯爵は、私の事をチラッと見たけれど私だとは気が付かなかった模様。うんうん。良い調子だ。
「クロウド伯爵がいらっしゃいました」
紹介の声に応えながらオルセイヤーが会場に入場する。やや暗かった廊下からパーっと明るい大広間に入ると自然と心が浮き立ってくるのよね。
伯爵邸の大広間なのだから王国でも屈指の豪華さだ。物凄く高い天井には華麗な絵画が描かれている。そこからいくつものクリスタルシャンデリアが吊り下がり、数十本の高価な蜜蝋燭が揺れていた。紋様が描かれた鮮やかな赤い絨毯。そこここに王国の紋章が飾られ、花が活けられ。爽やかなアロマが香る。笑いさざめく豪華なドレスを着たご婦人。グラスを取りながら談笑する紳士たち。
夜会!舞踏会!って感じだ。三年前までは慣れ親しんだ雰囲気だったが、今ではちょっと気後れするわね。私庶民だし。まぁ、私は今日は随伴者。目立たず過ごし、昔の友人の様子が見られれば・・・。
「リュビアンネ!」
突然呼びかけられ、次の瞬間ドーンと体当たりが来た。な、何事?
「リュビアンネ!本当にリュビアンネなのね!ああ、私がどんなにあなたを心配したか、あなたには分からないでしょうね!」
見ると、灰色の髪のご婦人が私にがっちりと抱き付いていた。この髪の色は・・・。
「ファーリリア?」
「そうよ!私をこんなに心配させて!許せないわ!」
上げた顔に涙で光る水色の瞳。間違いない。ファーリリア・サーマルト伯爵令嬢。いや違う。今はコルンスト伯爵夫人だ。私の貴族時代の一番のお友達の一人で、侯爵邸の使用人の再就職に骨を折ってくれた人だ。
「お、お久しぶりでございます。コルンスト伯爵夫人」
「あなたって人は!こんな時まで良いお作法ですこと!久しぶりなんてものではないでしょう?三年ぶりですのよ?他に言う事は無いのですか?」
ううう、いや、確かに、懐かしくて嬉しくて胸が一杯なんだけど、どうにも上手く言葉が出てこない。私はコルンスト伯爵夫人を抱き締めながら、何とか言った。
「心配掛けてごめんなさい。ファーリリア」
「許します。本当に無事で良かったわ。リュビアンネ」
コルンスト伯爵夫人は嬉しそうに私の肩に顔を擦り付けた。私も嬉しい。
「それにしても、オルセイヤー様の随伴とは思わなかったわ。王太子殿下は今日の夜会に出るとは仰ったけど、詳しいことは仰らなかったから」
私は曖昧に微笑んだ。事情はなかなか説明し難いものがある。
しかし、空気の読めないオルセイヤーは軽く言った。
「私の婚約者として出てもらいたかったのだが、アンが承知しなかったのだ」
コルンスト伯爵夫人の目が点になる。
「・・・婚約者?・・・アン?」
「ば!オルセイヤー!そのね、ファーリリア、これには深い事情が・・・」
「オルセイヤー!」
その時、会場に美声が響き渡った。あう、事態を混迷化させかねない人が来た。
「貴様、約束を守る気があるのか!」
アステリウス様が会場の入り口から肩を怒らせてこちらへ向かってくるところだった。
「あるとも。だからアンの装いをこのように地味にしておるのだろうが」
「婚約者であるなどと公言したらエスコートして入場するのと同じだろうが馬鹿者!リュビアンネは私の婚約者だ!」
アステリウス様は私をオルセイヤーの所から奪い去るように抱き寄せた。ちょっと!こら!コルンスト伯爵夫人の目が輝いちゃっているじゃない!貴族婦人はみんなゴシップ大好きなんだから!
「其方こそそんな事を公言しても良いのか?問題になるぞ?」
「其方に奪われるくらいなら、ここではっきり婚約解消の撤回を宣言してやる!」
オルセイヤーとアステリウス様は段々声を大きくしてやりあってる。私は冷や汗を流しながら周囲を見た。見覚えのある貴族の皆様が私の事を呆然と見ている。完全に正体はバレてしまったようだ。ああああ・・・。地味な格好で来た意味無い・・・。
「リュビアンネ様?」
「ヤンドリュード侯爵令嬢ではないか!?」
「追放された筈では?」
「あの地味な格好は?」
ざわざわと人々の驚きと困惑が広がって行くのが分かる。
「婚約解消破棄?」
「先ほど、クロウド伯爵もリュビアンネ様を婚約者だと・・・」
「どういうことなの?」
ぎゃー!そっちも広まりつつある。やめて!二重婚約がバレちゃう!
涙目の私を置き去りに、オルセイヤーとアステリウス様はヒートアップしていた。
「どうも話が違うではないか?アンの貴族復帰はほとんど決まっていると其方は言っていたではないか」
「そこまでは言っていない!根回しはほとんど終わっているというだけだ!」
「ならばやはりアンをもう何年も待たせる事になるではないか。私はそんなに待ってやらないぞ?先に結婚してしまうからな」
「ずるいぞオルセイヤー!」
「其方の実力不足では無いかアステリウス。貴族連中を思い通りに操れずに王が務まるのか?」
「貴様に言われたくは無いわ!この放蕩王太子が!」
「あいにく私はまだ王太子ではないのでな」
二人は私を挟んでやいのやいの言い合っている。特にアステリウス様はがっちりと私の腰に手を回して抱き寄せたままだ。その様子を見て周囲のざわめきは大きくなる一方だ。と、とりあえず放してください!隠れるから!逃げ出すから!
その時、いわゆるラスボスのお声が会場に響き渡った。
「いったい、何の騒ぎなのだ?」
オルセイヤーとアステリウス様の声がぴたりと止まる。二人は青い顔でバッと声のした方を振り向く。
そこには外出用の小さな王冠を頭に頂いた、長身のキラキラした人物が立っていた。相変わらずキラキラ具合が親子してそっくりだ。髪の色も瞳の色も同じ。しかし、その醸し出す威厳は流石に今のアステリウス様では及びもつかない。
我が王国の偉大なる国王、アマステアル三世陛下その人だった。
そして私は国王陛下の御前にいるのです。
フレダン伯爵邸の一室。伯爵に部屋の準備を命じた国王陛下は私を、オルセイヤーとアステリウス様に一言の文句も言わせず会場から連れ出し、この部屋に連れて来たのである。
・・・終わった。
テーブルを挟んで対面のソファーに座らされた私は絶望していた。私と国王陛下の周りは護衛の騎士が囲んでいるから逃げ出せない。
何しろ、私は貴族界を追放されて庶民になっている。その私がこっそり社交界に潜り込んだ挙句に騒ぎを(私が騒いだわけでは無いが)起こしたのだ。罰せられても仕方が無い。事に国王陛下は厳しい方だ。そもそも犯罪者である私が罪を重ねたのだから、打ち首にされてもおかしくない。
ごめんなさい!セレス!ボックル!せっかく助けてもらったのに、恩を返せず死ぬことになりそうです!
私が心の中で別れの涙を流していると、国王陛下が「は~・・・」と長い溜息を吐かれた。
「いったい、何をやっているのか。リュビアンネ」
そう言って上目遣いで私を睨む。
「も、申し訳ございません!」
私は反射的に謝った。
「アステリウスが其方の貴族復帰を運動していたではないか。もう少しでその甲斐あって其方を貴族に戻してやれそうだったのに、なぜ待てなかった」
・・・はい?
「貴族身分に戻してもすぐさまアステリウスの婚約者には戻せまいが、時間を掛ければ・・・」
「お、お待ちください!」
私は不敬にも国王陛下のお言葉を遮って言った。
「その、国王陛下は私の貴族復帰に反対だと聞いておりますが・・・」
「それは、面と向かって聞かれれば反対だと言うしかあるまい」
国王陛下は憮然とした表情で言った。
「しかしな、私とて馬鹿ではない。其方が長年アステリウスに淑女の鏡のように仕えていた事は知っておるし、其方の才能も知っておる。勿論、宰相の罪に関わっておらぬことも。アステリウスの妻としてそなた以上の人材はこの国におらぬ」
はぁ。なんだか各方面から面映ゆいくらい評価して頂いておりますが、どうなんでしょうね。自分ではそんな事ちっとも思っていないのですが。
「むしろ、其方を王妃にしてもあの宰相の権勢が増さぬのなら、そなたと宰相の縁が切れたのはもっけの幸いだ。其方が嫁ぎ遅れてしまうのは申し訳無いとは思うが、あと数年、我慢せよ。さすれば其方を王太子妃にしてやれる」
それなのに、社交界に潜り込むような真似をして貴族社会から反感を買えば、貴族復帰出来難くなるではないか、と怒られた。・・・まさか、オルセイヤーはそれを狙っていた?考え過ぎかしら。でもあの人、私の事については手段を選ばないからな。
「で?フサヤ王国の王子との婚約とはどういう事なのだ?」
当然のように国王陛下は二重婚約について知っていらっしゃったわよ!私は顔中に冷や汗を流しながら、庶民になり学校を始め、そこにオルセイヤーがやって来たところから詳しく説明をした。アステリウス様の婚約解消宣言の後指輪を返還しなかったことについては平謝りに謝った。
説明を聞くと国王陛下は呆れたように額を押さえてしまった。
「リュビアンネ。其方はそういう迂闊な所は直さなければいかん」
「申し訳ありません・・・」
「それにしても、オルセイヤーの奴め。リュビアンネに目を付けるとは鼻が利くな。やはりフサヤ王国には返さない方が良さそうだ」
は?どういう事でしょうか?
国王陛下曰く、オルセイヤーについてはフサヤ王国からは再三帰還要請が来ているのだという。それはそうだろう。伝染病で兄二人が亡くなった今、オルセイヤーはフサヤ王国唯一の皇子で、跡継ぎだ。他国の人質に出している場合では無い。一刻も早く戻してもらって王太子として、国王の補佐の任に付いてもらいたいだろう。
しかしながら国王陛下はのらりくらりとそれを交わしているのだそうだ。理由はオルセイヤーが優秀だからである。
何でも、勉強関係が優秀なのは兎も角、運動能力、特に剣技に非常に優れ、十分強いアステリウス様と三歳下であるにも関わらず互角に戦うのだという。それは凄い。アステリウス様は私の知る限り剣術大会みたいな催しで負けた事無い筈だもの。
そして戦略戦術に興味があるらしく、我が国の将軍や参謀に学んで知識を増やしており、将軍たちからはその才能を称賛されているのだそうだ。
おまけに人を引き付ける魅力もあり、女性から男性から彼に魅了された者は数多いそうな。天性の王の素質がある、と国王陛下は仰った。
「あんな優秀な王子が王太子となり、現在の国王の跡を継がれたら事だ。我が国以外に攻め込んで領土を拡大して勢力を伸長し、巨大な勢力になってから我が国に敵対されでもしたらたまらぬ。その危険がある故、オルセイヤーは国へ返せぬ」
まして私を娶った上で帰国するなど論外だと仰る。
「あの優秀な王子にリュビアンネの才能と教養が加わったら手が付けられぬ。我が国の安全保障上、絶対に認められない。もしも其方達が結婚するような事があれば、オルセイヤーは国から出さぬ」
言外に出国しようとしたら命の危険を覚悟せよ、と仰る。・・・オルセイヤーにまるっきり帰国の意思が無いのは、国王陛下のこのご意向も踏まえての事なんだわ。
しかし、それにしても・・・。私はぐぐぐっと怒りが沸き起こるのを感じた。
「陛下。それではフサヤ王国の事はどうなさるのですか?もしも王子不在で、あちらの国王陛下が亡くなられたら、フサヤ王国の存亡の危機になってしまうではありませんか」
「それは・・・。やむを得ぬ。彼の国よりも我が国の安全の方が大事だ」
「国王不在というような事態となったら、国は大混乱になり、民にも被害が生じます。そのような事になったら我が国の責任にはなりませぬか?」
「彼の国の事は彼の国の民が何とかする事であろう」
無責任な国王陛下の発言に私は怒りを爆発させてしまった。
「陛下!」
私が叫ぶと国王陛下が思わず姿勢を正した。
「なんという事を仰るのですか!一国の国王としてあまりにも無責任なご発言!陛下をお支えする者として看過出来ませぬ!撤回なさいませ!」
「お、落ち着けリュビアンネ・・・」
「これが落ち着いていられますか!自国の都合で他国の滅亡と混乱を放置するなど、誰が許しても神と私が許しません!ましてフサヤ王国は忠実な同盟国。その証として王族をこの国に送っているのではありませんか!それを自国の都合で返さず、フサヤ王国の滅亡に繋がったなどということになれば、周辺諸国からの非難不評は大変な事になりましょうぞ!」
私は思わずテーブルに手を突いて身を乗り出し、国王陛下に迫った。国王陛下が仰け反る。
「オルセイヤーはフサヤ王国の王太子であって、我が国の貴族ではありません!当然、フサヤ王国の意向が優先されるべきではありませんか!フサヤ王国にとって跡継ぎの不在は政情の不安に直結致しましょう。国内の有力貴族の暗闘が既に始まっている可能性が高いです。そうなれば国内政治は疎かになり、民は混乱し治安も悪化するでしょう。そうなれば近接した我が国へも影響が及び兼ねませんわ!今すぐオルセイヤーを帰国させ、フサヤ王国の安定を図るべきです!」
「わ、分かった!其方の言う通りだ。発言は撤回する。オルセイヤーの帰国も検討するから落ち着け!」
国王陛下が慌てて仰ったので、私は頷いて席に戻り、我に返った。・・・やってしまった。国王陛下を庶民が怒鳴りつけてしまった。上位貴族でもまずいのに。私はこう、理不尽な事や道理に合わない事を相手が言うと、切れてしまって正論を振りかざしてお説教をしてしまう癖がある。しかも相手がアステリウス様や国王陛下でもお構いなしなのだ。これは直さないと、いつか我が身を滅ぼしかねない。と、思いながらもう何年も経つのだけれど、一向に直せないんだけどね。
「久しぶりに其方のお説教を聞いたな。肝が冷えたぞ」
「・・・申しわけございません」
「その其方の説教は、自信家が過ぎるアステリウスに必要だ。私とアステリウスが其方にした処置を考えれば虫の良い話だと思うが、どうか戻ってきてあれを支えてやって欲しい」
・・・国王陛下に頼まれてしまった。しかし、国王陛下のお話しでは、まだ何年か掛からないと私は王太子殿下の婚約者には戻れないというお話だった。
「・・・あの、後何年かも、オルセイヤーは待ってくれないと思います」
「どういう事だ?」
「その、オルセイヤーとの婚約は完全に有効なのです。きちんと手順を踏み、私の同意も得ている以上、神以外の誰もこの婚約を解消出来ません。今はオルセイヤーがアステリウス様の意向に配慮して結婚を強行していませんが、まだまだ私が貴族復帰し出来無いとなると、オルセイヤーは結婚を成立させてしまうでしょう。私は庶民ですし一度結婚に同意している以上、オルセイヤーの強い意向には逆らえません」
国王陛下は一瞬固まり、考え、そしては~っとまた溜息を吐かれた。
「リュビアンネ」
「はい」
「其方はその迂闊な所が無ければ完璧な王妃になれると思うのだ。そこは直すように」
「・・・申し訳ありません」
私と国王陛下は揃って頭を抱えてしまったのであった。
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