第5話 婚約者の憂鬱

 アステリウス様もオルセイヤーも私の家まで付いてくる気満々だったようだが、私は「学校までは来ても良いから」と二人を何とか追い返した。


 私の指輪を見て「おめでとう!」と言ってくるセレスとボックルにとても本当の事は告げられず、私は曖昧に応えて自分の部屋に入った。


 真っ先に戸棚を漁り、アステリウス様から頂いていた婚約指輪を出す。布切れにくるんで服の隙間にしまっていたわけだが、布を開いて見ると最高品質のサファイヤが鮮やかに青く輝き出した。


 私はオルセイヤーから貰った指輪を外し、テーブルの上に二つの指輪を並べた。ロウソクの光にキラキラ輝くサファイヤ。しっとりと光る銀のリング。如何にも二人っぽい。私は二つの指輪を前に頭を抱えた。


 この指輪のどちらかを返すべきだ。という事は私にだって分かっていた。というか返さないとダメだ。重婚は犯罪だ。二重婚約もそれに類するだろう。


 だが、どちらを返す?


 普通に考えればアステリウス様の指輪の方だ。私はもう庶民だし、庶民が王太子殿下とは婚約出来まい。いや、そう言ったらオルセイヤーも王太子殿下らしいが、オルセイヤーは立太子されていないからまだ伯爵だ。上位貴族が庶民と結婚する例は稀にあることだ。伯爵状態のオルセイヤーと結婚して私が貴族復帰してから、オルセイヤーが王太子になれば、ギリギリセーフだと思う。


 しかしながら、私はオルセイヤーと結婚する気も無くなりつつあった。彼が隠し事をしていたというのも理由ではあるが、最大の理由はオルセイヤーがアステリウス様の友人だったからだ。


 オルセイヤーと結婚した場合、社交界で恐らくは頻繁にアステリウス様と会う事になる。多分、しぶしぶ私以外の妃を迎えたアステリウス様とだ。一体どんな顔して会えば良いのか。そして、そうなればオルセイヤーとアステリウス様の友情は完全に壊れてしまうだろう。


 実は、アステリウス様があのように気安く接する男友達は、私でも他に見た事が無い。無理もない事で、彼には対等の身分の人間がいない。周囲の者は皆、臣下なのだ。対等に近く接する事が許されるのは婚約者の私くらいのものだった。


 その彼が明らかに気を許しているオルセイヤー。彼は隣国からの人質とはいえ、王子であり身分的には対等だと言える。そしてアステリウス様はあれで面倒見が良いので、三歳年下のオルセイヤーを可愛がったのだろう事が想像される。でなければオルセイヤーのあの遠慮の無い態度を尊大なアステリウス様が許す筈がない。


 つまり、アステリウス様にとってオルセイヤーは唯一の気安い友人なのだ。私と結婚する事で、アステリウス様もオルセイヤーも友人を失ってしまうことになるのである。


 それはあまり、何というか気持ちの良くない事だった。


 それにアステリウス様とオルセイヤーが不仲になれば、我が国とフサヤ王国の関係が壊れかねない。下手をすると、私を巡って戦争が起こりかねない。そこまでは流石に私の自意識過剰な気もするが、あの二人の真剣な態度からするとあながち妄想とも言い切れない。


 そう、あの二人は真剣に、真摯に私に求婚している。その事は良く分かっていた。


 この半年、コツコツと私に対する愛情を積み重ね、私に分からせてきたオルセイヤーは勿論だが、アステリウス様が私を愛しているというのもどうやら本当らしかった。思えば確かにアステリウス様は私を大事にはして下さっていた。良く贈り物を下さったし、社交界で私を伴って各種社交に出る時も私を丁重に扱って下さっていた。これが不仲な婚約者や夫婦の場合、夜会などであからさまに離れて歩く事も珍しく無いのだが、アステリウス様は私の側からほとんど離れなかったものだ。


 アステリウス様のあの態度を「そんなの婚約者なのだから当たり前」と思っていた私も、今思えばどうなんだと思う。鈍感すぎるでしょ。いや、多分違うな。私に王太子の婚約者だという驕りがあったのだろう。婚約者なのだから愛されて当たり前。守られて当たり前だという驕りだ。厳しい王太子妃教育に私も耐えているのだから、アステリウス様は私をもっと愛さなければいけない、と思っていたからアステリウス様からの愛情に鈍感になっていたのだろう。反省である。


 かといってアステリウス様の婚約者に戻る気にもなれない。私は庶民になってしまっているし、養父母の事も学校の事もある。王太子殿下の婚約者になろうものなら、庶民生活の一切を捨てて貴族社会に戻らなければならない。庶民生活も続けながら王太子殿下の婚約者に戻るなんて論外だ。王太子妃候補というのはそんな甘い地位ではない。王太子殿下を助けるため、国のために全てを尽くして働く。それが王太子妃の務めなのだ。


 結局私は三日後の学校の日までどちらの指輪を返すか決められず、悶々とする羽目になった。


 で、学校の日、しっかりやってきたアステリウス様とオルセイヤーに、学校が終わってから私は指輪をそっと差し出した。両方だ。


 こうなったらとりあえず二人ともと婚約を破棄するしかない。それからとりあえず何とかしよう。何とかなるのなら。そんな甘い考えだったが、それは当然、最初の段階で躓いた。


「「受け取りを拒否する」」


 アステリウス様とオルセイヤーは口を揃えた。仲良いなちくしょう。


「なぜ私がリュビアンネとの婚約を解消せねばならぬ」


「同じくだ。アンとは愛し合って婚約した筈では無いか。どうして婚約を解消する必要があるのだ?」


 こちらにも言い分はあるが、二重婚約の責任者としても強い事は言い難い。


「と、とりあえず、二重婚約は解消したいと思いまして。その、犯罪ですし、二人にも失礼ですから」


「それならばどちらか一つの指輪を返せば良かろう?」


「そうだ。どちらかを返せばアンの二重婚約は解消されるではないか」


 正論である。そのどちらかが選べないから困っているのだが。


「・・・そのどちらかを選んだら、指輪を返された方は素直に受け取ってくれるのですか?」


「私は受け取らんな」


「同じく」


 駄目じゃ無いですか。端から譲る気が無いよこの人たち。そうじゃないかと思っていたけれど。私はがっくりと肩を落とした。するとアステリウス様がイライラしたような表情でオルセイヤーに言った。


「オルセイヤー。其方が譲るべきだろう。其方は私とリュビアンネの婚約解消が不十分である事を知っていて、私がリュビアンネの事を愛している事も知っていたのだから。人の婚約者を奪うような真似をして心が痛まぬのか?」


 しかしオルセイヤーは堂々と答えた。


「心は痛むが止むを得ぬ。私はアンを愛してしまった。そしてアンも私を愛してくれた。もうこの想いは止められぬ」


 ぐ、確かに私がプロポーズに応じるくらいオルセイヤーの事が好きだったのは本当である。今となっては大分目減りしているとはいえ、彼に対する愛情はある。しかしながら熱烈に愛していた、とまでは言えないのではないか。どうもオルセイヤーは私の愛情を過大に見積もっているきらいがある。


「愛なら私も負けておらぬし、リュビアンネだって私の事が好きだと言ってくれたことくらいあるぞ。・・・五歳くらいの時」


 本当ですかね?私は覚えていませんよ、そんな昔の事。ただ、少なくとも私達が幼少時から概ね仲良しだったのは本当である。喧嘩もしたが絶交した事は無く、喧嘩は大体アステリウス様の謝罪で収まった。アステリウス様が頭を下げるなんて私にしかしない事だ、と周囲の者は囃し立てたものである。


「そんな昔の事があてになるものか。其方の妄想では無いか?アステリウス」


「・・・貴様、自分の立場を忘れているのではないか?其方はどうして我が国に居るのだったか?」


「留学だな。ちゃんと勉強もしているぞ」


 表向きはそうだが、実質は人質だ。だが流石にアステリウス様もその事は口には出せない。


「其方が何かをすれば本国に迷惑が掛かるとは思わんのか?」


 確かに、人質で送り込まれている王子。しかもフサヤ王国に帰ったら王太子になる事が確実な彼が、我が国の王太子殿下の婚約者を奪ったなどという事になれば、両国間の重大問題になりかねない。


 しかしオルセイヤーは鼻で笑った。


「私は本国に帰る気など無い。少なくとも父王が死なぬうちはな」


 どうもその口調からすると、オルセイヤーは父親の事が嫌いらしい。彼は生まれてから最近まで庶子だった。その事で親子の間に何やらわだかまりがあるのかもしれない。舅と旦那の関係が悪いのは嫌だなぁ。


「其方こそ譲れ。其方はアンに明確に言い訳の余地無く婚約解消を告げたではないか。今更復縁したいなど女々しいとは思わぬのか」


 アステリウス様がううっと詰まる。そうなのだ。アステリウス様の言い渡した婚約解消宣言は貴族が総出で見守る中で行われた。あれだけの証人がいる中で行われた婚約解消が今更嘘だったとは言えまい。私だって当然、婚約は完全に解消されたと思っていた。アステリウス様の家臣が指輪取りにくれば素直に渡すつもりだった。


「め、女々しいのは百も承知だ!私は離れて一層、リュビアンネの有難さに気が付いたのだ。リュビアンネがいなければ私は王になどなれない!」


 いつでも自信満々だったアステリウス様が他人に頼る所を見せるなど、私でさえほとんど見た事が無くて、私は目を瞬いた。オルセイヤーも驚いた様子だ。アステリウス様はバツが悪そうな表情でボソボソと言った。


「リュビアンネがいなくなってから、令嬢共はうるさく付きまとうし、教育係は『リュビアンネ様がいない以上殿下がより一層しっかりしなければなりません!』と言って厳しくしてくるし、父王も『リュビアンネに頼れないのだから貴様はより一層励まなければならぬ』と言うしで、今では気の休まる暇も無いのだ」


 ・・・あー。何というか、目に見えるようだわ。オルセイヤーが呆れたように言った。


「其方、大概信用が無いな。さては周りの者達は『殿下に不足があってもリュビアンネ様が何とか支えて下さるだろう』と思っていたのではないか?アンがいなくなってむしろ周囲が慌てているのだろう?」


「遺憾ながらその通りだ。リュビアンネの事は父王も周りの側近も認めていた。何しろ容姿端麗、頭脳明晰、博学多才、しかも度量も大きい。正直、周囲の者は私よりもリュビアンネに期待していた程だ」


 ずいぶん買いかぶられている気がしますわね。アステリウス様だって随分と優秀な王子なのに。彼が王子として毎日毎日懸命に努力していた事を知っている私としてはちょっとアステリウス様の周囲に物申したい気がする。


「アステリウス様ならお一人でも王国を導いていけますわ」


「そんな事は無い。其方がいてくれぬと私は何も出来ぬ。周囲も不安がるし、何より、其方がいないと私が寂しい。戻ってきてはくれぬか?」


 弱気な尊大王子と言うレア状態を目にして私の心はぐらっと傾いた。そう。幼い頃のアステリウス様は少し弱気で内気な面があり、こういう可愛いところがあったのだ。あの頃は「私がしっかりしてこの可愛い王子を支えていかねば!」と思っていた気がする。その内自信満々で可愛げが無くなってしまったのだけれど。


 長年、アステリウス様と仲良く連れ添った私は、アステリウス様の事を知り尽くしている。嫌いな所も沢山あるが、好きだった所も沢山あるのだ。思い出した。あの日以来思い出さないようにしていたのだが、思い出してしまった。こういう私に甘えて下さる所とか、私にしか見せない内気な面とか、私にしか素直に謝らない所だとか。・・・偏りがあるな。どうも私はアステリウス様の弱気な面に弱いらしい。


 私がアステリウス様の可愛さにグラグラしていると、オルセイヤーが慌てて声を掛けて来た。


「しっかりしろ、アン。こやつの所に戻れば其方は庶民ではいられなくなり、養父母とも別れる事にもなるし、学校も続けられなくなるのだぞ!」


 は、そ、その通りだ。私にとって今一番大事なのは養父母へ恩を返す事と、学校の子供達を全員一人前に育てる事だ。そのためには貴族復帰してアステリウス様の婚約者になる道は採れないのだ。


 しかしアステリウス様は言った。


「リュビアンネの養父母も貴族にして、リュビアンネと同居させれば良い。養父母ももういい歳だろう。仕事を辞めさせ、貴族の生活をさせた方が長生き出来るのではないか?」


 確かに、庶民の厳しい生活をするよりも、貴族生活の食事や医療の充実した生活の方が、セレスとボックルも長生き出来るだろう。二人がそれを望むかどうかは別問題として。私は二人に長生きしてもらい、十分に恩を返したい。


「そして学校だが、この数日この学校の様子を見ていて、私はこのような庶民向けの学校を王国中に造るべきだと思った。其方の作り上げた教育システムは良く出来ている。これがあれば我が国の教育レベルは大きく向上するだろう。リュビアンネ、其方が王妃になればこの学校システムを全国に広げられる」


 それは・・・。私は目を見張った。考えてもみなかった。確かに王妃となり、王国の政治に関わる立場になれば可能な事だろう。私の学校のような学校を王国中に造り、全国民の識字率、教育レベルを上げれば王国は大きく発展するだろう。それは、ちょっと、物凄く素敵な事だった。


「リュビアンネ。其方の才は庶民にしておくにはあまりに惜しい。たったの三年で徒手空拳からこの学校のような大きな成果を出しているのだぞ?其方は王妃となって存分に王国のためにその才を振るうべき人材だ。ましてフサヤ王国に流出させるなど許されぬ。私のために、王国のために、どうか私の元へ帰って来て欲しい」


 アステリウス様の言葉は真摯だった。単に自分のための理由だけを並べ立てるのではなく、きちんと王太子として王国のために私が役立つ理由を述べている。それは非常に立派な王太子としてのアステリウス様の姿であり、私が昔からアステリウス様に望んでいた姿でもあった。


 このアステリウス様に比べればオルセイヤーはあまりにも身勝手で、自己中心的に見える。自分が王子で、王太子である自覚も薄く、あくまで自分のために私を欲し、アステリウス様から奪おうとしているのだから。それはアステリウス様と比べるとやはり幼く、我儘だと思えた。


 だがしかし、オルセイヤーは言った。


「そうは言うがな。其方がどう言おうと、其方の父はアンの貴族復帰を頑として認めぬではないか。そうである以上、アンが其方の婚約者に復帰する事は不可能だろう」


 国王陛下はお優しいが厳格な方だ。故無く私の罪を帳消しにするなどけしてしない方だと思う。


「これ以上アンを待たせるのはどうかと思うぞ。アンが二十歳を過ぎてしまう。婚約者に嫁ぎ遅れの悪名を被せるのか?」


 ・・・いや、私本人だけなら気にはしないんだけどね。二十歳過ぎの娘が未婚で家に居たら養父母が「あの家は娘を嫁にも出せない」「あの娘に何か問題があるのではないか?」などと噂されてしまうかもしれない。二人は気にしないと言ってはくれるだろうが。私がオルセイヤーの求婚を受けた理由の一つだ。


 アステリウス様は頷くと言った。


「これ以上リュビアンネを待たせる事は出来まい。だからリュビアンネにはまずコルンスト伯爵の養女になってもらう」


 え?コルンスト伯爵といえば私の同い年の友人だったサーマルト伯爵令嬢の嫁ぎ先だった筈。


「コルンスト伯爵の養女になれば当然貴族身分に復帰する事になる。そうすれば私との婚約復帰には障害が無くなるだろう」


「・・・コルンスト伯爵は、確か今年で二十二歳の筈ですわよね?」


 私の貴族追放の時はまだ次期伯爵だったが、彼に嫁いだサーマルト伯爵令嬢はボックルにコルンスト伯爵夫人と呼ばれていたから、既に跡を継いだのだろう。


「そうだな」


「ほとんど歳が変わりませんし、養母となる夫人は私と同じ歳ですよ?」


「何か問題でも?」


 荒業だ。養子の体裁が取れれば手段を選ばずという奴だ。恐らくアステリウス様とコルンスト伯爵夫人の共謀だろう。コルンスト伯爵夫人は私の友人で私の貴族復帰を願って運動して下さっていると聞いているから。


「私も其方も歳が歳だし、其方の貴族復帰と、婚約復帰と、結婚を間を置かずに立て続けにに取り行う。そうすれば批判も躱せるだろう」


 それはどうかなと言う気が致しますがね?それよりも重大な懸念があるだろう。


「国王陛下のご意向は如何なさるおつもりですか?」


 国王陛下は私の赦免と貴族復帰には否定的だったはず。


「父とて其方の事は高く評価しているし、本当は私の婚約者には其方こそ相応しいと思っておるのだ。だから私に新たな婚約者をあてがおうとはしないのだ。其方があの汚職宰相と縁が切れれば、むしろ喜んで婚約復帰を後押しして下さるだろう」


 本当かな?陛下はそんなに甘い方では無いと思うのだが。


「兎に角、そういう訳だ。計画は出来ているのだから、後は其方の同意だけだ。頼む。リュビアンネ。私の所に戻って来てくれ」


 うーん、アステリウス様はそう仰るが、そんな簡単な話では無いと思うのだけれど。


 私が悩んでいると、オルセイヤーが何故かフフンと笑ってアステリウス様に言った。


「ではな、其方の計画とやらが本当なのか、実際に見てみようではないか」


 ?どういうこと?私が首を傾げると、オルセイヤーは進み出て、私の手を取った。


「アンと私で社交界に出て、現在の貴族界の状態と、アンの貴族復帰の見込みを見てみようではないか」


 オルセイヤーがにやりと笑うと、アステリウス様は慌てたように言った。


「待て!其方がリュビアンネの手を引いて社交界に乗り込むなど許されぬ。其方がリュビアンネの婚約者だと認知されてしまうではないか!」


「本当はそうしたいところだが、それは勘弁して、アンは私の単なる随伴という事にしておこう。私の随伴としてなら庶民でも社交の場に入れるからな」


 随伴とは要するに付き人で、高貴な人のお世話をする人の事だ。普通は侍女だが、場合によっては親戚の婦人、歳の離れた令嬢などが勤める場合もある。恋人、あるいは恋人になる予定の女性、あるいは身分が違い過ぎて恋人にするには難しい女性を随伴にする場合もあった。そのため、オルセイヤーが私を随伴にするというのはちょっと微妙な意味を持ってしまうかもしれないのだが大丈夫なのだろうか。


「アステリウス、其方にとっても一度アンが社交界に顔を出してみるのは悪くない事なのではないか?貴族の間でどのような反応が起こるかが分かるし、其方の父王がどのような反応を示すかも気になるだろう?」

 

 アステリウス様は沈黙した。アステリウス様としても、私に対して貴族たちがどのような反応を示すかは気になる所なのだろう。王族とはいえ、貴族社会の考えを完全に無視して自分の意向を通すわけにはいかない。貴族界が全く私を拒絶するなら、アステリウス様でも私を諦めない訳にはいかないのだ。しかし逆に言えば貴族界が私を歓迎するのなら、それはアステリウス様の計画にとって強力な後押しになる。国王陛下とて貴族界の意向は無視出来無いのだから。


「・・・本当に、其方の婚約者として出席させるのでは無いのだな?」


「もちろんだとも。私が其方を欺いた事が一度でもあるか?」


「今まさに欺かれているところなのだがな」


「では、決まりだな」


 オルセイヤーはにんまりと笑って私の腰を引き寄せた。色黒な端正な顔と緑色の瞳が楽しそうに緩んで私の事を間近から見下ろした。


「アンの久しぶりの社交界復帰だ。ドレスや宝飾品は私が贈ろう。存分に着飾ってもらうからな」


 勝手に決めないで欲しいのだが。ただ、社交の場に出れば、コルンスト伯爵夫人を始めとした昔の友人に会える。それはちょっとだけ楽しみではあった。それに、貴族たちが私の事をどう思っているかは、ちょっと気になるのだ。何しろ二人の内どちらを選ぶにしても、どうやら貴族界とは無縁では生きられそうにない訳なのだから。・・・なんというか、アステリウス様とオルセイヤーの引き摺られてしまっている気がするわね。だってこの人たち人の言う事を聞かないのだもの。意志を強く持たねば。


「そんなに近付くなオルセイヤー!リュビアンネは其方だけの婚約者では無いのだぞ!もちろん、私だってプレゼントするからな!」


 アステリウス様が私とオルセイヤーをグイグイ引き離しつつ叫んだ。


 こうして、約三年ぶり。本当に久々の私の社交界復帰が決まったのだった。ありとあらゆる意味で不安しか無いのだが。

 

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