第16話

結局、自分の分は薄い紫の裾が緩く広がるタンクトップロングワンピと七分袖ボレロの縁に白で刺繍をして、ネイビーのサッシュベルトとゲルゲンさんに大急ぎで用意してもらったネイビーのハイヒールを履くことにした。

髪はワンピースの共布でリボンを長いのと短いのを作って、長い方をカチューシャの様に頭に巻いて後ろで結んだら髪と一緒に編み込んで短いリボンで端を留めてお終い。

化粧は殆ど無いに等しいが、発色のいい薄桃色の紅を借りて差すことにした。

大急ぎで仕立てた服と一夜漬けに等しいマナーなので、どこかにボロが出るような気がしてならない。友人の晴れ舞台で粗相はしたくないので、大人しく会場の隅っこに居ようと思っている。


隅っこに居るつもりだったのに…現実は、一段高いステージの上。何故か…

子供たち孫たちよ、ばあちゃんは心臓が転がり出て、死にそうです。

「さぁ、フローリア、君の番だ。我が娘に素晴らしい衣裳を作ってくれた君から、一言を」

ちゃんと隅っこに居た私を目ざとく見つけた領主様に引っ張り出されて、何故かスピーチしろと強要されていた。

今日一番の主役であるエーデル様は、にっこり笑って面白そうに笑っているし、ゲルゲンさんは私の先生のくせに横を向いて肩を震わせている。

目の前には、大勢の貴族様方がぽっと出の私に良くも悪くも注目しているし、口がカラカラだ。前世の八十数年を合わせても、こんなに緊張したことは無い。

「皆様、初めまして。フローリアと申します。以後お見知りおきを」

先ずは、挨拶とカテーシー。顔を上げれば、真顔の貴族様方の怖い事、怖い事。

「本日は、エーデル様の衣装を手掛けると言う栄誉を預かりまして、この会場にてご一緒させて頂いております。エーデル様、誠におめでとうございます。皆様が、エーデル様にお声を掛けられるたびに、エーデル様をご称讃成さるたびに、戦々恐々としてしまった田舎娘にございます。ちらりと聞こえた、子女が肌を出すことへのお言葉を大切に肝に命じると共に、一言エーデル様の衣装について話をさせて頂きたいと思います」

私は、領主様に衣装の説明をしたときに話したことと同じことを話すことにした。受け入れられるかは五分五分だろう話を、領主様一家は革新的だと協力的に受け止めてくれた。ここに居る誰か一人にでも、届けばいいな。

「先ず、私はエーデル様の衣装を考える際に、凛とした若さと美しさを引き立てたいと思いました。なので、青から紫へと変わる様に染めたのです。そして、こう考えました。今の女性は、控えめ過ぎはしないか?と。伝統に則り貴族の淑女が肌を出さぬのは貞淑さの表れですが、女性は子を産み育てるだけの才能しか持ち合わせてない訳では無いのです。宿屋の女将は、料理がうまいし掃除が丁寧です。肉屋の女将は、金勘定が早く、目利きが良い。雑貨屋の女将は情報通で、読み書きができる。男性に力仕事では敵わなくても、男性に負けない繊細で丁寧な仕事が出来る。私は、服装や見た目に惑わされずに女性が堂々と活躍する場が、もっとあってもいいと思ったのです。それでも、男性が足や胸や尻が気になるのは仕方のない事。それすらも武器にして強かに戦う女性だっているのですから、それはそれでいいのですけど。話が逸れましたが…兎も角、今までにない斬新さをエーデル様に身に纏って頂く事で表現したかったのです。領主様・エーデル様には、ご理解頂いてご協力頂きましたこと、誠にありがとうございます。皆様の目に、どのようにお写りになったかは分かりませんが、どうか新たな風を感じて頂ければ幸いでございます。ありがとうございました」

言いたい放題行ってしまった気がする。そして、余計なことも口走った。

あぁ…終わった…これは、先生と領主様にお説教を喰らうコースかも知れない…ほら、みんなポカーンとしてるもの…ごめんなさい、エーデル様ぁ。

私は、エーデル様の顔も見れずに涙目で壇上から扉へ向かって猛ダッシュした。このまま自宅に帰りたいと、三か月の間に自室と化してきている作業場に飛び込んで荷造りを始めると、そっとノックが聞こえた。

「リアさん、殆ど何も召し上がっていなかった様なので、取り分けてお持ちしました。緊張したでしょうから、ゆっくりと落ち着いてお召し上がりください」

ガレさんの声がして、コトリと扉の脇の台にお盆が載せられる音がしてからガレさんの気配が消えた。

私は、止めていた息と握り締めていた手を解いて、まだ暖かい料理たちを有難く頂戴した。なんだか急に怖くなって荷造りをした心が、ふっとスープの温かさで解けて、理由もなくボロボロと泣いてしまった。

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