第14話

結局彼女がいたのは、お母さんのお墓の前。豪胆にも、エーデル様は眠っていた。

領主様・私・ゲルゲンさん・御者をしてくれていた従者さんが一斉に安堵の息を吐いたのを感じて目を覚まし、エーデル様は驚きで体を支えて生存確認していた領主様に頭突きを食らわし、2人しておでこを押さえる事態になっていた。ドリフのコントかっ!

「エーデル様、ご無事で何よりでございます。アレクサンドル様がどれ程っ、心配しておられたか…しっかりとお説教をされてくださいまし」

きっとエーデル様が生まれる前から領主様の従者であろう、おじいちゃんと言っていいお年の従者さんに優しく窘められてしょんぼりする彼女に、手を差し出して起こすとほんの少しだけ口の端を上げて笑ってくれた。

そのまま父親の正面に立ち、何とも言えない複雑な顔で謝罪を伝えていた。

「お父様、先ずはこの度の勝手な行動、誠に申し訳ありませんでした。ご無事の帰還、何よりでございます。お帰りなさいませ。ゲルゲンさん、フローリアさん、心配をかけてしまって、本当にごめんなさい。あの…お父様、言い訳になってしまいますけれども、聞いて下さいますか?」

「…はぁ…何があった?」

「私、結婚が嫌なんです。話を聞いてくれないお父様も嫌い、ずっとお父様のそばに居られるイリスはズルい、お父様には無事に帰ってきて欲しい。でも、胸の中のもやもやが晴れなくて、お母様に会いたくなって、気付けば馬に飛び乗っておりました。ここで、ボロボロと泣きながら沢山お母様に愚痴を言いましたわ。いつの間にか眠っておりましたけど、お父様が帰る前には戻っているつもりでした。ごめんなさい」

「先ずは帰って着替えて食事だ。ガレ、朝食は5人分だ」

「かしこまりました」

従者さんは、ガレさんと言うらしい。私達の分の朝食も出してもらえるのは、嬉しい。安心したら、全員お腹が鳴ったからね。

「帰るぞ、エーデル。話の続きは、馬車で聞く」

エーデル様の手を引いて、領主様は馬車に向かって歩いて行った。私とゲルゲンさんが、2人見合って「やれやれ」のジェスチャーで笑ったのは見られてないはず。


馬車の中で向かい合った親子それぞれの隣で、私達は静かに話を聞いていた。エーデル様の隣には私、領主様の隣にはゲルゲンさん。

私の手をそっと握ってエーデル様はごめんなさいと泣きそうな顔で何度も繰り返すから、キュッと握って友達でしょう?と笑うと、彼女は小さく笑い返して頷いてくれた。そのまま、手を繋いでエーデル様は領主様に向き合って、胸の内を話し出す。

結婚が嫌な理由と婚約者の横暴も、領地の経営に興味があって手伝いがしたいことも、寂しかったことも。領主様は、娘の婚約者の横暴に怒りをあらわにした以外は、黙ってエーデル様を見つめていた。やっぱり綺麗な顔の人の憤怒の表情は、怖いです。似た者親子め…


お屋敷に戻ると、朝食の準備がされていて着替えた二人と弟君と共に朝食を頂いた。腹ぺこの限界だった私は、作法もそこそこにガッツリと食べてしまった。ゲルゲンさんも、そんな私を窘めることはせずにシッカリと食べていたから、相当腹ペコだったみたいだ。

領主様とエーデル様と弟君は私達の前で家族会議を始めてしまって、食後のお茶の味も飛ぶほどの場違い感を見せつけてくれた。しょうがないから肩身の狭いゲルゲンさんと師弟2人、所在なさげにチビチビとお茶を飲み、一緒に出されたお菓子を頂いた。

「エーデルの婚約は、解消する。イリスと共に、領地の経営を学び良き補佐となれる様に精進せよ。イリスも姉と共により一層精進せよ。ゲルゲン、フローリア、付き合わせて悪かった。そしてフローリア、作るのは婚約衣装ではなく、成人祝いの宴用の衣装に切り変えて引き続き頼む」

領主様は、きっちりと私達に頭を下げてくれた。隣ではエーデル様も弟君も、同じ様に頭を下げている。

私は、ゲルゲンさんをちらりと見てどうしたらいいか聞きたかったけど、薄っすら微笑んで頷くしかしてくれなかった。

「みなさん、頭を上げてください。謝罪の気持ちは、ちゃんと受け取りましたから。衣装づくりは、もちろんお引き受けします。素敵な衣装をお約束します」

私の言葉に顔を上げた三人は、揃って同じ安堵の表情のそっくりな顔だった。

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