第10話
打ち合わせの内容を掻い摘んでまとめれば、明後日、領主様にお目通りで話を聞くのだが、ドレスコードがあるから明日はそのための準備をする。アベルは冒険者としての仕事のために同行しないが、ゲルゲンさんはマンツーマンでみっちり対貴族用作法や服装のレクチャーをしてくれるとの事。
ありがたいやら、めんどくさいやら…とりあえず、ゲルゲンさんにお任せするのが1番な様だ。
明日の朝、迎えに来るから一緒に食事をしてから行動しようと言い残してゲルゲンさんは自宅に帰り、アベルは今日だけは領都の事を教えてくれるために一緒に泊まってくれるらしい。
明日からは、普段共に行動している仲間の元に帰るとの事だった。仲間がいて仲良く楽しくやれているなら、私も両親も安心だ。
「おはようございます。今日は一日、よろしくお願いします。先生」
「ふふふ、確かに一応あなたの先生でしたね。とにかく先に腹ごしらえです。しっかり食べてしっかり動きますよ?」
ゲルゲンさんとの食事は、実は嫌いじゃない。色々な話が聞けるし、たまに商談もすれば、相談もできる。
既に食事マナーの講習が始まっていた朝食の時間も、タメになる時間だった。席に着くところから、食事に招かれた商人としての対応の仕方を教えてくれた。いつもの3倍の時間をかけて食事が終わった後は、歩き方や立ち位置を教えて貰いながら宿を出る。今日は全てが実地研修で一夜漬けコースの様だ。
「先ずは、服ですね。いつもの服ではダメなのは当たり前ですが、流行り廃りにも敏感でなくてはいけません。そして、貴族に好まれる色や形も覚えましょうね。今後のあなたの役にも立つでしょうから、じっくりしっかり巡りますね」
巡るということは…一件では終わらない。ドレス、靴、宝飾品、化粧道具、それぞれ2~3件の店を巡り、対応や商品値段など諸々の評価を求められた。その都度、答え合わせのように講義が入り、脳みそが沸騰しそうだった。お昼は、簡単なもので完全にいつも通りに食べさせてもらえて英気は養えたはずだけど、味が分からなくなってきた…覚えることだらけじゃん…貴族特有の言い回しなんてわかるはずもなく、私の頭は混乱を極めた。
そのおかげでかどうか、明日のお目通りで着用するのは私の光の当たり具合で金味がかる銀の髪と薄い紫の瞳に合うように、白いブラウスに薄紫のロングスカートと薄いグレーのジャケットにまとまった。靴もその服を着た状態で何足も試着した結果ヒール低めの白に決まった。
化粧道具は若さもあって控えめに抑えられ、ファンデーションの様な下地の様なものと薄いオレンジの口紅に決まり、眉の形はその場で店員のお姉さんが整えてくれた。
その後の宝飾品選びがこれまた大変で、豪華絢爛な重たいものからシンプルなペンダント・華奢なネックレス・イヤリング・腕輪・指輪・アンクレットとなんでもござれの品々から一つ選べと無理難題を吹っ掛けられた。
変わりどころでは、腰につけるベルト状のシャラシャラと可愛らしい音の出る細い腰飾りを見つけた。ゲルゲンさん曰く、娼館の女性が薄い衣に腰飾りのみを付けてお客さんをお迎えするのが一時流行ったらしい。俯き加減で顔を逸らすあたり、お迎えされたんだろうなぁと思うと、何とも言えない空気になってしまった。
結局なんだかんだで私が選んだのは、銀の華奢なネックレスで小さな紫の石がついているお手頃価格の物だった。やはり、自分の瞳や髪の色に合わせるのが一番無難だと思った。
最後に刺繍糸だけは今日のご褒美にと買わせてもらって、なんとかかんとか一日を乗り切った。宿に帰ってからも夕飯は食事マナーのおさらいで殆ど味がしなかったけど、一夜漬けならぬ一日漬けを頑張った。
今日一日の買い物で銀貨が20枚ちょっと吹き飛んで悲しくなったけど、買った刺繍糸を握りしめて自分を慰めた。
やっと部屋に戻って荷物を広げて確認し諸々の用意をして、しばらくするとバタリと気絶するように眠りに堕ちた。
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