第9話
結婚式当日、リルちゃんは完全無欠の美しい花嫁になった。
みんなの笑顔に囲まれて、作り笑いを浮かべている以外は…
私が出来ることは、美しい彼女に似合う衣装を作ることと、彼女の傍にいることだけ。だから、胸の下で切り替えのあるAラインのドレスのサッシュに青い花を刺繍して、私のハンカチを持たせて、新たなドレスを作り、お母さんが結婚式でつけた首飾りを付ける様にさせた。
この世界にサムシングフォーなんて習慣があるはずも無いけれど、おまじないのようなものだと言うと、リルちゃんにいつもの笑顔が戻ってきた。
サッシュの端をそっと撫でて微笑んで、やっと本当に完全無欠の花嫁になった彼女を送り出して、私の大仕事は終わった。
結婚式が終わって、彼女は村を出て行った。最後の抱擁も悲しむことは無いし、2人で笑って別れられた。
リルちゃんがお嫁に行ってからしばらくして、彼女の持ち物が嫁ぎ先の村で話題になったらしく、刺繍の依頼が殺到して大忙しの私は最後のひと針を始末してからぶっ倒れた。
2日後、倒れた私に待っていたのは、兄のアベルとレンド・リルちゃんゲルゲンさんからの大量の見舞いの品と、仕事の報酬の銅貨が2500枚(銅貨は使いやすいが多すぎても困るので、2000枚分は銀貨に交換して貰った)。
そして、領都にいる領主からの依頼の手紙だったが、その手紙を見て今度は母さんがぶっ倒れたとか何とか…
「リア!フローリア!領主様が依頼って、なに?なんで?あなた、すぐに行かなくちゃ!用意して、馬車が要るわ!服も、護衛も、あぁ!急がなくちゃ…あなたぁぁぁ~」
結局、服は領都で買うことにして、アベルが一人で旅に出すのが心配な両親に言われて護衛に、ゲルゲンさんが荷馬車で領主様を訪ねるのは礼儀違反だからと馬車の手配と当日の御者を引き受けてくれて、荷造りもそこそこに早々に追い出されるようにして送り出された。
初めての旅は、最悪。速度を上げたゲルゲンさんの荷馬車の中で、乗り物酔いにげろげろ吐きながらおしりの痛みに耐えに耐えて、慣れない野宿でろくに眠れずにフラフラ状態の9日目の朝、荷馬車を降りた私は膝から崩れ落ちてアベルに宿までおんぶされる羽目になった。
領都の門を通り過ぎてからの大通りを行きかう人たちの目が、本当に哀れみに満ちていて妙に優しかったことを、多分私は一生忘れられない。
領都「アングドリア」に到着したその日は、私は宿で只管療養・兄は冒険者組合で報告と清算と依頼探し・ゲルゲンさんは領主への繋ぎを取ったり当日の馬車の手配にと別行動。
何だかんだで、いつもの仕事の他にも色々手を回してもらって少々申し訳ない。けど、私にはお手上げなので色々お任せするしかない。
「リア、体調はどうだ。ゲルゲンさんと領主様への面会の件で打合せしたいんだが、大丈夫か?」
アベルの申し訳なさそうな声に苦笑いで頷いて宿のベッドを降りると、まだ踏ん張り切らない膝に拳で活を入れて歩き出した。
宿屋の1階は食堂になっているのが基本らしく、その最奥の一席にゲルゲンさんが手招きで迎え入れてくれた。
「だいぶ良くなったみたいだね。リア」
「ありがとう。完全にじゃないけどね。ゲルゲンさんもアベルも、よくあんなのにずっと乗っていられるね…帰りのことを思うと気が重いよ…」
「ははは。あれは、確かに辛いけどね。まぁ、慣れだよ。帰りは、荷馬車の御者台に乗って変えればいいさ。私のための特別仕様だから、乗り心地は保証しよう」
「俺は、そもそも馬車には滅多に乗らないけどな。酔ったことないぞ?」
ゲルゲンさんにズルいと感じた分までアベルにべ〜っと舌を出して、店員さんが出してくれた果実水を口に含んだ。さっぱりとした果実水は、昔子供達に作ってやったはちみつレモン水を思い出させる優しい味だった。
「食べれそうなものを適当に頼んでおいたから、食べれるだけ食べなさい。無理は、しなくていいよ」
ゲルゲンさんの優しさに、しばらくは黙々と食べれるだけ食べたが、病み上がりの限界は早かった。
「お腹いっぱい…ご馳走様でした」
私の倍の速さで食べていた2人も同じくらいに食べ終わったらしく、ほぼ同時にフォークを置いた。
私のお皿には少々の残りがあるが、2人のお皿は綺麗に空っぽだ。男性の食欲は、どの世界でもどの時代でも同じようなものらしい。
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