第8話

私がゲルゲンさんと商売を始めたのは、2年前。村を出るアベルに何かしてあげたかった。村での刺繍やお直しは続けていたけど、やはりお小遣い稼ぎの域は出なかった。だから、顔なじみのゲルゲンさんに商売を教えて貰おうと声を掛けた。

10歳の女の子との商売でも、彼は手を抜かずに苦い思いをしたりさせたりで勉強させてくれた。

そこから、私の作品を買ってもらって売ってもらって、今の手数料に落ち着いたのは、私の作品が売れる実績を作ってからだった。

しばらくしてからは書記と会計のアルバイトもさせてくれるようになって、人間としても信用してくれるようになった。

最初の目標のアベルの装備も、領都で買うものと遜色ないものを餞別に送れた。今では中堅冒険者として頑張っているらしく、たまぁに珍しいお菓子や綺麗な布を持って帰って来る。その度に、母さんが大張り切りで料理を作るから、私もアベルも父さんもお腹がはち切れそうになるのが困りもの。

コツコツと溜め続けた私の貯金も12歳と半年の今では銅貨で500枚を超えた。あまりに多くなると両替してくれるから、今は銀貨で50枚と端数分の銅貨や半銅貨だけど。

お店を持つには、土地建物の用意がいる。買うことは出来なくても、借りることは出来る。その為の資金として、初期費用に更に倍は欲しいところ…

その為に、12歳の誕生日から商人見習いとしてゲルゲンさんに師事していることになっているし、あと2年と半年で成人する。それまでに、母さんと父さんがしばらく困らないだけの貯えも手伝いたい。まだまだ、貯めてやるんだからっ!


「リアちゃん。今日も来ちゃった…」

私の14歳の誕生日に家の隣に父さんが村長の許可を得て建ててくれた作業場に、リルちゃんは最近日参している。

リルちゃんもすっかり女性になってきて、私の作ったものを身に着けるモデル役も板についてきた。ずっと変わらず、友達として応援してくれることが嬉しい。お陰で村の女性にも小物は買ってもらえているし、それも私の軍資金の一部だ。

そのリルちゃんは、成人と同時に隣の村の村長の息子の所へお嫁に行ってしまう。レンドが勉強を終えて帰って来てから、間を置かずに決まってしまった。私は今、村長からの依頼でリルちゃんの花嫁衣裳を作っている。

髪飾りやサッシュベルトにティーポットカバーやコースターと売れそうな小物を作ってきた私だけど、今回は親友のための大事な婚礼衣装。根を詰めない訳がないと張り切って作っているけど、心配なのはマリッジブルーのリルちゃんだ。

「昨日から、あんまり進んでないよ?花嫁修業の方は、どう?」

「あんまり気乗りしなくて…だから、リアちゃんに裁縫と刺繍を教えて貰うって、逃げてきちゃった…」

「そっか…ゆっくりしていけばいいよ」

娘たちも結婚前はマリッジブルーで、私にべったりとくっついて来ていた。好きな男との結婚でさえマリッジブルーになるのだから、ほとんど会ったことの無い男性との結婚となれば不安は計り知れないだろう。

私に出来るのは、いつも通りで居ることしかない。

他愛ないお喋りをして、刺繍の図柄の案やドレスのデザインを相談する。小休止にお茶を飲んで、のんびりと外を眺めて昔話にも花を咲かせた。

ほんのりと寂しげなリルちゃんを見送って、今日も一日が終わる。明日もきっと遊びに来るリルちゃんのために、綺麗な図柄の案を描いておこう。

日本で言う春生まれのリルちゃんの誕生日まで、あとふた月程しかない。図柄を決めて材料を選定したら、大急ぎで発注して大急ぎで刺繍しないといけない。

ドレス自体は大まかに出来上がっているし、本体に刺繍はしないから、私が本領発揮するのはヴェールだ。

リルちゃんの緩やかなウェーブの綺麗な髪に映える、美しいヴェールを作りたい。この世界にオーガンジーなんてものは無いし、絹も無いかバカみたいに高いだろうから手は出ないけど、今の私の最高を目指す。

図柄は、結婚式と言えばの百合。糸を白と艶のある銀に近い色の2種類使って蔦模様も添える。ずり落ちるのを防ぐ為にも、重たくなりすぎないように、でも清楚と華やかを兼ね備えた出来に…バランスが難しい…

その日の就寝は、明かり用の蝋が尽きるまで続いた。

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