第5話

種まきや家の仕事を手伝いながら、勉強もしながら、私は只管に裁縫と刺繍を薄紅の布に施していった。

それはそれは幸せな、楽しい時間だった。これぞ至福…と、ニヤニヤしながら針を刺す7歳児は、思い返せば我ながら気持ち悪いのだけれども…

リボンととサッシュベルトには濃い目の桃色の花と蔦を刺繍して、ポシェットとハンカチ2枚には白と桃色の花束をワンポイントに刺繍してみた。

手触りも良い生地のおかげで、付け心地の良いものが出来上がったと思う。

出来上がって一息つくと、いつの間にか部屋に入ってきていたアベルがそれを取り上げてしげしげとひっくり返しながら見ている。

「なぁ、これさ、リアの服の裾や俺の服の袖にも刺繍できるの?もしかして、小さい穴とか刺繍で隠せたりする?」

ん?もしかして…穴でも開けた?母さんに怒られる前に私に隠させようとしてる?

「出来ると思うけど、ほんの小さな穴しか無理だよ?ワッペンみたいに別の布で隠してそれに刺繍するならともかく。母さんに素直に謝った方が良いよ?」

「だよなぁ…はぁ…」

ポシェットを机に置いて、ため息をつきながらアベルは私の部屋の扉を開いて振り返った。

「あ、リア。上手だな、凄い綺麗にできてる。お前、もしかしたら裁縫と刺繍の神様の加護があるんじゃない?将来、それが仕事になるかもな。おやすみ」

なんだかんだ仲良しな兄アベルの何気ない一言に、私は固まってアベルが出て行った自室の扉を見つめていた。

「仕事…そっか、大人になったら仕事にするって決めてたのに忘れてた。子供たちに、勝手に大見栄切ったのに忘れるなんて…仕事かぁ、改めて考えると、覚悟がいるわね。加護か、そんなものがあるなら成功できるかも?どうやったら調べられるんだっけ?聞かなくちゃ…」

誰も居ない部屋の中で、寝る前の少女が一人、ぶつぶつと呟いてみた。


翌日、リルちゃんに出来たもののお披露目をするために授業が終わってから遊びに行く約束をして、朝の畑仕事を終えた。

授業中2人して上の空の私とリルちゃんは、今日の先生をしていた村長の奥さんにシコタマ怒られたけど、全く頭に刻み込まれなかった。

私の頭の中を占領していたのは、作品を身に着けたリルちゃんの反応と可愛らしさを堪能する事だけだ。

そして、遂にお披露目。思った通りの最高の反応、ごちそうさまです!

すぐに、身に着けてくれて、クルリと一回りしてにっこり笑うリルちゃんに私だけでなく村長一家と使用人さん達までメロメロになった午後だった。

「リアちゃん、ありがとう!まるで魔法みたいっ!素敵!」

そんなかわいい事を言って抱き着いてきてくれるリルちゃんが、大好きなった私だった。

帰りには、奥さんから予想以上の出来にご褒美として端切れをたくさん貰ったし、レンドからは自分の分も今度は作ってもらえるように布を買ってくると宣言されたし、村長からはもう少し大きくなったら冬の手仕事は頼んだぞと託された。

何だかんだ楽しい一日で、私は順風満帆な人生を謳歌しているなと、スキップしながら家路についた。

「お帰り、リア。どうだった?」

「ただいまぁ。なんとも幸せな反応で嬉しくなっちゃった。アベルにも見せてあげた方よ。リルちゃんのあの破壊力しかない可愛らしさ…」

「あはは、なんだそれ。じゃ、代わりに俺の誕生日になんか作ってくれ」

「その前に、私の誕生日なんだけどね?お・に・い・ちゃ・んっ」

家に帰るなり繰り広げられる兄妹劇場に、奥で母さんが噴き出して笑うのが見えた。


アベルの12歳の誕生日が来れば、アベルは自分がなりたい職業への弟子入り修業が始まる。村長の息子は寄宿舎学校で学ぶ、村民の子供は親から家業を学ぶのが普通。

そもそもこの村は、18年前に15組の子供のいない夫婦が領主の応募に答えて拓いてきた新しい村で、主な産業は農業。国境になる山脈の麓の森からの獣を狩り、山の恵みを貰って、畑の作物と共に売って生活している。なんとか村として軌道に乗って、第二世代が育ち始めたところだ。

私の目には、古き良き戦前の日本の田舎の山郷と似通った雰囲気のする、ゆったりとした村に映る。

その村で、アベルは何になりたいのだろう?村の大人の何人かは元冒険者だというけれど、剣を子供に教えているとかは見てない。何となく獣を狩ったりするために武器の使い方は教えられているらしいけど、戦士や騎士として戦うためじゃない。

アベルの誕生日、何を送ってあげようか…悩む…

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