H先輩と過ごすオカルトサークルの日常

英U-1

第1話 だんごさし

今年は年明けから毎日酒を飲み飲まされ潰れてを繰り返している。


H先輩に付き合わされた大晦日の深夜から連日飲み続けており


今現在も新年の挨拶にやってきた叔父との晩酌の影響が色濃く残っている


冬で雪に染まった実家の建物は深々と冷え込み


布団の中で頭痛と戦っている僕の額を冷ましてくれている。


青春真っ盛り花の20代の冬休みをこんな無為な時間に費やして良いものだろうか?


とも思いつつも時刻はすでに昼過ぎ


いくら学生がモラトリアムな期間であり


たとえバイト先が休みであろうとも人として如何なものなのかと


同居している家族に窘められても仕方がない。


とはいえその家族も買い物に出かけているようで


自室のある2階にも下の階にも他に家族のいる気配は感じなかった。


さすがにそろそろ起きようか、と思った矢先


実家の玄関のドアが


がんがんがんがんがんがん


と叩かれた。


「ふぁっ?!」


変な声が出た。


突然の出来事に心臓の鼓動が跳ね上がる


チャイムならまだしも玄関の扉を叩くというのは異常に思ったが、


ふとチャイムの調子が悪く音が出なくなっていたのを思い出した。


それにしても無遠慮にドアを叩くなんて無作法な真似をする必要があるだろうか。


郵便局か?宅急便か?


はっきりと要件を言えばいいものをドアを叩いている人物は声が小さいようで


何を言っているかもよくわからない様子。


「…だ…く…こぉおー…」


がんがんがんがんがんがん


「…だ…く…こぉおー…」


がんがんがんがんがんがん


しぶといな


無償に怒りがふつふつと湧き上がってきた。


正月休みで疲労困憊している僕の優雅な惰眠を邪魔しくさりおって。


とは言え、配達だったりしたら文句を言うわけにもいかないし


ちゃっちゃと受け取ってしまいさっさと帰ってもらおう。


真冬の天国である布団からのそのそと這い出ると


寝間着越しでも十分に寒さが伝わってくる。


だがめんどくさい、正直めんどくさい。


居留守でもかましてお引き取り願おうか…。


「…だ…く…こぉおー…」


がんがんがんがんがんがん


「…だ…く…こぉおー…」


がんがんがんがんがんがん


しつこい。扉を叩く音も大きくなってる気もするし、


なんだか気の毒にもおもえてきた。


仕方がない。


「はーい、すいません少々お待ちください!!」


自室の扉を開け、階下の玄関越しの相手に声をかけると


ピタっと


扉を叩く音が止んだ。


そんなに広くもない2階を廊下を小走りに進み階段を降りていく。


屋内とは言え真冬である。


2階の窓辺からは近所が大雪に見舞われているのがわかる


口から吐き出す息は白く、フローリングの床は冷たく足の裏に痛みを覚えるレベルだった。


これは家族がかえってくる前に雪かきをしておかないといけないだろう。


階段を降り、正面に見える玄関に目をやると


扉の格子との間に見えるデザインガラス越しに人影が見える


また扉をガンガンとされてはたまらない。


上がり框を早々に降り、土間に乱雑においてあるサンダルに足を滑込ませる。


やはり冷たいが我慢しよう。


うっとうしい来客を返したら和室のこたつに入って昨晩の酔いの疲れを


冷凍庫に隠しておいたアイスクリームで癒すのだ。


鍵を開けて扉に手をかけて開こうとした瞬間。


シルエットが妙に小さい…?


宅急便の人って到着前にいつも電話くれるよな…?


もしかしてやべぇ宗教か何かか…?


玄関越しのシルエットの違和感が、寝起きの思考回路を駆け巡り


やっぱり居留守にしてしまおうか…と思ったが


時すでに遅し。思考を巡らし終える瞬間には扉をあけ放っていた。


「だんごくいてこっこ!」


僕は果たしてどんな顔をしていたのだろう?


自分の目線の先に人の顔があるかと思ったが


想定したような人物はそこにはいなかった


声のした方向、つまり目線を地震の腰くらいの位置までおろすと


寒さで赤ら顔をした子供が一人そこに立っていた。


年の頃は幼稚園生か小学校低学年くらいであろうか


「おや、こんにちは」


「だんごくいてこっこ!」


変わった挨拶だなと思った


「どうしたの?どこから来たの?」


「だんごくいてこっこ!」


子供はニコニコと僕の顔を見ている。


「だ…だんごくいてこっこ…?」


僕は目の前の男の子…?いや、女の子…?が何を言っているのかがわからなかった。


だんごくいてってことはおなかがすいて団子が欲しいってことなのかな?


改めて子供を見ると、両手で物欲しそうにしている子供の姿は


まるで昔話に出てくるようないでたちだった。


色あせてしまった和服の上から半纏を羽織り


首からひっさげるように蓑をマントのよう肩にかけていて


藁で編んだ編み笠を深めにかぶっていた。


足元も長靴のように編み込んだ、わら靴を履いている。


テレビの時代劇あたりから飛び出してきたのではなかろうかと思うほどの恰好だった。


まるで「おしん」のようだ…と思った。見たことないけど。しかし完成度高いな。


「だんごくいてこっこ!」


ずいっと物をねだるように両手を差し出した時


ぐーと子供の腹の虫が間の抜けた音を立てて鳴いた。



「もしかして…お腹すいてる…?」


そういうとその子は恥ずかしそうにこくこくと頷き


「だんごくいてこっこ!」


という言葉を繰り返した。


ははんどうやら、「だんごくいてこっこ」っていう言葉しか言えないゲームでもしているのだろう。


まあ、腹が減っている子供に食べ物をねだられるなど初めてで面食らったのは間違いないが


我が実家は、ことおやつに分類される食べ物の品ぞろえに関してはとにかく自信があったので


「わかった。ちょっとまっててね」


というと玄関は開けたままリビングへとむかった。


つい先日までとっかえひっかえ新年の挨拶という名の親戚たちとの飲み会を連戦していた我が家である。


来客用にと年末買いこんでいた菓子類を袋から出し小さい梱包に入った籠へ移すと


空のビニール袋大をひっつかむと玄関にいる少年へと持って行った。


「だんごくいてこっこ!」


と少年の差し出す手にビニール袋大を持たせた僕は


籠に入っているお菓子をわしづかみにして少年に持たせたビニール袋へとどんどん入れていった。


少年は次々と入れられていく菓子が珍しいのか、袋に入った菓子を取るとまじまじと見つめている。


それはそうだ。親戚の子供たち用にに某コストコで購入した海外メーカーの物ばかりである。


味は折り紙付きだが日本製品に慣れていると外側のパッケージもなく


ビビッド色の小梱包だけ見ただけでは中に何が入っているかもわからないだろう。


今年はもう新年の挨拶に親戚が来る予定もないし、お腹を空かせた子に全部くれてやることにしたのである。


袋いっぱいになるまで入れると最後に残った海外産のチョコレートブラウニーの袋を破り


半分に割ると自分の口と子供の口へと放り込んだ。


何かよくわからない物体を袋に入れられ怪訝な顔を一瞬したが


「んー!」と


目をキラキラと輝かせた。


可愛いなこいつ


と思っていると、その子は両手で持っていたお菓子でいっぱいの袋を片手に持ち直し


自身の懐に手を突っ込みごそごそとしていると


にゅっと木の枝を取り出し僕にくれた。


枝の先には桃色や白色の団子のような物体がついている。


「ありがと!」


というと少年は煙のように消えた。




ってことがあったんですよ。


と、対面に座っているH先輩に冬休み中にあった実体験を話し終えた。


「決まった!」と思った。


僕の所属しているオカルトサークルの年明け恒例「連休明けの怖い話大会(創作も可)」の真っ最中である。


数人いるメンバーのうち僕とH先輩以外はインフルエンザでお休みだ。


僕はH先輩やほかのメンバーとの活動のなかでそこそこ怖い目にはあっているものの


自分ひとりで実体験を得たのは初めての事だった。


実際に怖かったし、これでH先輩もクールビューティー(笑)の顔を恐怖に歪めてくれるだろう。


と思ったが、そんな事はなかった。


「ふむ…」


先輩は腕を組み、何か考え込んでいるようだった。


僕自身としてはかなりの恐怖体験だったが何かお気に召さなかったのであろうか。


「その子供からもらった木の枝はまだ持ってるか?」


「はい、なんだか妙に捨てられなくて自室に置いてあります」


ほら、といって


携帯で撮った写真を先輩に見せる。


「やはり【だんごさし】だな、こんなの初めて聞くケースだが良かったじゃあないか」


「団子指し…?ですか?」


僕のようなかわいい後輩が怪奇現象に遭遇したというのに何が良かったのだろうか?


それに良かったとはどういう意味だろう


「そうだ。【だんごさし】という」


と先輩は【だんごさし】について解説してくれた。


曰く


「まずお前が貰った団子のついた木の枝だが、これは簡単だ。

 

 【だんごさし】といって南東北で行われていた年中行事の一つで、

 

 小正月と言われた1月の14日.15日頃になると

 

 ミズノキと呼ばれる木の枝に米粉で作った団子を挿し、神棚の前や大黒柱などに吊るして


 豊作祈願 一家繁栄 豊かな生活を願ったんだが、それと同じ物だ。」


思っていたより、かなりまじめな解説だった。流石人類学部を履修するH先輩である。


「正月になると大きい神社などで売られていて古い農家だと飾っている家が多い。


 お前が貰ったのはそれを手作りしたものだろう。」


と先輩も自身の携帯で画像を見せてくれた。


その写真に写る木の枝には団子のほかに小判や鯛などの縁起物を模した装飾もついている。


「宗教学的に見ても仏教でいう【弥勒(みろく)】の世、つまり道端の草木もたわわに実り


 食事に困らない楽な世になるよう願ったんだそうだ。


脱穀した際に出てきた、米や餅米の残骸を捨てたりせず団子にして備えたのさ。


 祭りが終わればそれを囲炉裏の火であぶって食べたそうだ。」


「なるほど、つまるところ僕は幽霊から縁起物を貰ったんですかね?」


「そういうことだ。下手な呪いや幽霊の類なんて屁でもないレベルの品物だろう。ぜひ今度見せてくれたまえ」


まるで漫画やアニメのような話である。


人を不幸にする類の物品とは対局に位置するらしい。


「それとその幽霊の子供についてだ。今となっては廃れてしまった風習だが、


昔はその行事の際に子供たちが村の各家をめぐって


お菓子を貰って回ったんだ。【だんご くいてぇ こっこ】って言ってな。」


あの子供の行動とまったく一緒の言葉だった。そんなハロウィンみたいな風習がこの町にあったとは…。


「お前の家を訪ねた子供はおそらくその残滓のようなものだろう。


話に聞く容姿から想定しても江戸時代末期頃の幽霊なんだろうな


普通に団子やら饅頭やらを渡してたら消えただけなんだろうが…」


H先輩はニヤニヤが止まらないようだ。


「はあ」


「多分、貰った菓子がよっぽど美味かったか、相手にされてうれしかったんだろうよ。


飽食の現代っ子である我々からすれば100年以上前に食料難と戦っていた世代の苦労など分かりようがないが


そんな時代に生きた人の幽霊が風習が忘れ去られても、ずっとさ迷ってたんだろう」


というとH先輩はけらけらと笑って僕から見て右後ろを指差した。


「女の子だな、どうやら好かれたぞお前」


「えっ?」


と驚くと


「失礼だな君は座敷童みたいなもんだ、仲良くすると良い」


と軽く窘められた。


僕には見えなかったが


こちらを見て赤ら顔でほほ笑むあの子がそこにいる気がした。


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