第5話 篁、シロタの異父姉弟に会う。
気がつくと、
秋だというのに、まるで夏草のように
ついさっきまで朝だったはずの空は、
「ここが、冥界なのか?」
起き上がりながら辺りを見回すと、一面の草原かと思った場所は、どうやら川の
下方には鴨川ほどの川が流れ、上方を見上げれば大きな屋敷がそびえている。
「タカムラ急いで!」
土手の上からシロタの声が聞こえた。
大急ぎで土手を駆け上がるとそこには道があり、その道に沿って大勢の人が一列に並んでいた。
長蛇の列が向かう先には素晴らしく大きな宮殿がある。さっき見た大きな屋敷だと思った所は、どうやらこの宮殿の楼門だったらしい。
篁は、改めて列に並ぶ人々を見回した。
「こいつらみんな、死者の魂なのか?」
列に並ぶ人たちの見た目は生者と変わらない。ただ、表情はどこか虚ろだった。
「タカムラ早く!」
「わっ、今行く!」
シロタがぴょんぴょん跳ねている所まで走って行くと、そこに壱子がいた。他の者達と同じように、虚ろな目をただ宮殿に向けている。
「壱子、おい壱子!」
篁は、壱子の肩をつかんで揺さぶった。すると、虚ろだった壱子の瞳に光が差して、ゆっくりと篁の顔を見上げた。
「……え? タカちゃん?」
「そうだ、俺だ。一緒に家に帰ろう!」
泣きそうになるのをこらえながら、篁は笑顔を浮かべた。
しかし、壱子は困ったように眉尻を下げる。
「でも、あたし……ここに並んでないといけないの」
虚ろな目をした魂たちは、まるで冥府の王の声なき命によって動かされているようだった。
「そこ! 列を乱しているのは何者だ!」
ぴしゃりと鋭い声が聞こえた。
声の方へ振り返ると、そこには
双子のように瓜二つの彼らだが、よくよく見れば、わずかな体形の違いに気がついた。
(そっくりだけど、もしや、ひとりは女性か?)
篁がそう思ったのと、シロタが「兄ちゃん!」と叫んだのはほぼ同時だった。
シロタとおかっぱ二人は剣呑な目で睨み合っている。
「騒ぎを聞きつけて来てみれば、出来損ないのシロタではないか」
「まさか、生者を連れて来たのが愚か者がおまえとはな」
そっくりな二人は、口々にシロタを罵る。
「にっ……兄ちゃんたちこそ、よく見てみろよ! この子は寿命で死んだんじゃない。魔魅に襲われたんだぞっ!」
「は? 言いがかりも甚だしい」
「そもそも、魔魅の始末はおまえの仕事だろ?」
決まり事でもあるのか、二人は必ず交互に喋る。
篁はしっかりと壱子の肩を抱いたまま、シロタの兄たちを観察した。
「オイラだけじゃ、魔魅を倒せないって、知ってるくせに!」
シロタは必死に訴えているが、子犬姿の彼はとても弱々しく見える。
篁は助け舟を出すつもりで口を挟んだ。
「……おまえの兄ちゃんって、黒と茶色の
「馬鹿を言うな! 我らは偉大な魔犬サラマーの子だ。普段は魔犬の姿で仕事をするが、大王のおわすここ冥府の宮殿では、大王に近い姿でお仕えしているのだ!」
「こちらは姉のサーラ。おれが弟のメイヤーだ。よく覚えておけ人間! ちなみに、そこの白狼は、獣の血が濃すぎて人の姿にはなれないようだ」
おかっぱ姉弟に嘲りの眼差しを向けられたシロタは、ブルブルと震え出した。
「オイラだって……母ちゃんの子だ! 人の姿になるくらい、やれば出来るんだ!」
震えはだんだんと強くなり、やがてシロタの姿はポンッと弾けて白煙となり、その煙が流れて消えた後には、藍色の
「は? 何だおまえ、尻尾が丸見えだぞ」
「お里が知れるというものだ」
藍色の衣から飛び出した白いモフモフを見ておかっぱ姉弟は笑ったが、篁は感心した。
「確かに尻尾は出てるけど、ちゃんと人に見えるよ。凄いよシロタ! 初めてでそこまで出来れば立派なもんだよ!」
「えっ、ホントか?」
白髪の青年がポッと頬を染める。色白の肌のせいか、どことなく艶めかしい。
「ほんとほんと。立派だよ。尻尾だけなら服で隠せるしな!」
篁は自分よりもほっそりしたシロタの肩を、バシバシと叩いた。
「何だこの人間は……」
「痴れ者め……」
和気あいあいとした篁とシロタを、おかっぱ姉弟が憎々しげに睨む。
篁はそんな姉弟をギロリと睨み返した。
「サラだかメイだか知らないが、おまえらは死者の道案内なんて簡単な仕事しか出来ないのか? シロタは怪我を負いながら、一人であの狂暴な魔魅と戦ったんだぞ! 冥府の使者たる責任感があるなら、協力して倒したらどうだ? おまえらがそんなだから、壱子みたいに何の罪もない人間が魔魅の手にかかるんだぞ! それとも何か? 魔魅が怖いのか?」
「なっ……我らを侮辱するのか?」
「しっ……痴れ者め!」
「あーもう、おまえらじゃ話にならない! 俺を冥府の王の前へ連れて行け!」
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