第12話 戒めとして



 会議室は慌ただしく、人が出入りしていた。

 エルマル王国の使節団はしばらく呆然としていたが、やがてレティシアを連れてその場を後にした。

 すぐに追い返すことをグレンはしなかったが、彼らはおそらく今日中にでも祖国に帰ろうとするだろう。交渉の決裂もそうだが、今回のことがカルサンドラに届いているのではないかと、不安になっていた貴族が多かったらしい。彼らは急いで祖国に帰り、カルサンドラへ使者を送るのだろう。

 王女の婚約について。という名目で。


 グレンはハードヴァード公爵とニーデルベア伯爵に後程話を聞くと伝えた。2人の子であり、今回の行動の中心であったルーラとジョエルも共に一度席をはずしている。

 グレンはその後国王への報告と、細かい情報の調達などの指示を行い、また貴族たちに一旦の口止めと、今後の国の方針の取り決め、西諸国に対する報告の刻限や方法など、様々なことに追われていた。

 突然のことであったので、仕方がない。


 落ち着いたのは、翌日のことであった。




 城に呼ばれたルーラ、ジョエル、ハードヴァード公爵、ニーデルベア伯爵の4人は、グレンと向かい合ってこの度の仔細について話していた。

 子供2人が先に動き出し、親が巻き込まれたのだ。と笑いながら公爵が言った時には、ルーラは顔を赤くし、ジョエルは半笑いでいた。

 相変わらず柔和な表情のニーデルベア伯爵は、なんとかなってよかったですねぇ。と呑気に笑っていた。


「今、詳細な調査を行なっているが、あれだけの証拠があるし、エルマル王国の態度からして、今回のことは事実だろうと陛下もおっしゃっていた」

「そう、ですか。陛下は、お怒りではないでしょうか」


 ルーラの不安をグレンは笑う。


「父上は、なんだそうか。と言っただけだった。そう言うことあるだろうな。とも。もしかしたら最初から何かおかしいと思っていらしたのかもしれない。父上の御心までは、今の俺では測りきれない」

「陛下の御心を全て理解できる者などおりますまい。人とはそう言うものでございましょう」


 公爵は穏やかに笑った。

 和やかな空気の中で、ルーラがひとり俯く。


「どうしたんだい?」


 ジョエルが穏やかにたずねた。

 ルーラは悲しげに瞼を伏せる。


「レティシア王女殿下にはきっと恨まれてしまったわ」


 部屋に集まった皆が一様に顔を顰める。

 

「あの時……1人の女として行動した覚えなどありません。……と、そう心から言えたのならば……どれほどよかったでしょう。そうあるべきなのはわかっております。でも……」


 グレンは目を見張った。


「結果、国のためになったからよかったことです。わたくしはレティシア王女殿下を責めることは……」


 できない。そう続けようとしたルーラに、グレンが声をかけた。


「ルーラ。もし、もし、今回エルマル王国がこのような秘密を持っていなかったら、君はそれでも会議に現れたか」


「そんなこと、する理由がありません」

「なぜ?」

「え、なぜって……」


 それは、だって、エルマル王国がこんなことを考えていなければ、自分が身をひけば国のためになることしかないのだ。

 仮にグレンが結婚を望んでいなくても、グレンならば王国のための道を選んだだろう。そのことも考えれば、ルーラが自身の幸せを得ようとすることは罪にしかならない。

 国に害をなすような決断は自分にはできない。


 そこまで考えてルーラはハッとした。


「偶然、君の望みと国の幸福が重なっただけにすぎないかもしれない。でもそこに国の幸福がなければ君は全てを受け入れる覚悟があったはずだ。そこは彼女とは違うところだ」


 グレンが言葉を重ねる。

 神妙な顔で俯くルーラの隣で、ジョエルが肩をすくめて笑った。


「だからグレン殿下は最後にレティシア様に言ったんでしょう? 国のために生きつつ、自分の幸せを掴むんだって」

「それはとても難しい道だ」


 ジョエルのあっけらかんとした言葉を、公爵が重々しく引き継ぐ。

 続いて伯爵が笑う。


「それが、レティシア王女殿下のこれからの戦いですねぇ」

「ああ。そうだろうな」


 グレンは静かに同意した。

 ルーラはレティシアの最後の涙を思い出す。公爵の言う通り、とても難しい道だ。ルーラは今回運がよかったのだ。

 ただ、それだけだ。


「彼女にも、幸せになってほしいと思うのは、この度のことを考えると、いけない考えでしょうか」


 ルーラが呟く。

 貴族として、憤るべきところだろうか。

 再び瞼を伏せるルーラにグレンが手を伸ばした。

 そっと顎を持ち上げられる。目線を上げたルーラはグレンが微笑んでいるのを見た。


「それは、君の優しさだろう」


 ――そうだろうか。それでいいのだろうか。


 ルーラは小さく頷いた。


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