第10話 決裂
誰かが息を呑む音がした。
それを合図にしたように、ガタッと大きな音をさせてバッケム侯爵が立ち上がる。
「お待ちください! これは、これは何かの間違いです!」
バッケム侯爵が叫んだ。
口々にエルマルの使節団の者たちがそれに賛同する。それをグレンは片手で制した。
「お静かに」
「ですがっ」
「お静かに願います」
グレンが再度言葉を重ねて、ようやく静まる。
グレンは資料をしげしげとみつめ、それから大きくため息を吐き出した。
ひらりと手に持っている資料を揺らす。そして重々しく口を開いた。
「この資料には、カルサンドラ王国の国営郵便による極印がある」
「なっ!?」
「これは、カルサンドラから取り寄せたものに相違ないな」
ルーラに視線をやれば、しっかりと頷きが返ってきた。
「はい。おっしゃる通りです」
「それに、これはニーデル商会の社印だ。これは商会を介して送られてきた。そうだな? ニーデルベア伯爵」
今まで黙っていた伯爵が柔和な表情を浮かべて頷いた。
美しい所作で礼をとる。
「は。その通りでございます」
「なるほど……」
商会の社印があるということは、ニーデルベア伯爵家による公式の書類であることを示すと考えてもいいだろう。
そして反応からして、伯爵も承知の上のこと。そして公爵も。
グレンは宰相に視線を向ける。表情は異様に強張っている。資料を凝視し、グレンの顔に視線を戻す。それを繰り返す様は、混乱を如実にあらわしていた。
グレンは次にアスバストの貴族たちに目を向ける。
腕を組みため息をつくもの。
頭を抱えるもの。
呆れたように顔を顰めるもの。
そして納得した様子で頷くもの。
皆違う反応だが、事情を悟り諦めたような顔をしている。
グレンは無表情にエルマル王国側で立ち上がったまま呆然としている侯爵を視線で射抜いた。
「バッケム侯爵。これについて何か釈明はあるか」
それは、最後通告のようなものだった。
この場で出た以上今後アスバストは公式で調査団を送るだろう。証拠が出ないようなら、カルサンドラにも使節団を送っても良い。
バッケム侯爵は顔を青から白へと変えて呆然としている。
まさしく真実であることの証明をその身をもってしているようなものだ。
「こ、このような内容をまさか秘密にして国交を結ぼうとしていたなどとっ!」
宰相が青ざめ、震える唇で言った。
まったくの同意見のグレンは眉間を揉む。
この最後の会議という時に、このようなことが発覚するとは。そこまで考えてグレンはルーラを見た。
どこか不安そうにするルーラ。しかし瞳はしっかりとバッケム侯爵を見据えている。確証がある。この資料は事実だと強く訴えるように。
その視線がグレンにふいに向けられた。
懇願するような視線に、グレンはたまらなくなる。
首を左右に振って、グレンは立ち上がった。
「会議は中止だ。この件についてはこちらから正式に調査させていただく」
「お、お待ちください! そ、それはカルサンドラからの一方的なもので、我が国は承認しておりません!」
「だとするならば」
ピシャリとグレンは侯爵の言葉を遮った。
声色は重々しく、そして国王足りえる威厳をもってバッケム侯爵を見据える。
「この度の通商への議題はともかくとして、レティシア王女殿下との婚約は、カルサンドラの怒りを買いかねない問題だということは、重々お分かりか」
バッケム侯爵は、もはや倒れそうな顔で立ち尽くしていた。
「お待ちになって、グレン殿下!」
衛兵の制止を押し切って、再び扉が開かれた。
入ってきた人物を見て、グレンは頭痛がする気がした。
なぜこの場面で来るのか。それはもはや全員の考えが一致した時だった。もちろん。エルマル側も同様だ。
「レティシア王女殿下……」
ルーラが驚いた様子で名前を呼んだ。
大きく手を開いて扉を開け立っていたのは、エルマル王国王女レティシアだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます