第7話 人脈

「この情報、まだ誰にも?」

「ええ。あくまでも噂程度と考えて欲しいのです。けれど、火のないところに煙はたちません」


 仮に真実ではないとしたら、それは杞憂に終わる。ルーラが王や宰相に相談しなかったのは、正しいと言える。しかしジョエルはこれが事実であるような予感がした。

 むしろ、もっと悪いことが背景にあってもおかしくない。


「ジョエル様」


 はっとしてジョエルは顔をあげた。ひどく焦った様子のルーラが不安そうにジョエルを見ている。


「ジョエル様は、今もカルサンドラの方と交流はありますか? あるいは、カルサンドラにあるニーデル商会に調査を依頼することは可能ですか?」


 ジョエルはなるほど。と納得した上で俯いた。

 そういう理由で、ルーラはジョエルを選んだのだと理解はした。

 これは秘密裏に、あくまでも秘密裏に行わなければいけない。いかにジョエルの勘が事実だと訴えていても、実際は国の事情の調査は公式に行われている。その調査でこの事実が出てこなかったことを見ると、可能性としては偽情報だという結末もありうるのだ。そうなれば、簡単に言えば「勝手にこそこそと嗅ぎ回って、エルマルを疑っているのか?」とエルマル側に思われる可能性はあった。そしてそれは調査をしていた伯爵家が、陛下より罰を受けることを意味する。

 国交を結ぶこと事態がなかったことにでもなれば、その罪は重い。

 ジョエルの一存でできることではないと、ジョエルには思えた。

 しかし……。

 ジョエルはそっとルーラの様子を見る。

 少なくともルーラもジョエルと同様にこの情報に対するある程度の信ぴょう性があると考えている。

 そして調査をせずに事が進んでしまった場合の問題を考えると、ここで聞かなかった事にはできない物でもあった。後回しにする時間もない。


「調査は、可能です。でも……。このことは侯爵様もご存知ないのですよね」

「はい。父には、わたくしから話します。もし、これが露呈して責任問題になるようなら……わたくしが責任をとります」

「それは……」


 おそらくそうなれば侯爵とて唯ではすまない。普通なら、王にやはり相談すべきである。おそらくそうしたところで、ルーラが思うほど大事にはならないようにジョエルには思えた。しかし、ルーラはそれを望んでいないように見える。


「陛下なら、話を聞いてくれるのでは? あるいはそう……グレンなら。それは、お嫌ですか?」


 ルーラは迷って目をそらした。

 ルーラとしては王に相談して大事にしたくないというのが本音だ。しかしそれが邪推に近いということも冷静になればわかっていた。ただただ同時に思う事がある。

 素直に言葉にすることは難しい。それでもごまかすことも出来なくて、ぽつぽつとルーラは思いを吐露する。


「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくないだけなのかもしれない……私は、そうなってほしくて今動いているのではないかしら。そんな風に思えてならないの」


 自分の心がわからない。ルーラには、本当はどう思って自分が動いているのか、理性とは違う場所が騒いで仕方ない。それが理由なのではないか。そして。


「それを言い当てられるのが、怖いのだわ……」


 うつむき悲しげに瞳を揺らす姿は、ただの少女だった。

 ジョエルもまた眉を下げる。グレンとルーラ。二人の仲をジョエルは知っている。二人が切り裂かれることのない未来が、ジョエルだって本当は欲しい。そしてそんな気持ちが、ルーラに協力しようとしているジョエルの考えに影響していないわけがなかった。

 そしてルーラはそれが心にあることをグレンや王に知られたくない。知られて軽蔑されると思っている。

 もちろん大事にしたくないという気持ち。王を巻き込みたくないという気持ちが強いのだろう。だが、知られる恐怖もまた、理由の一つなのだ。

 ジョエルは瞼を伏せて、グレンを思い出した。そんな男ではない事はきっとルーラもよく知っている。それでも恋をすれば心は嫌われたくないと叫ぶのだ。それはどうしようもない事だと、ジョエルはわかっている。

 本当なら、こんな理由で手を貸すのはおかしいのかもしれない。それもわかっていて、けれど手を貸してしまいたい気持ちは強い。

 ジョエルは息を吐いた。


 ――別に伯爵位を継ぎたい気もない。万が一何かあったとしても、俺はそれで失う物なんてたいした事ないか……。なんて、そんなわけもないが……。まぁ彼女にも覚悟があるようだしな。

 

「わかりました」

「!」

「俺の友人がカルサンドラにいますから、調査してもらいます。それに商会にも動いてもらいましょう。父には、俺から話させてください。必ず説得します」

「あ、ありがとうございます!」


 ルーラは深く頭を下げた。

 ジョエルがそれをやめるように手で制する。


「お気持ちは理解しました。事情もわかりました。何より、我が国が戦争に巻き込まれることなど絶対にあってはいけない。公爵と伯爵が二人で画策したこととなれば、王もひどい罰を与えることはないような気がします。大丈夫ですよ」


 ジョエルは本心からそういった。

 あれこれと考えてはみたものの、おそらくルーラが思うほどにこの噂の事実確認をおこなうことは大事にはならない。


「ジョエル様に相談してよかった」


 ジョエルは言葉に詰まった。美しい表情でそう言うルーラをみて、一瞬の迷いが生じる。

 この人を、自分の物に出来る機会がそこにあるのに、と。

 それは本心ではない。ある種の気まぐれのような想いだろう。しかし、たしかにルーラには他の令嬢にはない何かがあって、ジョエルはそれを気に入っていた。


 ――ああ、きまりが悪いなぁ。


 ジョエルは小さく、ルーラにわからないようにため息をついた。


 

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