3

 ひさしぶりに会った女は、ほとんど記憶を失っていた。狐に食われたんだろう。

 自分と会えば、なんとなく記憶も戻ると思っていた。なんとなくの、白雪姫みたいな感覚で。


 実際にそんなことはなく、彼女は自分をそこそこ邪険に扱った。彼女に雑に扱われたことはないので、ちょっときずついた。ちょっとだけ。


 たまたま、狐が彼女に憑いただけ。祓ったときには、記憶を食われていただけ。それだけ。よくあることだった。生きているだけ、ましか。


 狐を殺して。街を守って。そうやって生きてきた。彼女とふたりの日々が、なんとなく続くと思って。そう思っていた。思っていただけ。


 本当にそうなのか。


 実際は、心のどこかで。


 終わると思っていなかったか。


 この、幻想みたいな日々が。彼女の隣にいる、日々が。


「泣いてんの?」


 隣。彼女。こちらのほうを見ず、下の交差点に、目をやっている。本当に、俺に興味はないのか。ないだろうな。記憶がないから。別人なんだろう、たぶん。口調からして違う。彼女は物腰やわらかだった。


「普段。なにしてる」


 どこにいて、何をしているのか。どんな暮らしなのか。俺のいない彼女は、いったい。


「動画見てる」


「動画」


「あと、ゲームしてる」


「ゲーム」


「あと寝てる」


「そうか」


 普通に暮らしているらしい。

 恋人がいるのか。

 ちょっとさすがに、この距離感では訊けない。


「泣いてんの?」


 泣いているのか。自分でも分からない。彼女が生きていることを、よろこぶべきか。彼女のしを、かなしむべきか。


「わからん」


「わからないんだ。へぇ」


 ばかにしているのか。にこにこと笑っている。


「なんかうける。よわくて」


 彼女だったら、絶対に言わないようなこと。言ってる。これもこれで、ちょっと、ほんのちょっとだけ、きずつく。かなしい。でも、泣くほどかというと。分からない。


「なぁ」


「はい」


「これからも、ここに。いるのか」


「うん」


「ここに、ときどき。俺も来ていいか」


「はっ」


 笑われた。彼女は、ばかにするようなわらいかたなんて。いや、やめよう。目の前にいるのは、彼女じゃない。彼女に似た、別の何か。そう思わないと。


 やってられない。


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