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ひさしぶりに会った女は、ほとんど記憶を失っていた。狐に食われたんだろう。
自分と会えば、なんとなく記憶も戻ると思っていた。なんとなくの、白雪姫みたいな感覚で。
実際にそんなことはなく、彼女は自分をそこそこ邪険に扱った。彼女に雑に扱われたことはないので、ちょっときずついた。ちょっとだけ。
たまたま、狐が彼女に憑いただけ。祓ったときには、記憶を食われていただけ。それだけ。よくあることだった。生きているだけ、ましか。
狐を殺して。街を守って。そうやって生きてきた。彼女とふたりの日々が、なんとなく続くと思って。そう思っていた。思っていただけ。
本当にそうなのか。
実際は、心のどこかで。
終わると思っていなかったか。
この、幻想みたいな日々が。彼女の隣にいる、日々が。
「泣いてんの?」
隣。彼女。こちらのほうを見ず、下の交差点に、目をやっている。本当に、俺に興味はないのか。ないだろうな。記憶がないから。別人なんだろう、たぶん。口調からして違う。彼女は物腰やわらかだった。
「普段。なにしてる」
どこにいて、何をしているのか。どんな暮らしなのか。俺のいない彼女は、いったい。
「動画見てる」
「動画」
「あと、ゲームしてる」
「ゲーム」
「あと寝てる」
「そうか」
普通に暮らしているらしい。
恋人がいるのか。
ちょっとさすがに、この距離感では訊けない。
「泣いてんの?」
泣いているのか。自分でも分からない。彼女が生きていることを、よろこぶべきか。彼女のしを、かなしむべきか。
「わからん」
「わからないんだ。へぇ」
ばかにしているのか。にこにこと笑っている。
「なんかうける。よわくて」
彼女だったら、絶対に言わないようなこと。言ってる。これもこれで、ちょっと、ほんのちょっとだけ、きずつく。かなしい。でも、泣くほどかというと。分からない。
「なぁ」
「はい」
「これからも、ここに。いるのか」
「うん」
「ここに、ときどき。俺も来ていいか」
「はっ」
笑われた。彼女は、ばかにするようなわらいかたなんて。いや、やめよう。目の前にいるのは、彼女じゃない。彼女に似た、別の何か。そう思わないと。
やってられない。
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