第13話 ふたたび西へ

 ゆっくりと進む三頭のロバ。

 一頭には私とフィリーネ。もう一頭にはヴィンツェン司祭。そしてもう一頭にはベアトリクスである。

 それまで住んでいた館を片付けて、ベアトリクスも一緒に旅立つこととなった。二十一歳という触れ込みであるが、それより下のフィリーネよりも子供に見える。まあ、色々苦労しているのかもしれないが。

 召使いを連れて行く金銭的な余裕もないらしく、我々が従者のような存在になってしまった感がある。

 都市を抜けて再び、街道をゆく我々。

 魔物の姿も、追手の傭兵も現れることはない。熊や狼などの動物すら、街道沿いにはあまり出くわすことがなかった。

 われわれが目指すははるか西のゼンケル伯領である。ランドルフ司教とやらから、領地を取り戻すのが目的らしい。

 この旅路に先立って、私は術式を見せることをベアトリクスから所望される。ヴィンツェン司祭がこっそり話をしたらしい。まあ、一番手頃そうな、火の術式で地面に炎の柱を三つほど立ててやった。うるうるしながらそれをベアトリクスは見つめる。

「まさに、悪魔の仕儀。この力があれば教皇など何するものぞ!、でありますな」

 興奮するヴィンツェン司祭。いつの間にか悪魔に格上げされているわが身が情けなく感じる。

 まあ、乗りかかった船である。女伯ベアトリクスの境遇も同情を禁じえないところだ。この『異世界』でやることが見当たらない以上、このような油の売り方もあるのかもしれない。

 一方フィリーネはといえば、同じく流れを見に任せているらしい。

「こんな面白い経験したことありません。レオール様にどこまでもついていきます!」

 そんな事を言っていた。ヴィンツェン司祭に文字を習い、それでなにやら記録をつけているらしい。眼鏡を大事そうにかけながら。

 夕暮れ。これ以上の移動はロバも疲れてきたようで野営の準備をする。流石に女伯様に野宿もあれなので、それらしいテントを貼ることにした。まあ、雨風をしのげる程度の幌であるが。

 ヴィンツェン司祭は川で身を清めるとかで、姿を消した。

 食料はそれなりにもってきた。川の水を鍋でよく煮沸した中に干し肉と塩を放り込む。種火は当然、私の術式で料理はフィリーネが担当した。

 焚き火の前に向かい合う二人。

 フィリーネの長い髪が、炎に反射してキラキラと光っていた。

「申し訳ない」

 わたしはなぜか頭を下げる。驚いた様子のフィリーネ。

「なぜ、謝れられるのです?」

「いや、行きがかりとは言え平和な生活からこんな旅に巻き込んでしまったことは......」

 首を大きく横に振るフィリーネ。

「あのまま荘園に居ても、私には将来はなかったでしょう。この、生まれつきの目の悪さでは将来もわかったものではありません。女ひとり、いかに領主様の温情があると言っても、いつ死んでもでもおかしくありませんでした。そんな時にレオール様が現れた。私に新しい世界を与えてくれました。感謝しかありません」

 そういうものかな、と私は顎に手を殺って考え込む。

「ただ」

 シチューの入った木の椀を私に差し出しながら、フィリーネは心配そうな顔で私につげる。

「レオール様の『不思議な力』、あまり他の人に見せないほうが良いと思います。幸いヴィンツェン司祭はそうではなかったですが、悪意を持ってその力を否定する人々が多く、この世界には存在します」

「わたしを心配してくれるのか」

 前の『異世界』では私を心配してくれる人は殆どいなかった。その力に頼ってくる女性は数多くいたが。

 どう考えても、少女の域を脱しないフィリーネにそのような心配をかけているあたり、騎士失格であるな、と私は苦笑いする。

 もらったシチューを胃に流しこもうしたその次の瞬間に、大きな音が響き渡る。

 それは、まごうことなきヴィンツェン司祭の悲鳴――であった。

 

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