第12話 『ミッション』開始

 女伯を自称するベアトリクスは自分の身の上を私とフィリーネに語り始める。

 この都市よりはるか西にゼンケル伯領があるらしい。それなりに豊かな土地で、大きな城もあったそうだ。

「わらわのお父上であるゼンケル伯コントラッド父さまはな。それはもう名君の誇り高く、皇帝陛下からの覚えもめでたい立派なお方であった」

 まるで自分のおもちゃを自慢するように胸を張って、父親の業績を色々並び立てるベアトリクス。隣りにいるヴィンツェン司祭はうんうんとうなずいて調子を取る。この少女、先程年齢を『二十一』と言っていたが本当なのだろうか。逆に『十二』でも違和感がない気がするのだが。

 しかし、その笑顔がいきなり暗くなりため息をつく。

「しかしの、ある日お亡くなりになってしまったのじゃ......」

 いきなりのトーンダウン。しかも、重い。

「子供はわらわだけ。母上もすでになくなっておった。このことあるを考えていた父上はちゃんと遺言もしたためていたのだが......それを悪用したのがあの憎き叔父、ランドルフめのやつばらじゃ!!」

 耳に響く大きな声。よっぽどの遺恨なのだろう。

「ランドルフはゼンケル伯コントラッドさまの弟で、ゼンケル伯領の司教をつとめてらっしゃいました。あろうことか遺書を改ざんし、伯領すべてを司教の領土にしてしまったのです。ベアトリクスさまを追放して」

 ヴィンツェン司祭がそう説明する。

「わらわは命からがら城を逃げ出した。持てる限りの貴金属を手にな。私が子供であったら野垂れ死んでいるところでありましたわ」

 子供ではないのか、ともう一度ベアトリクスの顔をじっと見つめる。

「ゼンケル伯コントラッドさまは私が教皇庁にいた頃から懇意にしてくださった恩人であります。どうやらランドルフは教皇庁の意を受けてこのような簒奪を行ったのかと。背後には偽教皇ベルトルド二世がいるに違いません」

 ヴィンツェン司祭は私の方を向き直り、両手をとって訴える。

「もはや教会に正義はございません。この際は、いかなる邪悪な力であってもより大きな悪を払うにはやむを得ません。どうか、レオールどの!騎士ならばこの不遇な小公女さまをお救いいただけないだろうか!」

 不遇な小公女、まあそれは良い。邪悪な力......それは私の術式のことだろうか。

 この時代、俗的な権力よりも聖的な権力つまり教会の力が強かったことを思い出す。日本の高校世界史の記憶。『皇帝権は月、教皇権は太陽』だったろうか。

 前の異世界では宗教はあくまでも自然神の信仰であり、教会はその自然神の恵みを受ける場所だったので政治にあまり関与はしなかった。この中世世界は全く違うらしい。

 うるうるとベアトリクスが両手を合わせて懇願する。

 そして私の裾をフィリーネが引っ張る。

 なんとも胡散臭い話であるが、私はただうなずいた。

 予期せぬ『ミッション』の、それもとらえどころのない『ミッション』に頭を抱えながら――

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