第6話 宴のあと

 なんとも奇妙な宴会である。

 とはいえ、いかに変なワインであってもアルコールは入っているらしくだんだん座が騒がしくなってきた。

 洋の東西を問わず、このような場で話されることはだいたい相場が決まっている。

 自己顕示欲を満足させるための自慢話。

 ここにいない誰かの噂話。もしくは悪口。

 いずれも、よくある光景だ。しかし、ここの領主はそれをうまく受け流すだけで自分からは何も言わない。なかなかできた御仁のようだ。わたしにいろいろな人物を紹介してくれる。この荘園で一番馬を保有しているという商人。遠隔地と商売をして、財を成したという商人。人は悪くなさそうである。そんなとき、一人の風変わりな人間に私は会うこととなった。

「レオール=クロンカイトさまですか。あまり、この地域では聞かない名ですな」

 領主テオバルトが最後に紹介してくれた人物が彼であった。見た感じ、聖職者のような風体である。年の頃は若い。私より若いかも知れなかった。

「はじめまして。この荘園の教会を取りしきる司祭のヴィンツェンと申します」

 なんだかよくわからない仰々しいお辞儀と例の十字を切る仕草。領主テオバルトは私に説明する。

「ヴィンツェン司祭は主司教区の学校を出られておる。こんな田舎の教会にはもったいないお方だ」

 領主テオバルトの素朴な賛辞に対して、謙遜する様子も見えないヴィンツェン司祭。なかなかの自信家らしい。

 数時間の後に、宴会から人が引いていく。テーブルの上には、肉の骨やら果実の皮やらが無造作に積み重ななっていた。

 私も、そろそろお暇しようか――と思っていた矢先に、呼び止められる。

 先程のヴィンツェン司祭であった。

「ちょっとお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

 人気のない廊下に誘われる私。大きな吹き抜けが庭に向かって伸びていた。

 風が心地よい。この荘園の風景もこうしてみると、なかなかに自然豊かで風情がある感じがした。

「私はこの荘園の教会に来て二年になります」

 唐突に始まる身の上話。まあ、それが一〇年だろうが私には関係のないことだが。

「こんなところで私の人生終わりたくないのですよ」

 今度は人生論か。『日本』に生きていた時代であれば意識高い系のマルチ商法の勧誘を疑うところであるが......さすがにそうではあるまい。

「昨日、レオール様の『魔術』を見ました」

 『魔術』とは大げさな。あんなのは初歩の初歩たる『術式』にすぎない。合理的な物理法則に基づいた結果である。

「私はこう見えて、結構中央への『つて』がありましてな。教皇庁の情報も少なからず手に入るのですよ」

 なんとなく、状況が見えてきた。私が『教皇庁の騎士団員』であることに疑問を持っているのだろう。まあ、当然ではあるのだが......むしろそれをほいほいと信じ込んでしまう領主テオバルトのほうが、少し心配でもある。

「ああ、ご心配なく。決してこのことは口外いたしません。神に誓って――」

 そう言いながら、また十字を切る。なかなかに安い神のようだ。

「つきましては、色々ご相談したい儀もございますので本日の夜にでも教会にお越しいただけますでしょうか」

 是非もない。何を企んでいるのか興味深いところでもある。もしなにか危害を与えられそうな状況になれば、力的に優位なのはこちらであるからな。

 恭しく例をして、ヴィンツェン司祭が視界から消える。

 私もそろそろ頃合いだろう。領主テオバルトに礼を述べ、館の玄関をくぐる。

「さて」

 私は腕を組んで考え込む。

 流れでなんとなく、ここに至ったがこの後どうすべきか。

 所持金、は金貨と銀貨が数枚。この世界の貨幣がわからぬから使いようが難しい。術式と剣は使えるようだから、それを生かして金を稼ぐという手もありだ。しかし、副国王たる私がそんなことをするのもな――

 色々考えていると館の出口のところに腰をかけている少女がいた。

 こっちに気づくと、眼鏡をかけて手を振ってくる。

(フィリーネか)

 彼女にも世話になった。挨拶をせねばなるまい。

「レオールさま。お待ちしておりました」

 飛びつかんばかりに、フィリーネが近寄る。

「待っていたと......?」

「はい。私は宴会に参加できる身分ではありませんので。ここで」

「......なんのために......?」

 思わず口に出てしまう言葉。しかし、フィリーネはそんなことは意にも介さないでにこっと微笑む。

 なるほど。私がフィリーネの家に戻ると思っていたのか。

 確かに現状では身寄りがない。その気になれば領主の館に客人として泊まることも可能であろう。

 しかし――

 私は少し迷った後に、そっとフィリーネに宴の後でもらった包を手渡す。

 不思議そうに受け取るフィリーネ。

「宴会でもらった。城でやいたパンらしい。それで今日の分の宿賃というわけにはいかないかな?」

 包みを開けるフィリーネ。

「白いパン!久しぶりに見ました!さすがはお城のパンですね!......これなら......一週間は大丈夫ですよ」

 フィリーネの言葉に何か救われるような気がした。

 まあ、また獣があの家を襲ってくる可能性もある。女性、とはいえ自分の子供のような歳の娘だ。

 ここはお世話になろう、と私は決断する。

 この時は思わなかった。まさか、あんなに長くお世話になってしまうとは――

 

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