第5話 真昼の宴

 ベッドの上で腕を組み私は思索にふけっていた。

 今日は考えてみるといろいろなことがあった。

 領主テオバルトとの初めての出会い。そして、野盗との戦い。

 感謝されるとばかり思っていたのだが、何故か悪魔扱いをされそうになった。その状況をあの少女、フィリーネが救ってくれたわけだが。

『あなたは、この世界の人ではないのですね』

 さきほどまで、目の前の椅子に座っていたフィリーネの一言である。

 私はただうなずいた。間違いない、この世界は雰囲気こそ前の『異世界』に似ているが、その基本設定は根本から違っているようだった。フィリーネとの会話から、大体以下のことを察することができた。

 術式、つまり魔法がこの世界にはない。そのようなものを使うと『悪魔』に認定されてしまう。

 唯一神を崇める宗教の力が絶大である。領主や国王、さらには皇帝よりも宗教組織の権力が強いらしい。この世界で強力な権力を持つ聖職者のトップを『教皇』と呼ぶらしい。

『この荘園にも聖職者の方がいます。あの教会の司祭さま――かつてはかなり高位の立場だったらしいのですが......詳細はよく走りません。異端審問をする資格もお持ちと聞いています。どうかお気をつけください』

 フィリーネはその司祭に『悪魔』と思われることが怖くて、私の身分を偽ったらしい。『教皇庁の騎士団員』と。同じ不思議な出来事でも、聖職者側の人間が行えばそれは『奇跡』として受け入れられるらしい。

 それにしても――

「私をかばっても、なんの得もないだろうに。なぜそんなことを?」

 少女、フィリーネは私の顔をじっと見つめて、こう言った。

「命を一度助けて下さいました。あわせて目も見えるように。この程度では与えてくださった恩をかえすにはまだまだ、不十分です」

 そういうものか、と私はなんとなく納得した。

 夜。私は領主の館の一室にいた。この部屋で先程まで話をしていたフィリーネは、すでに自宅に帰宅した。まあ、ずっと彼女にお世話になるわけにもいかまい。てっきりディナーでももてなしてくれるのかと思ったら、夕食はパンと肉、スープくらいのものであった。

『明日、正餐の時にもてなさせていただきますぞ。教皇庁の方がこんな辺境までお越しいただいとあれば......何より野盗を追い払ってくれたことへのお礼が住んでおりませぬ』

 領主テオバルドの申し出を私は了解する。なんでもこの世界では昼が一番豪華な食事の時間になるらしい。日本でもあの異世界でもパーティーは普通夜であったが。

 部屋を見回すと、その理由が何となく理解できた。

 真っ暗である。一切照明がない。

 使用人にろうそくを所望したら、とても不思議な顔をされた。なるほど。この世界は『照明』を使わない文化のようである。前の『異世界』では夜でもガンガン照明をつけて、夜遅くまで飲み明かしたものだが。

 また歴史の授業を思い出した。

 日本でも江戸時代くらいまでは、夜照明をつけることは贅沢で暗くなるとともに寝ていたとか。この世界もそうなのかもしれない。

 しかし小さいベッドである。足を伸ばすとまるまるその足がベッドから突き出るのだ。布団も少しは柔らかいが、中身は藁らしい。

 そんなことを思いながら、二度目の『異世界』の夜はふけていった......



 大広間。といっても、それほど広いわけでもない。真ん中の大きな木のテーブルには、それなりに白いテーブルクロスがかけられる。そこに運ばれてくる料理の数々。まずは例のパン。大きさだけは嫌にでかい。そして水をたたえたボウル。これで顔でも洗うのか。更には陶製の水差し。これは飲み物が入っているらしい。

 いつの間にか、人で大広間は満たされていた。私は領主テオバルトの側に席を与えられ、底に座る。いわゆるお誕生席『上座』なのであろう。

 兵士らしい老人が、先程の水差しでコップに飲み物をついでまわる。赤い飲み物。どうやらワインらしくはあるが、なにかいろいろな香料の匂いがする。

「本日は教皇庁よりの騎士様を迎えての宴となる。可能な限りの馳走を準備した。どうか、楽しんでほしい」

 領主テオバルトの挨拶とともに、一同がコップをぶつけ合う。乾杯にしてはあまりに景気が良すぎる気がした。

 そういえば、聞いたことがある。

 中世において毒殺は常に身近なものであった。

 まして城での宴会などといったら、その可能性は非常に高い。

 お互い、コップの中の飲み物を相手のコップにぶちまけんばかりにぶつけ合い『毒が入っていない』ことを確認し合う。それが乾杯の起源であると、日本にいたときテレビで見たことがあった。

 一同、飲み始めると次は食べ物である。目につくのはほぼ丸焼きの肉。鹿だろうか豚だろうか。とにかく豪快な皿の盛り方である。ナイフを振りかざし、素手でその肉を切り分け頬ばる参加者。領主に呼ばれたということはそれなりに身分のあるものなのだろうが、そんなことはお構いなしである。なるほど。汚れた指を洗うのが、先程のボウルの水でありその手を拭くのがこのテーブルクロスなのだ。

 そう考えてみると、一度目の『異世界』はマナーが洗練されていた。フォークの使い方を学ぶのだけでも一年はかかったからな。

 まあ、郷に入っては郷に従えとも言う。真似をして肉を切り口の中に放り込む。

 うん、美味しくはない。むしろ、まずい。

 なぜ、こんなに味がしないのか。調味料の風味があまりしない。塩味とニンニクと、あとはショウガくらいだろうか。合わせて一度ボイルした肉を焼いているらしい。せっかくの肉汁が漏れてしまっている。

「このような田舎ではありますが、唯一自慢できるのがこの料理。いかがですかな?レオールどの」

 私は満面の笑みを作りつつ、肉を頬ばる。これまた独特なワインでそれをいに流し込みながら―ー 

 

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