第4話 主の御名において

 私は領主テオバルトと共に廊下を足早に歩く。その後を心配そうに追いかけるフィリーネの気配を感じる。さきほどまでの平穏は破られ、城の中は騒然としていた。

「領主どの、自軍の兵は?」

 大剣の柄に手をかけながら、私はそう問う。

「常備の守備兵が七名ほど。それと戦えそうな家臣が数名です」

 少ないな、と私は判断した。賊が白昼堂々と侵入するとなれば、それなりに数を頼んでのことだろう。もしかしたら、魔族のたぐいもいるかもしれない。前の世界に転移したとき、初めて的と戦ったときの記憶が蘇る。体に走る、なんとも言えぬ快感。この世界でも勇者としての一歩が始まったのかという――

「あれ、ですか」

 私の問に領主テオバルトは不安そうにうなずく。

 丸太の門の前には、何とも言えない貧相な男性が一〇名弱ほどたたずんでいた。服装はぼろぼろで手には棒――というかなにやら武器みたいなものをぶら下げている。武器がなければ流浪の民の集団が物乞いに来たのかと錯覚してしまう。

(油断はいかんな......!)

 大剣を抜刀し、領主テオバルトの方を向く。

「ここはお任せあれ。領主どの」

 領主テオバルトは大きな剣に驚きつつも、小さく頷いた。

 砦の窓から、身を翻す。そしてそのまま、垂直に地面に着地する。

 ゆっくりとレオールは立ち上がり、大剣の先を野盗の群れに突きつけた。

「名乗ろう。やあやあわれこそは、オストリーバ王国の産にて副国王に君臨しオストリーバの気診断団長をつとめ、受けた叙勲は数知れず......」

 すらすらと口上を早口で述べ上げた。しかしそれを見てキョトンとする野盗たち。私を指差す野盗もいる。あまりの凄さにわれを失っているのであろうか――

「旦那.......よくわかりゃせんのですが、わしらは食いもんさえいただけれりゃ乱暴なことは......」

 ふん、と私は鼻をならした。

「そのようなチンケな策が通じると思うのか。お前らの背後にはあの闇の大魔王『ゼーフェンフォルト』の影が見ゆる。さては魔物の化身ではないか?!」

 もはや言葉を失う野盗たち。ぐう、と誰かの腹の音が響き渡った。

 そんなことには構わず、大剣を大きく振りかざす。口の中で詠唱を込めるレオール。

 おお、と領主テオバルトは息を呑む。私の大剣から立ち上る光の渦。それは術式による剣戟の強化術である。

 一閃。

 地面が舞い上がる。そして大きな爆音。土煙があたりを包み、空間が歪む。

  大剣を地面に突き刺しながら、煙がだんだん晴れていくその先を見つめる。地面にまっすぐに伸びる大きな穴。まるで断層を形作るようにそれははるか彼方へと伸びていった。その周りには仰向けになった野盗たちがひっくり返っていた。外傷はない。どうやら皆気絶しているらしかった。

「違う世界ということもあって、いささかコントロールがきかんようだな。殺しはせぬ。大人しく降伏せよ」

 私は気絶した野盗にそう宣告する。大剣をゆっくりと鞘に収め、領主テオバルトの方に視線を移す。さぞかし我が武勇に満足しているであろう――しかし

「あ、悪魔か......」

 おそれおののく領主テオバルト。震えているらしくも見えた。

 あれ?、と私は周りを見回す。領主の兵たちも震えながら、私の方に武器を向ける。口々に『悪魔だ、邪悪な力だ』とつぶやきながら。

 どうやらこの世界の人間には私の『力』が認識できないらしい。いかがしたものかな、と思い悩んでいる途中でフィリーネの声が聞こえる。

「領主さま!」

 領主テオバルトの前にとぶように近づき、なにやら耳打ちをするフィリーネ。それを聞いた領主テオバルトは何かを察したようなかおをして、右手を上げる。

 兵士たちが戦闘態勢を崩し、気絶していた野盗たちをかかえあげる。

「そやつらは、牢の中に。古いパンも与えておけ」

 なかなかに温情のある領主らしい。

 しかし、フィリーネは何を領主テオバルトに告げたのか。

 再び私は領主テオバルトの部屋に呼び出される。目の前には椅子に座り私をまじまじと見つめる領主テオバルト。その隣には心配そうな顔をした少女フィリーネの姿。

「フィリーネから聞きました」

 領主テオバルトは思い口を開く。

「あなたは、教皇さまに使える騎士団員の方だと」

 教皇?聞き慣れない言葉が耳に入る。

「ならば、あのような悪魔の仕業に見える力もなんとなく理解できる。教皇様のお力は神の御業であるからな」

「そうです!」

 隣りにいフィリーネが私に目配せをしながら、そう主張する。

「この方は、主の慈悲により私の目を癒してくれました」

 懐から『眼鏡』をフィリーネは取り出す。

 それをかけると、あたりを見回す。

「あの、燭台の上に」

 フィリーネは部屋の奥のテーブルの上を指差す。

「ろうそくがあります。ろうそくの芯が出ているのが見えます。火はついていません」

 ふむ、と領主テオバルトはうなずく。

「そのテーブルの上の皿は何枚か?」

「五枚です。領主さま」

 まるで視力検査だな、と思いつつも領主テオバルトの様子の変化をわたしは見逃さなかった。

「私はフィリーネが生まれつき目が不自由なことを知っている。司祭どのは主のあたえた試練。生まれつきの罪であると申した。その罪を贖えるのは同じく主、そしてその代理人である教皇様のみであろう。よかろう。レオールどの。私はあなたを信じよう。神の御使いとして。まずはフィリーネの目を癒してくれたこと、野盗を捕まえてくれたことに感謝する」

 領主テオバルトはひざまずき、なにやら指でバッテンを切っていた。

 その後ろで、慌てながら私に何かを訴えかえるフィリーネ。私は瞬時にある言葉を発していた。

「すべて、神の御名のもとに」

 と――

 

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