第3話 領主の城
ゆっくりとロバが行く。その手綱を引っ張るのはフィリーネ。馬上、というかロバ上にいるのが私、オストリーバ王国の副国王にして、オストリーバ王国騎士団長レオール=クロンカイトであった。
これはかっこ悪いな......
馬がないとは言え、ロバは。フィリーネの家には馬がない。というか、馬はよっぽどお金持ちでないと所有できない財産らしい。一家に一匹保有していたあの『異世界』は、かなり社会的に裕福だったのだろうか。
何より、視線が痛い。
荘園の中の道をゆっくりと行くと、畑で作業している農民たちがフィリーネに声をかける。挨拶に愛想良く答えるフィリーネ。その後に私の姿を見ると、何か不思議そうな顔をしてうつむくのであった。
小川のたもとには煙を上げる小屋が見える。パンを焼いているのか、鍛冶屋なのか。ほそぼそとしていはいるが、人の営みが感じられた。オストリーバ王国ではすでに失われた、のどかな風景というべきか。
昨夜、フィリーネは私がこの家で一泊の宿とることを快諾してれた。ベッドは藁の布団で正直、あまりいいものではなかったがそれでもこの異世界で人心地つけたのは何よりである。朝食もみすぼらしいものであったが、それもまた経験。異世界転移が二度目となると、そのぐらいのことではゆるぎもしない。
「さて、私の立場としてはここの領主殿にご挨拶したいのだが」
フィリーネはうなずくと、外出の準備を始める。
領主の名前はテオバルト=ノイベルトという人物らしい。あまり聞いたことない名前だ。なんでも亡くなったフィリーネの父が兵士として使えていたらしく、親しい仲らしい。
そんな事もあって、私は荘園の中をロバで領主の城へ向かっていた。
比較的立派な建築物が見える。屋根にはなにやら十字の印が掲げられていた。
「フィリーネどの。あれは?」
手甲をつけたまま、私は建物を指差した。
フィリーネは目を閉じ、十字を切って私に答える。
「あれは教会です。聖なる主がのおすまいです」
聖なる主。ああ、宗教寺院か。オストリーバ王国では多神教だったので、寺院はにぎやかな感じであった。この世界の宗教は一神教で独特の教義を持っているらしい。
フィリーネがわたしの鎧からはみでた裾をそっと引っ張る。
「あの」
フィリーネが心配そうな目でこちらを見つめる。なぜか、あの眼鏡はかけていなかった。
「あなたさま、いえレオール様のあの魔術を決して教会の神父様の前では見せないでくださいね。あんなのをみたら悪魔の使いということで裁判にかけられてしまいます。ここの司祭様はそういうのにうるさい方なので」
魔術、というか術式はそんなあやしいものではないのだが。極めて合理的で、極めて科学的な技術である。
しょうがない。未開の地ではそう考えることもあるだろう。人前ではなるべく術式を使わぬように、用心することを心に命じた。
「ここです」
粗末な丸太がいくつも垂直に並んでいる。門、なのだろうか。
「ここが」
「領主さまのお館です」
正直、私はびっくりする。これが領主の館――王城のようなものは期待できないにしても、あまりにもこれは無防備すぎないか。魔物がもし攻めてきたら、イチコロである。というかせめて濠ぐらいほっておこうよ、などと思いながら門をくぐる。
番の兵はいない。庭に入ると何名かの男性が地面を耕していた。どうやら兵士らしい。
扉も粗末なもので、フィリーネがなんどかノックすると老婆が姿を現した。
うやうやしく礼をするフィリーネ。そして、われわれは部屋へと案内される。
「フィリーネ。今日はどうしたね」
木の椅子に座る中年男性。衣服は少し立派ではあったが、まあ並のレベルである。
「領主さま。お変わりなく。今日は客人を連れてきました」
なるほどこの御仁が領主か。私のほうがどうやら爵位身分は高いようであるが、ここは彼の居城である。それに見合った礼を示さねば。
私は右手を胸の前に掲げ、頭を少し下げる。ぎょっとする領主。それには構わずに、名乗りを上げる。
「わが名はレオール=クロンカイト。オストリーバ王国の副国王にして、オストリーバ王国騎士団長である。現在はフィリーネどののところに客人として住まわせていただいておる。どうかご懇意に」
われながらうまい自己紹介である、と満足していたが領主殿はぽかんとしていた顔をこちらに向けていた。
「はぁ......なるほど。見た目は奇妙だが、こうなんとも言えぬ気品がなくも......どうやら軍人ではあるようですな。わがノイベルト領にようこそ。しかし、そのような方がなんでこんな辺境の荘園にいらしたのか」
フィリーネがそのことを説明する。森で迷って、自分の家にたどり着いたと。なにか引っかかる説明ではある。それでは私はまるで迷子のようなものではないか。
まあ領主といえばだいたい『悪代官』がテンプレートだが、目の前の御仁は全くそれを感じさせない。辺境の小領主であればこその、この風体なのだろう。
一方風変わりとは言え、武具をきちんと身につけていることから私のことを信用してくれたらしい。遠い異国の騎士とでも思ったのだろうか。間違いではないが。
お互い椅子に座りながら、いろいろな話を始める。テーブルの上にはこれでもかというくらい薄く、すっぱいぶどう酒が振る舞われる。首都で一軒家が立つほどのワインを味わっていた時代が嘘のようだ。しかし、嫌な気分はしない。
とりあえずこの荘園でしばらく過ごすことへの了承を取り付け、帰ろうとした矢先騒ぎが起きる。
先程の庭にいた男性が息せき切って、部屋に飛び込んできた。
「領主さま!野盗が!野盗の群れが荘園の中に!」
それまで、のんびりと過ぎていた時間が一気に加速するのを感じた。私は腰の大剣の柄に右手をのせる。この状況に対応するために――
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