第2話 フィリーネとの出会い
少女は私の求めに従い、この『世界』のことを色々教えてくれた。
まずこの国は『帝国』とよばれる国家に属していること。
私が使ったような術式、つまり魔法と呼ばれるものは存在せずそれは悪魔の所業とみなされること。
宗教は一神教であり、私の国で崇められている自然神とは異なっていること。
聞けば聞くほど、微妙に違っている点が多い。
さらには魔物やエルフと言った類の人外も存在しないらしい。森に住んでいるのはクマやオオカミなど。いわゆる獣の種類である。
じっと少女の服装を見る。たしかにオストリーバのものとは少し違っている。
どうしたものかな、とテーブルの上にひじをのせて私は少し悩む。
実は、このような経験は初めてではない。これが『二回目』の異世界への転移であった。
「何かお食べになりますか?」
少女は気を取り直して、そう申し出る。時間はすでに昼を過ぎていたらしい。朝もたいして食べていないことから、たしかに腹は空いた。
「......あなたさまにクマから助けてもらいました。食事の後に、また詳しいお話でも」
それもそうだな、と私は納得する。
「あまり、気張らないでくれ。そうだな。このような農家で手に入るものといえば、そうだなじゃがいもなどは好物だが」
あれは、どの世界でも美味しい。ふかしただけでも、十分に。しかし少女は不思議そうな顔をして繰り返す。
「じゃ、が、い、もですか......?」
なんと。貧者の一番の親友であるじゃがいもを知らないとは。その時私は、前の前の世界のことを思い出した。
日本という国にいた私。
普通の人生。普通の学校生活。就職して平凡な生活をしていたときにあの出来事は起きた。
異世界への『転移』という出来事。
正直、日本での知識はあまり役に立たなかった。
なぜかはよくわからないが、チートな力で異世界で大成功することができたのだ。
あの日本のことはだいたい忘れていた。特にもとの日本でも役に立ちそうもない、学校で学んだことなど。しかし、『じゃがいも』でふとその授業のことを思い出した。世界史の授業。なかなかに教え方のうまい先生で、興味のない私もなんとなく聞いていた。
「よく、ラノベでじゃがいもが出てくるが――」
そのラノベのような世界に自分が転移するとは、この時は夢想だにしなかったが。
「もしラノベの舞台が中世ヨーロッパだとしているならば、じゃがいもは存在しない」
黒板に地図を書き出す先生。
「じゃがいもやトマトは新大陸、つまりアメリカ原産だ。大航海時代、つまり時代区分で言うと近世近代の時代にヨーロッパに伝わっとされている。もっともグリーンランドなどにヴァイキングたちが上陸している例もあるから、皆無とはいえないが。ドイツ人のじゃがいも好きや、イタリア人のパスタに欠かせないトマトの使用はここ五〇〇年程度の文化ということになるな」
なるほど、と私は膝を打つ。この世界が別な『異世界』ということであれば、そういうこともあるだろう。まして、現実の中世ヨーロッパに似た世界であるのなら。
「とまと、という作物を知っているか?」
怪訝そうな顔の少女。横に大きく首を振る。
参ったな、と私は頭に手をやる。どちらも好物である。ではこのような家で一体何が出てくるのだろうか。
少しの間の後、テーブルには食事が並ぶ。
黒い感じの大きなパンと、茶色いスープ。豆と肉らしきもののがその中を泳いでいた。
少女は両手を合わせ、なにやら詠唱を始める。良くは分からないが、神への賛辞であろうか。まあ、真似をして目を閉じてみる。
「どうぞ、召し上がれ」
わたしは手元を見つめる。フォークがない。あるのはナイフだけ。少女は器用に手でパンをちぎり、木の匙でスープを口に運んでいた。
恐る恐る、パンをちぎり口の中に放り込む。
なるほど。パンだ。まごうことなく、パンである。ただ、全く味がしない。いやに麦の匂いが強く感じられる。
次はスープ。これまた水っぽい。豆――か。それをすくい上げる。
塩水かな、という言葉が出かかる。味付けの貧弱さたるや驚くばかりだ。いかに農民とは言え、これは......
しかし、目の前の少女は美味しそうに口の中に放り込んでいた。
次に肉。
硬い。しょっぱい。
以上である。なんとなくにんにくやしょうがの風味が感じれるものの、味としては感じられない。
(大変な世界に来てしまったな......)
世界史の先生の授業を思い出す。そういえば中世ヨーロッパは肉食の味を豊かにするため、危険極まる大航海の冒険にでて香辛料を手に入れたのだった。懐を探してみるが、さすがに調味料を持ち歩く趣味はない。
私がそう戸惑っていると、目の前の少女が皿を取り落とす。床に転がる皿。ほとんど平らげていたらしく、乾いた音が響き渡る。
「申し訳ありません」
床の皿を拾おうとする少女。
「生まれつき目が悪いんです。こう、近くのものしかしっかりと見えなくて」
いやにこちらを見るときに、目を細めると思ったらそういうことかと納得する。
ふと、私は思い出す。鎧の奥にしまっていた『日本』から持ち込んだ、あの品を。
懐から、木の小箱を取り出す。不思議そうに見つめる少女。私はその箱を開け、絡まっていた布を外す。
中から出てきたのは『日本』で私がつけていた『眼鏡』であった。なぜか異世界に転移したときから視力が回復し、不必要になったものの思い出として大事に身につけていたものだった。
(二度目の転移ということであれば.......もうよかろう......)
それを、両手で少女に差し出す。驚いたように後ろに少女は引くが、ジェスチャーでそれを顔にかけるように指示する。
恐る恐る、眼鏡をかける少女。最初は何が起きたか分からない風であったが、すぐに部屋の中を見回し驚いた声を上げる。
「見えます!今まで......見えなかった部屋の奥までがきちんと!」
どうやら私と同じレベルの近眼だったらしい。それはよかった、と一言。
「ならば差し上げよう。このように世話にもなったしな。安心しろ。それは悪魔の力ではない。人間の科学の力だ。私にはもう不要なもの、大事に使ってくれれば幸いだ」
少女は向き直り恭しく礼をする。
「ありがとうございます。先程命を助けていただいただけではなく、私の目を癒してくれるとは。あなた様が何者かは私ごときに知る由もありませんが、私にできることはなんでも主しつけください」
大げさなことだ、と思いつつも先ほどのチェーンメールが家にあったことから考えると、軍人の家柄なのかもしれない。農民に身をやつしているとは言え、それなりの教養を持っている人物なのかも知れなかった。なにより、このような時は異世界の第一発見者に甘えることも王道であろう。
「そこまで、感謝されると逆に恐縮であるが。よろしい。では名前を教えて欲しい。貴方の名前は?」
少女はすっと頭を深々と下げ、名乗る。
「父は兵士隊隊長をつとめておりましたリーヌスと申します。私の名は――フィリーネと申します。ええと......」
「レオール=クロンカイトである。レオール様でよろしいぞ」
にこっと少女は微笑み私の名を呼ぶ。
この世界に来て私は初めて、その笑みに答えることができたのだった――
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