二度目に異世界転移した先は、リアルでハードな中世世界

八島唯

第一章 中世への転移

第1話 二度目の異世界転移

 暗い森の中を行く。問題ない。何度もその言葉を頭の中で繰り返しながら。

 この程度の『ダンジョン』だったら、初級もいいところだ。敵も戦闘なれしていないコボルト程度のものだろう。

 全力で走りながら、邪魔な木を大剣できりはらいながら進んでいく。

 長い眠りから覚めると、私は別な世界にいた。

 おかしい。さきほどまでは王城でうたた寝を楽しんでいたはずだが。

 心あたりがあるのは、寝る前に口に運んだいくつかの果物。遠い異国からの献上品という話であったが、あれに何か盛られた可能性が高い。常々、命を狙われていることはわかっていた。毒による幻覚か、それとも寝ている間にどこかに放置されたのか。

 権力を握るということは、こういうことだと理解しつつも自分の油断がやるせなかった。

 今はただ、この状況を把握するために前に進むしかない。

 大きな岩。詠唱なしに、構え魔法術を発動する。

 大きな振動とともに、岩が四散しその中を走り抜ける。

 問題ない。自分のこの国最高と言われる術式の力らは削がれていない。

 これならば敵が襲いかかってきても、簡単に撃退できるだろう。

 数分森を抜けると、視界が広がった。

 畑が連なる農村。かなり王城から移動していたらしい。視界に一軒の農民の家らしきものが入った。それほど大きくはない。なぜか扉が全開になって開いている。

 このあたりで情報を収集する必要にかられた私は、大剣を掲げながら家へと飛び込んだ。

「主、この家の主はおらぬか!?」

 家に響き渡るような大きな声で、私は叫んだ。

 その時生じる違和感。殺気。それも原始的なそれである。

 じっと、大剣を構えながらじりじりと歩みを進める。刺客でもひそんでいるのだろうか。無理もない。私くらいの身分と立場になれば常に命を狙われるのは日常茶飯事だ。確かめるように廊下を歩きながら、構えを崩さない。

 二階に上がろうとした、その刹那。背後に――

 体が動いていた。振り返りざまに大剣が空をなぐ。壁に赤い血がぶちまけられる。階段を転がる大きな音。上半身であろう。下半身は階段に前のめりに残っていた。

「クマ......?」

 私は目を凝らす。何か魔物のたぐいと思ったのだが、どうやら動物の『クマ』らしい。珍しい。わが領内にこのような原始的な動物がまだ生息していたとは。とは言え、上半身の爪を見るになかなかの攻撃力を持っていそうだ。

 はっと、私は気づく。この家の主はもしかして――

 階段を降り、あたりを見回す。半開きになっていた扉がある。とっさにその扉を開けると――中には少女が床に倒れていた。

 外傷はないようだ。側により、そっと頬に手をやる。気を失っているらしい。私は軽く揺さぶる。少女はううん、という嗚咽とともに目を覚ましたようだった。

「おお、目を覚ましたか。心配ない。私は副国王のレオール=クロンカイトと申す。心配ない。領民の命を守ることは、私の努めである」

「.......誰......?!」

 安堵の表情を浮かべるはずの少女は、私に抱かれながらけげんそうな表情を浮かべた。

「誰、だと。主君の顔を知らんのか。このオストリーバ王国の副国王たる......」

 少女の悲鳴とともに、顔にパンチを食らう。

 それは久しぶりに受けた攻撃であった――

 

 農家の一室。質素な限りで、これといった調度品も見当たらない。わが国は私の治世のおかげでかなり豊かになっていたと思ったが、例外もあるようだ。少女は相変わらず、けげんそうな面持ちでこちらをじっと見つめている。見た目は悪くないが、どうにも服装が貧相だ。というより、わが国の文化とはすこし違っている服装のように見えた。

「クマから助けていただき、感謝しています」

 ペコリと頭を下げる少女。よろしい。恩には礼で報いる。それこそ我が領民である。

「ただ、質問が。もう一度お名前をよろしくお願いいたします」

 聞きたいといえば、言ってやろう。私は立ち上がり、構えて名乗る。

「わが名はレオール=クロンカイト。オストリーバ王国の副国王にして、オストリーバ王国騎士団長......」

「あの」

 少女がわたしの名乗りにまったをかける。

「なんだ」

「その......失礼ですが、オストリーバという王国はどこの国ですか。というか、なぜそんな変なカッコをされているのですか......?」

 ショックを受ける私。領民で私を知らない者がいるはずがない。吟遊詩人の詩のテーマにさえなっている伝説の存在である、私のことを。

「なにがおかしいと申すか」

「その......鎧」

 私の鎧を指さしてこれまた不思議そうな顔をする少女。

「ほう、この鎧に気がついたか。田舎の娘だが目が高い。これは特別な術力を封じた、勇者のみがまとえる......」

「動きにくくないですか。そんなでかい鉄の塊、身につけて」

 少女は棚の上を指差す。そこには、粗末な鎖で編んだ鎧――いわゆるチェーンメイルが鎮座していた。これはまた年代物である。今どきこのようなものを使っているなどとは、聞いたこともない。最初はなにかの術力を込めたものかとも思ったが、そうではないごくごく普通のチェーンメイルらしい。

「それに、その剣。大きすぎませんか?」

 私の大剣を指さしてそう評する。たしかに大きくはあるが。

「大きくなければ、敵の術式を受け止められん。その位も知らんか」

「術式......?」

 少女は初めて聞く言葉のようにキョトンとして、私の方を見つめる。見世物ではないがしょうがあるまい。

 一つ見せてやろう、と私は左手を掲げる。手のひらの上に、ぼんやりと光の玉が形成される。目を見開いて、少女は私の手のひらの上を見つめる。小さな声で詠唱を行うと――光は暗い部屋の中に拡散し、辺りを明るく照らし出した。

「『太陽』の術式。基本ではあるが」

 ぶるぶると震える少女。このようなものを見るのが、初めてであったのだろうか。そんな彼女が一言発する。

「あなたは......悪魔なのですか......?」

 胸で手を十字に切る少女。

 その時私は、悪い結論にたどりつつあった。

 この『世界』は、私のかつていた『世界』とは異なっている『世界』であるかもしれないという――

 

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