コロナ禍の口裂け女

赤城ハル

第1話

「ねえ? 私って綺麗?」

 マスクをした私は下校中の少年に聞いた。

「うん。綺麗」

「これでも?」

 私はマスクを外す。その下には左右の口端が頬を大きく裂いた口がある。

 さあ、これでも綺麗って言えるのかしら?

「おば……お姉さん、マスク外したら駄目だよ」

 ……おばさんって言おうとしなかった?

「ねえ? 綺麗?」

 もう一度聞く。今度は威嚇するように口を開く。

「おばさん、マスク外したら駄目だよ」

 少年は物凄く不機嫌に言う。

 てか、おばさんってはっきり言ったよね。

「ガキンチョ、よく聞け。マスク云々うんぬんはどうでもいい。綺麗か? ブスか?」

 私はガキの首根っこを掴んでつるし上げる。

「顔の前にマナーを守らない女はブスだ!」

「…………もういいわ」

 私は少年を降ろす。

「綺麗かどうか聞きたかっただけなのに」

 私はしょんぼりして、少年に背を向けて、歩き去ろうとした時、少年に引き止められた。

「ねえ」

「なによ」

「おば……お姉さん、クラッキングする猫みたいだったよ」

「どういうこと?」


  ◯


 立ち話もなんだから、近くの公園で少年と話をすることにした。

 もう黄昏時のため、園内には私達しかいない。

 公園のベンチに座ると少年は少し距離を取りつつ私の間にランドセルを置いて座る。

「あら? 怖い?」

「ソーシャルディスタンス」

「あっそ」

 つまんねーガキだ。

「で、私って猫みたいに可愛かわいいってこと?」

「可愛いというか口がクラッキングしている猫みたいだってこと」

 と言って少年は口端を伸ばす。

「ネコミミ着けたら可愛いってこと?」

「おば……お姉さん、それはきついよ」

「さっきから私のことおばさんって言おうとしているよね。私、27よ。そりゃあ、結婚適齢期だけどおばさんじゃないからね」

「27歳って海神ポセイドンくんのお母さんと同い年だよ」

 クソが!

 ギャルママのせいで27はおばさん年齢になっちまったじゃないか!

 てか、なんだよ海神ポセイドンって。キラキラネーム付けんなや!

海神ポセイドンってすごい名前ね。その子、学校で浮いてない?」

「そう? 結構色々あるよ。ト◯ロとかピ◯チュウとかナ◯シカ。他には……」

「いいから! 伏せ字を使うようなのはもういいから!」

 本当に流行ってんだキラキラネーム。

「口裂け女はある?」

「あるわけないじゃん」

「……そう」

 ま、そうだよね。

「あっ! 海神ポセイドン君だ。おーい!」

 少年は道を歩く少年を手招きします。

「どーしたー」

「このおば……お姉さんどう思う?」

「……もうおばさんでいいよ。ええと、海神ポセイドン君だっけ? 私って綺麗?」

 と聞くと海神ポセイドンは私の顔でなく胸を見ます。

 顎に拳を当て、じろじろ。

 どこで見てたんだよ。このクソガキは。

「うん。ブスだ」

 私は左フックで海神ポセイドンの頭を殴ります。

 ぶっちゃけブスだろうが綺麗とか答えようが殴るのは決定事項だった。

 セクハラには鉄槌を。

「イテッ! 何すんだよ! おばさん! 聞かれたから答えたのに!」

「胸見るなや! クソガキャ!」

 私はマスク外して啖呵を切ります。

「ぎゃあー! お化けー!」

 と言い、海神ポセイドンは半ベソをかいて逃げ去りました。

 これよ、これ。

 この反応が見たかったのよ。

 私は隣りの少年に、にっこりと微笑みながら、

「私って綺麗?」

「マスク外したら駄目だよ」

 このガキぶれないな。


  ◯


「アハハハ!」

 夜、私は同族兼友人である知美の部屋で酒を飲み交わしながら夕方の出来事を知美に語りました。

 知美は聞き終わると盛大に笑う。

「すんごいガキンチョね! まじウケるわ」

「そんなに笑う? てか、口の中のものをこぼさないでね」

 私達口裂け女は口が大きく開く分、たくさんのものを口の中に放り込めると考えている人が多いが、頬が裂けてる分、溢れやすいのだ。

「にしてもクラッキングした猫ねー。面白い発想ね。……ネコミミ着けてみる? 確か、忘年会のジョークグッズでネコミミカチューシャがあったような?」

 知美はタンスを開け、ごそごそと探し始めます。

「なんでそんなの持ってるのよ」

「いやーなんかーテンション上がってさー」

 と知美は尻を振りながら言います。

「おっ! あったあった!」

 知美は黒と白のネコミミカチューシャを二つ取り出しました。

「二つも!」

「どっちがいい?」

「私も?」

「たりめーよ」

「……じゃあ、白で」

「なんで白? 黒でよくない? あんた、黒髪なんだし」

「いやいや、それだと髪と同じ色だからネコミミっぽくならないと思わない? それにあんた茶髪なんだから白はイマイチなんじゃない?」

 私は清楚系黒髪ストレートで、知美は茶髪のゆるふわヘアーである。

「そうかねー」

 知美は首を傾げるけど、すぐにどうでもいっかと白のネコミミカチューシャを向けます。

 装着して、お互い見つめ合います。

「悔しいけど似合ってるわ」

 私は知美を褒めます。

「あんたもまだいけるよ」

 知美が親指を立て、ウインクします。

「そ、ありがと」

「写メとろーぜ! そして明美に送ろうぜ!」

 明美は友人で吸血鬼。朝昼は太陽があるので夜にお仕事中。ちなみにお仕事はお水。

「ほら、普通に撮ってどうするのよ。クラッキングよ! 威嚇よ!」

「……シャー!」

「シャー!」

 私と知美は並び、スマホで威嚇ポーズの写真を撮り、それを明美に送ります。

「でも、27はおばさんなのよねー」

「まだ引きずってんの? 子供には仕方ないって。てかさ、狙うなら二十代前後の男よ。今ならコロナ禍だからマスクしてても怪しまれないから、すんごくナンパされるわよ」

 知美はイッヒヒと笑う。

「アイツら性欲の塊だからすぐホテルに連れ込もうとするのよ」

「で、ホイホイついて行くと。ソーシャルディスタンスは?」

「ゼロディスタンスよ。若者なんてコロナより性欲が勝ってるんだから」

「ふーん。で、ホテルでマスクを外して怖がらせてるの?」

「そうよ。マスクを外すと男は絶叫しながら後ろへ吹っ飛ぶのよ。本当、ウケるわ」

 その時のことを思い出したのか知美は面白そうに笑う。

「で、逃げようとしたところを包丁でブスリと?」

「そうそう」

 そこで智美のスマホが鳴った。

「明美から返事きた」

「なんて?」

「同僚の猫娘が本物のクラッキング写真を送るってさ。……っと、写真きたわ。ほら」

 知美は送られた写メを私に見せる。

 そこには本物のネコミミをたずさえた猫娘が牙を剥き出しにしてクラッキングしている画像があった。

「口元は似ているね。……ただ、目は違うね」

 猫娘の目は瞳孔が開いていてアーモンド型をしている。

「そうね。……またメールがきた。猫娘が『どう? 私、綺麗?』だって」

「それ口裂け女の私達に聞く?」

 私はおかしくて笑った。



                 〈了〉

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