第7話

 事件から三日後の夜、彼は刑事たちを引き連れ、事件のあった台場の屋敷にやってきた。東野と三上も一緒である。なぜか刑事たちの前に立つ彼の横には彼の身長ほどのガラスがあった。彼は大体の人が集まったのを確認して慇懃無礼に一礼した。

「あ、お集まりいただきありがとうございます。それではさっそく説明をさせていただきましょうか」

 彼は縁側の方に移動する。まず、彼は警視庁内でも話題の種となっている、白谷と三上が目撃した、半透明の着物姿の女性について説明しようと考えていた。彼らが目撃したのは幽霊でも何でもない。ただ綿密に練られた策力が生んだ、一つの犯罪装置である。

「皆さんはペッパーズ・ゴーストというものをご存じでしょうか?」

 彼のその口調は探偵というよりもテレビのコメンテイターのように芝居がかったものだった。基本彼は推理を話すときはそんな口調なのでわざとなのかそれとも生来の癖なのかいまいち判別がつかなかった。

「ペッパーズ・ゴースト?」

「ええ。古くから使われてきた演劇の手法です」

 彼はガラスを縁側の上に乗せ、彼自身も縁側の上に立った。そして、縁側の端の方に姿を消す。

「すいません。懐中電灯つけてもらえます?」

 彼の指示通りに懐中電灯をつける白谷。その瞬間、刑事たちの間にどよめきが起こった。

 

 なんと半透明となった彼が縁側にいるではないか。


「このように、ガラスの角度を調整すれば、光の屈折により半透明となった人がガラスに映るんです。いまでも劇場などで使われる手法ですね」

「じゃあ、私たちが聞いたガラスの割れる音って……」

「多分犯人が白谷刑事の割った窓ガラスに紛れ込ませるために割ったんだと思います。なので時間的な問題を考えれば、白谷刑事と三上さんがこの像を見た時にはすでに台場さんは殺されていたはずです」

 彼は半透明になったままだ。なんだかゲームに出てくるNPCのようだと白谷は頭の片隅で思っていた。

「だとすれば、犯人はこの屋敷に中にずっと潜んでいたことになりますね」

「そんなことできるのか? いくら広いって言っても僕たちは一応最終確認だけはしっかりしたつもりだったんだが」

「……いえ、刑事さんたちはこの屋敷のすべてを見たわけはないのですよ。ちょっと上がってきてください」

 彼に言われた通り、刑事たちと秘書2人は靴を脱いで縁側の上に登った。だが縁側に上がり、前後左右を見ても彼の姿がない。あるのは先ほど彼の虚像を映すスクリーンとなっていたガラスだけだ。

「あれ、どこにいったんだ?」


「僕はここです」


 そうどこかで小さく声がしたかと、いきなりガラスから少し離れた場所の壁が回転し、そこから彼が飛び出してきた。

「は!?」

「僕が屋敷で感じた違和感はこれだったんですよ。部屋同士の異様な間隔に広さ、それに足に残る違和感、ここはだったんです」

「……忍者屋敷」

「ええ。たしかこの家って江戸時代後期に建てられていたんですよね。その時代ならこういった忍者屋敷が建てられていてもおかしくない。多分犯人はここに潜伏していたんでしょう。この回転する壁、どんでん返しっていうらしいですが、それは昔緊急避難用として使われていたんです。僕が足に感じた違和感は恐らく落とし穴の類、床がつるつるしていたのは事前に潤滑油でどんでん返しの滑りをよくしたからでしょう」

「じゃあ、犯人はそれを利用して屋敷の外に逃げたのか」

 その刑事の推測を彼はきっぱりと否定する。

「いや。たぶんそれはないでしょう。この屋敷は左右と後ろを住宅に囲まれている。屋敷の周りは所轄の刑事さんが見張っていたはずだ。だとすれば、屋敷の外に出るという判断は危険すぎる。安全策をとるとしたらずっと中にいる方が安全です。ただ、事件発覚後は鑑識たちがやってくるので出ようにも出れなくなる。なので犯人は着物姿を彼らに見せた後に取り得る手段は一つしかない。

 白谷と国本は顔を合わせたのち、後ろを音がするほどの勢いで振り向く。彼も白谷と国本の真後ろにいる人物を鋭く見据えた。その人物は自分が見られていると分かっていても、背筋を伸ばし続けていた。だが、その目は悲壮な覚悟に染め上げられつつある。追い詰められた犯人というのは、どうにか逃げおうせようと考えを巡らせる者とその時が来たと覚悟を決める者と2種類いる。この人物はどうやら後者のようだ。


「あなたですよね、東野圭子さん」

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