第6話

「……まあ俺の立場からすれば怒鳴り散らすべきなんだろうが今回ばかりはなあ」

「……いえ、むしろ怒らないでいてくれた方が助かります。なんていうかその、それで少し胸の中が軽くなってしまっては困るので」

 台場が殺されたその日の昼下がりのことである。

 あの後救急車が到着し、蘇生措置が取られたがその行為は実らず、台場は帰らぬ人となった。また、連絡を受けた本庁、所轄が周辺を隈なく捜索したが、その白谷と三上が見た着物の女など見当たらなかったらしい。台場はアイスピックのような凶器で背中から心臓を貫かれ死亡したという報告が上がった。抵抗した痕跡もなかったという。

 以上の報告を読んだ大津は罪悪感に押しつぶされそうな表情の白谷と国本と向かい合っていた。もし台場が屋敷内で彼らに警護をさせていたら、もし白谷たちがもう少し早く突入できていれば。皮肉なことに自身が開発したセキュリティーさえなければ、助かったのかもしれないし、犯人だって逮捕できていたはずだ。だが、人の命にたらればなんてものが存在してはいけない。白谷と国本は事件解決後に何かしらの懲罰が加えられるだろう。

「……まあ、今は犯人逮捕に専念しろ」

 狭い部屋の中で後ろから至近距離で襲われたにもかかわらず台場に抵抗の跡がなかったこと、完全な密室であったにもかかわらず犯人と遭遇しなかったこと、それに普段は嘘などつかない白谷が半透明の着物の女を見たと証言したことなどから、この事件を知った刑事の間では本当に西野明美の幽霊による犯行なのではないかと警察内では実しやかに囁かれ始めていた。確かに今回の事件はないかと不可解な点が多い。それを幽霊に結びつけてしまえば、その不可解は消えるのだからこう囁かれるのもわかる。

 だが……

「人の魂なんてのはそもそも空気と相違いないものなんだ。そんなのが凶器を触れるはずがない」

 嘉村匠、彼は幽霊だなんだと騒いでいる刑事たちと対照的に、ずっと今回の事件を解決しようと『夢幻の図書館』の中に引き籠っていた。彼は記憶というものを図書館として視覚化し、本などから得た情報を自分の言葉でかみ砕いて体系化してから分類し、その記憶の中の図書館の本の一冊として保存しておくという記憶術を取っている。図書館と称すだけあって、彼の創造した図書館の中には彼が座る用の机と椅子、それに手帳、万年筆も存在しており、さながら心象風景の一つのようなものだ。ちなみにその図書館は彼の師匠の部屋をもとに作られている。

 また彼は本からの知識であっても文面だけでは想像がつきにくいこと、例えば酸化という現象が何か知りたければ実際に電気分解などを行ってから理解を深めてから保存するようにしている。これは先代のA級協力者であり、『史上最高の探偵』と称された彼の師匠から直伝されたもので、彼はまだ学ぶべきものの多い学生の身でありながら膨大な知識量を持つに至っている。

 彼がその夢幻の図書館に入ったということはこの事件の解決が近いことを意味するので彼が両手の第一関節のみを合わせ、目を閉じている時は刑事たちはあまりそこを通らない。彼の推理方法としてある程度手掛かりや情報が集まったら頭の中でその事件のシュミレートをし、そこに夢幻の図書館からの知識で肉付けして事件の真相を解き明かしている。小説家が物語を完成させるのに近しい工程だ。

「3D映像? いやそんなたいそうなものではないはずだ。映写機も何もなかったじゃないか。だとすればなんだ。なにがある」

 椅子に座り、考え込む彼のもとに次から次へと本が飛んできて情報を供給する。次に飛んできたのは、確か演劇関連の本から得た知識のはずだ。彼はそこに興味深い記述を見つけた。心象風景の中で彼は稲妻が走る音を聞いたような気がした。

「そうか、か。確かにこれなら僕らが屋敷に入った後に聞いたガラスの割れる音にも納得がいく。じゃあその着物の女はどこに消えた。絶対屋敷のどこかにヒントがあるはずなんだ」

 彼は今一度屋敷の室内を思い出してみた。古い木造建築、確か白谷は江戸時代後期に建てられたと言っていた。彼は図書館の中の江戸時代についての建築がある本を洗ってみる。写真を眺めたり、実際に訪れた江戸時代の武家屋敷の内装が思い出された。そして、彼は見つけ出す。なぜ犯人は鍵のかかった密室に入ることができたのか……。

「そうか、屋敷にからくりがあるんじゃない。あの屋敷そのものが……」

 ノートに書かれていた文字は金色に光り、らせん状に回り出す。それは金色の鍵となり彼の前に現れた。彼はそのカギを回す。家の鍵を開けるが如く、普通に。


 夢幻の図書館は消失し、手元には真実が残された。だが彼はこの時はっきり知覚する。心の感情の割合全部を百分率で表せるとしたら真実へとたどり着いた達成感はごく僅かで後悔の方が多くの割合を占めていた。


 この真実は、本当はすべて解き明かすべきではなかったと。

 

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