第5話
「……台場さんの屋敷、おかしくなかったですか?」
門の外に出て開口一番彼はそう言った。車に移動する道すがらであったので白谷は彼の方を見ず聞き返す。このあとは車の中から正面玄関や窓など人が出入りできそうなところを見張る予定だ。
「おかしかった? どこが」
「いや、なんか外見のわりに中が狭いなって。それに部屋同士の感覚もふつうより広かったし……歩くとき床変な感じだったし」
「そんなもんなんじゃないのか? ほらこれ一応江戸時代後期に建てられたらしいし、昔と今とじゃ建築の方法とか常識とか違うんじゃないの?」
「……そうなんですかね」
白谷は覆面パトカーのキーを開け、後部座席のドアを開けて彼を乗せた後、運転席へと乗り込んだ。前に乗っていた誰かが喫煙者だったのか、車内は少し煙草臭かった。
屋敷の門があるあたりまで移動し、人が出入りできる正面玄関などが見える位置かつあまり目立たないと思えるポイントに車を止めた。ちょうど屋敷の目の前は銀行だったので事前に駐車場に止める許可を取ることができていたのだ。
「正面玄関も窓もある程度見える。この位置でいいだろ……あ、所轄だ」
車に近づいてくるスーツの集団が見えたので、白谷は車から出て手を振る。スーツの集団はそれを見て少し小走りに駆け寄ってきた。
「おー透。お前ら屋敷の中で見張らないのか?」
「いやなんか、正面玄関の鍵の性能を試したいらしいぞ」
「あの爺さん……」
所轄刑事のリーダー格らしい刑事が芝居がかったように頭を抱える。その姿勢を取ったことにより目線が低くなったのか、車の中の彼の存在に気が付いた。彼も覆面パトカーの窓を開ける。
「あ、君か。噂の半月の探偵っていうのは」
「どうも。今回は僕は万が一のための要因ですので」
「あ、そうか。なら君が暇もてあそぶくらいにしとかねえとな」
「ええ、よろしくお願いします」
彼と所轄の刑事たちが握手を交わしあっていると、コンビニの袋を抱えた国本と三上が帰ってきた。白谷が今日の夜ご飯を買ってくるよう頼んだのだ。袋の中にはおにぎりや菓子パン、サンドイッチなど手軽に食べられる軽食やコーヒー牛乳やミネラルウォーターなどが入っていた。
「おー有栖さん。ビールある?」
「ないよ。仕事中でしょ」
所轄の刑事のヤジを振り切り、国本は車の中に乗り込んだ。三上も後部座席に乗り込んだ。それが仕事開始の合図となった。和気あいあいとしていた雰囲気は消え去り、所轄の刑事たちは今一度自身の持ち場を確認した。彼も屋敷周辺をスマホのマップ機能で確認している。屋敷は左右と後ろを住宅で囲まれており、正面玄関を白谷たちが、屋敷周辺を所轄刑事たちが守る手はずになっている。時刻は午後8時。刑事たちは自分たちの持ち場へと散っていった。
空には半月が浮かんでいる。時刻は午前1時を回ったところだ。白谷たちは交代で正面玄関を見張り、見張っていない者は仮眠をとっていた。今起きているのいるのは白谷と三上の二人だった。
「今回、犯人はなんでこんな手紙を出したんでしょう? いたずらだとも思われても仕方がないのに」
「さあ。ただ死人に手紙は書けませんから」
「白谷さんてこの仕事長いんですか?」
「いえ、まだ6年目なので若いとは言えませんね。新米ですよ」
白谷は苦笑交じりに小声で答えた。隣で寝ている国本と彼を起こすわけにはいかない。そういえば、彼は今日のことを親になんて説明したのだろうか? 前の新宿区連続猟奇殺人事件の時は友達の家に泊まると言い訳していたらしい。今回も同じい言い訳を使ったのならそろそろ怪しく思われそうなものである。
「今回みたいな、人間以外の何かが事件起こしたとかって実際にあるんですか?」
「まあたまーにそんな話も聞くんですけどたいていはいたずらですね。あ、でも遺体安置室の管理人達とか検死解剖を担当する人達はたまーにあるみたいですよ。あと僕の上司も何度か見ているそうです」
「へーやっぱり。まあ確かに人の死に多く触れる仕事ですもんね。いつもご苦労様です」
「いえいえ……そんな……」
そんなことないですよ、と言いかけた時、白谷の、人間として失われかけていた獣としての本能が何かを感じ取った。第六感とも言うべきものだ。それは三上も同じようで、二人は顔を一瞬だけ見合わせた後、車の外に出た。
外はこの世に人が存在していない世界が広がっているようで静寂があふれ、二人のほうに降りかかってくる。白谷と三上はその静寂に対抗するように懐中電灯をつけた。夜闇の中では太陽のように輝く光は真っすぐと屋敷の方に向けられた。正面玄関のほうが照らされ次は縁側の窓へと……。そして、彼らは目撃する。
半透明の、着物を着た女が縁側を正面玄関方向へと移動していくのを。
「あ、あああああああ!!!?」
男二人の情けない叫び声があたりに響く。その声で飛び起きたのか彼と国本も車の中から走り出てきた。
「っ!! なにがあったの!?」
「き、着物を着た女が……!!」
「着物を着た女?」
国本が懐中電灯を照らすが、縁側には人間どころか影すらも存在していない。ただただ昼間見た時と同じ屋敷の風景が存在するだけである。
「と、とりあえず!! 中に入りましょう!!」
三上が走って屋敷の門をくぐる。白谷たちもそれに続いて屋敷の中へと突入した。
「玄関のかぎが……!!」
三上が正面玄関の鍵を懐中電灯で照らす。すりガラス越しに見えるクレセント錠は明らかに上に上がっており、それは鍵が閉まっていることを意味する。
「じゃあ、窓を蹴破るしか……」
三上は正面玄関を離れ、縁側の窓へと向かっていく。無意識に先ほど見たナニカを恐れているのか、ソレを見た正面玄関よりの窓ではなく縁側の真ん中付近の窓をバンバンと叩いている。だが流石は弾丸をも弾くという窓ガラス、その強度は折り紙付きである。三上程度の力では割れるどころかヒビもできない。
「ちょっとどいてください」
白谷は一旦、門付近まで下がり、そこから全速力で疾走。その勢いを殺さぬまま窓に向かって回転蹴りを放つ。すると白谷の足が当たった部分からピシッと音がし、放射状にひびができる。
「……7.62ミリNATO弾でもヒビができないのに……」
彼の呆気にとられたような声を置き去りにし、白谷はそのまま回し蹴りを食らわせた。果たして窓は放射状のヒビが広がっていき、窓に人が通れるほどの大きさの穴ができる。
「なんかあった時のために鉛入りの靴を履いておいてよかった」
彼らは真っ暗な屋敷の中に入る。三上は先ほどの着物の女を恐れてか少し及び腰になっていたが、三上と同じものを目撃した白谷はどんどん先へと進んでいく。恐らく闘争本能が刺激され、一種の覚醒状態になっているのだろう。
窓を破ってから正面玄関の方へと向かえば早かったがそれを避けていたので、台場の部屋へと向かうのが15秒ほど遅くなってしまった。後ろからガラスの割れる音が聞こえたが今はそんなことを気にしている暇はない。
「すいません。ちょっと離れててください」
白谷と国本が警棒を取り出す。そして、引き戸を一気に開け放ち中へと突っ込んでいった。部屋に入ると真ん中には布団が敷かれており、そこに台場が横たわっていた。布団の中で眠りについているように見える。それに少し希望を持った白谷が台場の肩をたたいた瞬間、その動きが一気に固まった。
「どうしたの! 透!?」
「……血だ」
白谷は台場の首筋に震える手を当てる。脈を測り、まだ命が流れ尽きていないかどうかを確認する。周りも白谷の動作を息を飲んで見つめていたが、白谷は周りの希望に縋る目を無視し、顔を上げた。その白谷の表情には無念と恐怖が張り付いている。
「……遅かった……」
そこに連絡を受けて駆け付けたのか私服姿の東野が入ってくる。東野も惨状を見て、口を覆いかくして膝をついた。
「まだ犯人は近くにいるはずよ! 隈なく探して!!」
国本が屋敷周辺にいる所轄刑事に無線で指示を出し外に飛び出していった。ある者は硬直し、ある者は無力を嚙み締める。どこからか入ってきた冷たい風が、彼らの頬を撫でていった。
綺麗な半月が縁側を照らす。嘉村匠は白谷が割った窓を見た後、着物を着た女が出たという方向へ目を向ける。
「……ああ、なるほど……もしかしたら」
彼は半月を見た後、ガラスを避けて外に出た。絶望的な展開であるが、その月の光は間違いなく、真実を照らし始めていた。
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