第3話

「……いたずらとかではないのですか?」

「あり得る。だがなんだか引っかかるものがある」

「引っかかる?」

「ああ。一週間後に新しい情報セキュリティーシステムの発表があるんだ」

「……なるほど」

 確かにその発表直前に社長が殺されたとあれば、会社としてかなり大きなダメージを追うだろう。コマーシャルに出演した俳優が何かやらかしただけでも影響が出る世の中だ。いかにいたずらの可能性があるとしても念には念を入れておきたい気持ちもわかる。この辺りは社長として当然の配慮といったところか。

 大津は徹夜明けで痛む頭を回し考える。この警護任務に行かせるとしたら身体能力が高く、格闘戦も得意な白谷透しろやとおる、それから白谷と相性のいい女性刑事の国本有栖くにもとありすが適任だろう。それに……とここまで考えたところで、報告書作りを終えたのか至福の一服と言わんばかりにココアシガレットを咥えている嘉村匠の存在が目に入った。白谷もその横で報告書作りに勤しんでいる。そうだ、それでいい。彼にこの任務を任せればいいではないか。彼は白谷の相棒的存在だしなにより警視庁の誇る最高戦力だ。もし万が一のことがあってもすぐに犯人を捕まえられるだろう。「半月の探偵」と呼ばれるその力を借り受けてもいいのではないか。

「それでは、うちからは白谷と国本を出しましょう。それに彼も」

 大津は彼のほうを指さした。案の定大津の指さす先を見た台場の顔が歪む。舐めているのかとでも言いたげな顔だ。

「子供を連れだすのか?」

「ええ、ですが彼を侮らない方がいい。彼は事件を解決するプロフェッショナルでね。この国で敵に回してはならない人物のうちの一人です。あー匠くん。こちら台場セキュリティーの台場さん」

 大津は彼を呼び寄せた。台場は彼を睨み続けていたが、彼はそれを意に返さず、むしろ微笑んで慇懃無礼に一礼して見せた。

「どうも。警視庁刑事局A級協力者 嘉村匠です」

「おう。なら俺を見てわかることを全て言ってみろ」

 台場は挑発的な笑みを作り、彼を煽った。いかに警察の人間と言っても彼はまだまだ子供だ。睨みつけるだけならまだしも、高圧的に挑発するという方法はただただ相手を委縮させるだけである。案の定彼は唐突な台場の要求に少し困惑した表情で大津のほうを見た。身に覚えのない罪で先生に呼ばれる中学生のようだ。少し申し訳ない気持ちになる。

「急ですまんな。だがよろしく頼む」

 大津に頼まれたため、彼はしぶしぶ台場に近づき観察を始めた。面倒くさそうっただが、その視線は猛禽類のそれのように明らかに鋭くなっている。さっきまで癒しの表情でココアシガレットを咥えていたとは思えない雰囲気だ。台場もその雰囲気を感じ取ったのか、少し姿勢を正す。彼は真っ先に台場の手を握った。どうやら結婚指輪を見ているようだ。

「なるほど。なるほどなるほど。台場さんは今結婚していますが、この結婚は二度目。それも今年の夏前に再婚したようですね。前の結婚は大体20年前てところかな。手の甲全体に日焼けしているが、指輪のそばだけ色が薄い。恐らく前は少し大きめな指輪でもしていたんでしょう」

 次に彼は台場を立たせた。そして少し歩くように台場に言う。彼の指示通り台場が2、3歩歩く。少しすり足気味に歩くようだ。

「もともと柔道をやっていたましたよね。闘争本能の刺激によるバトルホルモンの分泌で毛穴が開いている。それにすり足気味であるくし足も少しO字脚気味になっていることから空手ではなく柔道であるともわかります。もともとというのはまあ社会人で時間が無くなると推察できるうえに柔道のような屋内スポーツであればそこまで日焼けしませんしね」

「ああ……その通りだ」

 台場の顔に警戒心が浮かぶ。まあ初対面の相手にここまで見抜かれたら驚きを通り越して気味悪さすら感じるだろう。大津も昔、彼の師匠と呼べるべき人に同じことをされ、怖い思いをしたことがある。

「あ、あとあなたなかなか臆病なところありますね。だから周りに高圧的な態度をとるんでしょう?」

「……それも推理か?」

「いや、これは勘です」

 台場はにやりとして大津のほうを向く。

「なかなか面白い小僧だ。同行を許そう」

 彼はまだ詳しい話を聞いていなかったが、また仕事が増えたことを肌で感じたのだろう。先ほどの報告書作りの時に見せたげんなりした顔に抗議の色を加えて、大津に向けてきた。別に社長だから忖度したとかそんなんじゃないのでそんな顔を向けないでほしい、こちらもいろいろ限界なのだと大津は思った。表情にもそんなニュアンスを出して彼に見せる。


 明日も刑事たちは眠れない。

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