第2話
–––––2017年 日本 東京
刑事という職業に休みはないに等しい。事件解決に尽力するだけでなく、犯罪の防止、報告書作り、そして訪れる人の対処などなど。今日も警視庁捜査一課の部屋の中に作られた応接室に、日焼けした神経質そうな男がやってきた。身なりはよく、そのスーツはオーダーメイドのようだ。男はそばにいる秘書らしき眼鏡をかけた女性を後ろに立たせ、革張りのソファーに腰を掛けた。そして自分を応接室まで案内してきた刑事に「茶は?」とにらみを利かせる。睨まれた刑事は外にすっ飛んでいき、それと入れ替わりに一人の刑事が入ってきた。熊のように図体が大きく、その立ち居振る舞いは堂々としている。この捜査一課の中で最も尊敬を集めるベテラン刑事、
「いつから警察は託児所になったんだ。誰だ、あの灰色のコート着たガキは」
開口一番、男は応接間の外を見ながら大津に問うた。その視線の先には、机の空いたスペースでパソコンのキーボードをげんなりとした表情でたたいている少年が一人。誰あろう嘉村匠である。毎度のごとく警察からの依頼を受け、難事件を解決した彼はその報告書作りに追われていたのだ。
「ああ。彼は少し特殊でしてね。前に発生した事件の関係者みたいなものなのですよ」
男は大津の答えを聞いて満足したのか、それとも興味を失ったのか正面にいる大津のほうに顔を向けた。なかなか強面ではあるが、あえて自分を怖く見えるように演出しているようである。恐らく周りに舐められないようにするためだ。その在り方は一周回って臆病な小鹿のようだと大津は思った。
「それで、何の御用でしょうかな? かの台場セキュリティの社長、台場様がわざわざお目見えになるなんて珍しい。ご連絡いただければ私共のほうから訪問させていただいたのに」
「まあ、ちょっと用があってな」
先ほどお茶を淹れに外に飛び出した刑事が戻ってきて、台場の前に湯気の立つお茶を置く。台場はそれを一口飲み、お茶を持ってきた男性刑事を睨みつけた。
「おい。熱すぎるぞ」
「え、あ、申し訳ありません」
「まーまー。刑事は本来お茶入れるために存在する職業ではありませんので」
大津は台場を宥めると、刑事にうなずきかけて外に出させた。台場セキュリティは国内の情報セキュリティー、防犯、警備などの分野で日本トップクラスのシェアを誇る大企業である。そんな大企業の社長がわざわざ出向いてくるなどただ事ではない。あまり多くの人に聞かれてはならない内容なのだろう。
「それで、われわれに用というのは?」
台場が秘書に目配せすると、秘書はカバンの中からクリアファイルを取り出した。秘書からそのそのクリアファイルを受け取った台場はそれをそのまま大津に手渡す。
「見ての通り、脅迫状が届いた。明後日私は殺されるらしい」
台場は至極冷静そうだ。冷静さを装っている風でもない。大企業の社長とあればやはりこういったことは少なからず起こるものなのだろう。だが、大津が注目したのはそんなことではなく、脅迫状のほうだった。なんと差し出し主の実名が書いてあるではないか。
「この
「私がライバル企業から引き抜いてきた。こいつの前の秘書だよ」
台場は後ろの秘書を指さした。
「ならば、この西野明美とやらに話を聞けば……」
大津は至極当たり前のことを口に出した。そう至極当たり前のことだ。これを出した犯人が西野明美でも西野明美を騙った誰かであっても、この西野明美にコンタクトを取ることで何かしらの手掛かりは得られるだろう。大津はとりあえず、この西野明美とやらの居場所を台場から聞き出そうと考えた。
だが、事態はそう簡単なものでもないらしい。台場は少し顔を俯かせた。台場の強面の顔に影が差す。
「死んだよ」
「え?」
「西野明美は死んでるんだよ。明後日でちょうど三回忌だ」
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