また明日の一目惚れ。

@barubase

また明日の、一目惚れ


「付き合って下さい」

その一言で私達は付き合い始めた。彼とは元々仲が良く、時々「お前ら付き合えよ」なんてヤジを飛ばされるくらいだったから、私も付き合うのは満更でもなかった。


彼と付き合ってからもうカレンダーを6枚めくった。楽しい日々はあっという間に過ぎるものだ。そろそろ夏休みも始まる。彼とやりたい事がいくつも思いついて仕方ない。これからの日々が本当に楽しみだった。


今日は朝から塾だったので駅に向かっていた。 彼は今頃部活だろう。彼が頑張って部活をしている所を想像してにやけてしまう。

プー!唐突にクラクションが鳴り響いた。ハッと顔を上げるとそこにはまだ勢いが止まる気配のない車があった。体に強い衝撃が走る。意識が、途切れた。


目が覚める。不気味なほど白い天井が視界を覆っている。起き上がり、周りを見て、ようやく自分の身に何が起きたかを察する。なるほど、事故にあって病院に運ばれたらしい。幸い体に大きな怪我は無いようだ。目が覚めた事を伝えようとナースコールをする。するとすぐに看護師が駆けつけてきた。「お身体は大丈夫ですか?」と聞かれ、特におかしな所は無いです」と伝える。続けて「いつまで入院しないといけないですか?」と聞く。すると看護師さんは一瞬困った顔をし、「後ほど医師の方からお伝えします」と言った。看護師さんは流石に把握してないか、と呟きながらベットに横たわる。

彼はいつ頃お見舞いに来てくれるかなーなんて考える。まさか来ないなんてことは無いだろう。もし来なかったら別れてやる!なんてふざけた事をしばらく考えていると、看護師さんに、診察室にくるように言われた。立ち上がって歩く。体の節々が少し痛い程度で、これといって体に支障があるようには思えない。歩きながら、そういえばなんで入院する必要があるのかとふと疑問に思った。そして少し曇った顔をした看護師さんの顔を思い出す。「まさかね」そう呟きながら診察室へと向かった。


「あなたは明日、記憶を全て失います」医師の口からはそう伝えられた。頭が、真っ白になった。「ま、まさか。ジョ、ジョークですよ...ね...?」力のない声で尋ねる。医師は無言で首を振った。


驚きで涙すら出なかった。まさか自分が明日記憶を失うことになるなんて信じられない。信じられるわけがない。

とりあえず落ち着こうと飲み物を買おうとする。冷たいお茶を買おうとしたのに間違えてあったかいコーヒーを買ってしまった。「ハハ...何やってんだろ私」そう呟き、自分の病室のベットへと向かう。そして混乱する頭の中で一つだけ、強く思った。別れよう。大好きな彼のために。


ベットに寝ていると次々とクラスメイトがお見舞いに来た。休みを使わせてしまって申し訳ないと思ったけど皆が心配してくれている事が素直に嬉しかった。

皆が次々に励ましの言葉をかけてくれる。

その中で「結局どんな怪我だったの?」と聞かれた。でも明日記憶を失うなんて言えるわけがない。自分でもまだ飲み込めてないのに。

「足にヒビが入っちゃってね。」とはぐらかす。そうこうしていると彼が息を切らして病室に駆け込んできた。他の男子が「遅えぞ彼氏君」と煽る。じゃあ俺らは帰るか、2人だけにしてやろうぜ。と軽口を叩きながらみんなは帰って行った。よかった。これで彼に、伝えられる。




部活の休憩時間、ふとスマホを見ると数件の通知が来ていた。


「お前の彼女が事故にあったって」

「彼女さん大丈夫!?」

「〇〇病院の×号室だ!早く行ってやれ」


彼女の所へ行かなきゃ。気がつくと俺は走り出していた。顧問に「彼女が事故にあったので帰ります」とだけいい返事も聞かぬまま飛び出していた。タクシーを拾い、「〇〇病院へすぐ」と言う。幸い最低限の金額は財布に入っていた。彼女は無事なのか、それだけしか考えられなかった。電話で容態を聞く、そんなことも思いつかないほどに。


病院の階段を急いで駆け上がる。今はただ一刻も早く彼女に会いたかった。勢いよくドアを開ける。そこには大勢の見舞客と、一見元気そうな見た目の彼女がいた。ひとまず大きな外傷がないこと、意識があることが分かり安心した。彼女の無事がただ嬉しかった。しかし心なしか悲しそうな彼女の目がどうも心に引っかかった。




みんなが部屋から抜けていくのと入れ替わりで彼が近寄ってきた。額には汗が浮いている、私のために走ってきてくれたのだろう。私が元気そうなのを見て安心したのか、少し嬉しそうな顔をしている。「無事そうでよかった。」彼が心から安心したような笑みで私に話しかける。ああ、私はこんな人にさよならを告げないといけないのか、この笑顔を裏切ってしまうのか。胸が痛くなる。「どのくらいここにいなくちゃいけないんだ?」彼はそう聞いてきた。言わなければならない。言いたくない。でも、、、私は深く深呼吸をして、その言葉を吐き出した。

「私達、別れよう。」

彼は目を見開き困惑した表情をしている。

彼が何か言う前に立て続けに言う。返事を聞くのが怖かった。「事故で頭をぶつけちゃってね、私の記憶、明日には消えちゃうんだって。それに毎日の記憶も残しておけなくなっちゃったんだ。」彼の方を見れない、見たら涙が溢れてしまいそうだから。「2人の日々が無くなっちゃうのはやだなぁ。でもまたどこかで会えたら、毎日一目惚れしちゃうと思うなぁ。」彼を悲しませないよう笑わないと、そう思い無理やり笑顔を作る。


突然手を掴まれた。泣いてくれてたら嬉しいなと思った、怒られたら悲しいなと思った。でも、彼は泣いても、怒ってもいなかった。彼はただひたすらに決意のこもった目で私を見つめていた。彼は口を開いた。

「馬鹿野郎」

思わず呆気に取られてしまった。まさか罵倒されるとは、思わず涙が溢れる。

「それなら俺は毎日君に一目惚れする、そんで毎日君に告白する。」

また、涙が溢れた。でもこの涙は悲しみじゃない。

「ふふっ、君らしいや、うん、そうだね、私も毎日一目惚れするよ、絶対に。」

明日にはこの記憶も無くなってしまう。それは悲しい。でもそれ以上に明日からの彼との日々がある、それが嬉しかった。

そして伝えられずにはいられなかった

「好きだよ、ありがとう。」



目を覚ます。ここはどこだろう、周りを見ると枕元にメモがある。(あなたは記憶を毎日失っています。と書かれている)

なんだかまるで心の真ん中におっきな穴ができたみたいだ。悲しくて、虚しい。

ガチャッ

誰かがドアを開けた。知らない男の子だった。なぜか鼓動が早くなる、彼は一直線に私の所へ近づいてきてこう言った。

「君に一目惚れしました。俺と、付き合って下さい。」

なぜだろう、胸が高鳴っている。会ったことなんて無いはずなのに、心がどうしようもなく思いに答えたがっている。私は気づくとこう、口にしていた。

「はい、喜んで。」









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