第5話

(これが全部三百年前のアイテムとはな……案外、綺麗なままだな……どういうアイテムかさっぱりだが)


 しばらくして気を取り直したライル。目の前のアイテムの山を興味深げに眺めがら、エミリーの帰り待っているとやがて自らの方へと飛んでくる水晶体に気づいた。


「ん? 何だ、ありゃ……?」

「お〜〜い」


 一瞬警戒に体を強ばらせたライルだったが、間の抜けた声に緊張が霧散していく。それは浮遊する水晶体などではなく。自分の体ほどあるアイテムを抱えて、フラフラと危なっかしく飛ぶエミリーだった。


「あったわよー。はい、お目当のヤツ」

「──!」


 お目当――それはライルの次元収納を拡張する事ができるアイテムだ。


「あ、あぁ……」


 それは薄いガラスで出来たような菱形の水晶体だった。その中央には次元収納の出入り口にも似た、小さい黒い球が浮いている。


「こ、これが……これで……俺も」

「次元収納の黒い球の上で割れば良いわ」

「……な、なるほど……よ、よし――!」


 意気込んだライルは次元収納の出入り口を出現させると、その上に震える手で水晶体をかざした。そして今にも水晶体を割らんばかりに力がかごめられた、その瞬間――




 ライルの背後から忍び寄る幾つかの影があった。


「案内ごくろうさまぁ」


 それは聞き覚えのある甘ったるい声だった。突然の闖入者に驚くライルとエミリー。ライルは手に持っていた水晶体を咄嗟に次元収納へと仕舞い込むと、慌てて声のする方を探る。


「――――っ!」


 果たしてそこには、帝都の薄暗い部屋で会ったミネルバが陽気に手を振って立っていた。ドレス姿のあの時と違いぴったり目の革鎧を身に纏い、細い体の線が浮き彫りになっていた。腰にはその細さに不釣り合いな太い鞭を留めている。そしてその背後には数人の男達が控えていた。


「ヤッホー! 久しぶりぃ。遺産の山を前にして呆然って感じぃ?」

「あー!」

「お前は――!」

「やぁん、お前なんて怖い呼び方しないでぇ……ミネルバって呼んでぇ。これから仲良くやって行くかもぉ? なんだからぁ……」


 ミネルバはを作りながら言うが、その様子は誰の目にも白々しい。


「よく言うぜ、そんなつもりないクセに」

「――アハッ!」


 悪びれる様子も無く、ミネルバは童女のように笑ってみせる。


「ヤな女……っ」

「つけて来てたのか……」

「どうせ最期だから教えてあげる――」


 ミネルバの口調が少しだけ変わった。


「……?」


 ライルとエミリーはその様子を訝しげに見る。


「私のママはね、勇者の遺産に取り憑かれたバカな男にご執心でね。その男は勇者の子孫だったのに大したスキルも持たずに生まれて、人生を逆転させるために必死で遺産を探してたそうよ」


(……子孫関係者だったか……大したスキルを持たずに生まれた男、ね)


「ママもあんな男の何処が良かったのかしら……でもママはあの男を本当に愛してた、だからあの男を手伝うママの事を私も助けたかった。まぁ、それでも結局あの男には見つけられなくて、恨み言言いながら病気で死んだけどね。これでやっと解放されたと思ったのに、ママも同じ病気に罹って……最期は私に勇者の遺産の事を託して亡くなったわ。それで二人の残した手記のお陰で色々分かったの。妖精が封印している事とか、それを解くのに勇者の血が要る事とかね。あの男の事はどうでも良いのよ、でもママの無念は晴らさないと……ママの生きた意味が無くなっちゃう。だから私もずっと遺産の事は調べてたの。そしたら私のシマにおチビちゃんが転がり込んで来て……運が巡って来たと思ったわ。あ、そうそう。あなたの事も当たりをつけてたのよ? 次元収納しか持たない子孫が集落を離れたって話は、子孫関係を調べさせた時に聞いたからね。“素通り”なんて呼ばれてる奴と、次元収納しか持たない子孫を結びつけるのは難しくなかったわ。手札が私の手元に揃った幸運に初めて神に感謝したわよ。後はおチビちゃんとあなたが揃ってる間にどうにか遺産に誘導しようと思ってたら――」


「うへぇ……」


 早口にまくし立てるミネルバの様子にエミリーは嫌悪感を隠そうともしない。


(……この女もだいぶイカれてやがるな……)


 ミネルバの視線は何処かを見ているようで何処も見てはいなかった。しかしその視線が不意にライルを正面から捉える。


「――監視からあなた達が遺産の話してるって聞いた時は流石にビックリしたわぁ。手間が省けたってね。まさか勇者の遺産が妖精の国の近くにあったなんて」

「ちっ……」

「んふふっ。ママと私のために勇者の遺産を見つけてくれてぇ、ありがとぉ」


 心底楽しそうに、嬉しそうにミネルバの顔が歪み、その右手が腰の鞭に伸びていく。


「それじゃ、あなた達はもう用済み――」

「――なんてな」


 悔しげにしていたライルが急に不敵に笑ってみせた。


「──!?」


「宿の部屋で盗み聞きされてたのは気づいてたぜ? つまんない脅しに姿を見せたのが不味かったな。いくら俺が落ちこぼれ子孫でもな、一度あそこまで近づいた気配、すぐには忘れないさ」


 ライルは次元収納から年季の入った球状のアイテムを取り出し、大きく振りかぶった。


「ちぃっ! 何をする気!」

「こんな事もあろうかとな! エミリー! 今のうちに――」


 ライルが渾身の力で叩きつけたその煙玉は、ポヒっとオナラのような情けない音と共に小さく煙を上げて沈黙した。


「――あれ?」

「アンタ……それ、使用期限確認した?」

「え? 煙玉って使用期限とかあんの……?」

「はぁ………………」


 エミリーと盛大なため息をハモらせたミネルバは大きく左手の鞭を振りかぶる。鞭の先が消えたかと思うと、空気が張り裂ける音と共に煙玉が弾き飛ばされた。


「奥の手が――!」


 貴重な火薬を使用した煙玉はライルにとって、最後の手段のひとつだった。その貴重な最後の手段が敢えなく部屋の隅へと転がっていき――



 破裂音がしたかと思うと、大量の煙を吐き出し始めた。



「きゃっ!」


 勢いよく噴き出した煙を浴びてミネルバが怯む。狭くは無いとはいえ密室ゆえに煙が充満し、途端に視界が無くなっていく。どうやら古くなっていた煙玉はライルが叩きつけた衝撃だけでは作動せず、鞭に弾き飛ばされた事でようやく作動したようだった。


「ちぃっ!」


 あっという間に広がった煙にお互いを見失うライルとミネルバ。


「よっしゃ! 今のうちだ!」

「やっぱ逃げるの?」

「それ以外にあんのか!?」


 煙玉が不発に終わりかけた際はどうしようかと思ったライルだったが、事前に打ち合わせした通りに逃亡を図ろうとする。妖精の国に到着した際に相談した事だ。このタイミングでの襲撃をある程度予想していたライルは、いざ形勢が悪くなれば遺産を放棄してでも逃げるつもりでいた。目的のアイテムを入手した彼にとって、その他のアイテムはあまり興味が無かった。


「ふっふっふ。あるんだなー。ちょっと待ってなさい!」

「え? おい!」


 悪戯を思い付いた子供のように笑ったエミリーは、ライルを置いて煙の中へと消えていく。引き止めようとしたライルの手は空を切った。


「お前たち、入り口を塞ぎな!」


 落ち着きを取り戻したミネルバの命令によって入り口が塞がれる。逃げ場を失ったライルは絶体絶命だった。


「あ、クソッ! どうすんだよ……」


 ライルはアイテムの山を背にして身を隠し、エミリーが帰ってくるのを待つしかなかった。




 やがて煙が薄まり始めた頃、三つのポーションを抱えてエミリーが戻ってくる。


「ハイ! これと、これと、あとこれ!」

「ポーション? って、三つもか? これも使い切りだろ? ちょっと勿体無くないか?」

「アイツみたいなこと言ってる場合!?」


 そうこうしている間いも視界が晴れていく。


「あぁもう、分かったよ! で、これは飲めば良いのか? 体にかければ良いのか!?」

「どっちでも!」


 焦れたエミリーは瓶を次々と開けると、その中身をライルの顔面に向かってぶち撒けた。


「――ぅわぷっ」


 そして、いよいよ煙が収まってきたその時。


「――!」


 突然現れた寒気にも似た気配にライルが驚く、あの薄暗い部屋で背後を取られた気配だった。


「――死ね」


 一瞬の躊躇も無く、気配を感じたのとほぼ同時に首筋の冷たい感触が素早く横に引かれた。


「くっ――!」


 次の瞬間にはライルの首から鮮血が噴き出すかと思われたが、何事もなく首は繋がっており、薄皮一枚すら切れていなかった。


「なんだと……!」

「マジか……!」

「ライル!」


 エミリーの声に先に我に返ったライルは、背後で戸惑っている男の頭を両手で鷲掴む。


「うぉぉらっ!!」


 ライルは掴んだ頭を力の限り放り投げた。


「ぐぁ!」

「わぁぁあ!」


 背後の男はライルの思ってる以上の距離を飛んだ。入り口を塞いでいた男達を巻き込んで遠くの壁に激突し、全員まとめて動かなくなる。


「――――んなっ!」


 その様子を見ていたミネルバが驚愕に顔を歪める。


「何をしたっていうの!?」

「ふっふっふ……今のライルは如何なる攻撃も効かず、ミノタウロスもびっくりな筋力と六角うさぎ並みのスピードを併せ持つ超戦士よ! 覚悟なさい!」


 エミリーはミネルバを指差しそう宣言すると小さい胸を張る。


「勇者の遺産すげぇな……」


 驚愕するミネルバとは対照に、ライルは自身の両手を見ながら感心していた。


「そんな――デタラメな!」


 焦るようにミネルバは鞭を振るう。動揺からか狙いの定まらなかったその一撃は、ライルの右脚を掠める程度に留まった。


「あ痛――――っ!!!」


 激痛にライルは叫びを上げる。


「あ、ごめん。防御の効果は一回限りだった」

「そういうのは先に言え!!」

「大丈夫、他の効果は五分は保つわ」


 エミリーはミネルバに聞こえないように小声で言った。


「そりゃ頼もしいね……」


 脚の痛みを気合いで誤魔化しながら、ライルはミネルバを見据えた。

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