第4話

「これが、妖精の――国?」

「そうよ?」


 平原を越え、関所を越え、山を越え、遠路はるばる今は小高いの丘の上。二人は眼下に妖精の国を見下ろしていた。そこには国と聞いてライルが想像していた大きさの数分の一、およそ村ほどの規模の集落が森の隙間に広がっていた。


「案外……小さいな」

「そりゃ、このサイズですから」


 一緒に旅を始めてから幾度目か、エミリーは小さい胸を張るポーズを取る。


 改めてライルは眼下の国を見る。妖精が住む家は人が抱えて運べそうな、ミニチュアのような大きさの家だった。それらが枝の上、根の隙間、木のなどを利用して建っているのが遠目にも見える。


「なるほどな」


 ライルは鳥かごを地面に降ろし、その鍵を取り出す。


「さて、あの女の話が本当なら、この辺で鍵が開くようになってるはず……おぉ、鍵がぼんやり光ってる……開きそうだな」

「ほんと!? 早く開けてちょうだい!」


 期待が高まるその様子にエミリーは鳥かごの中でバタバタと飛び跳ねる。


「急かすな急かすな」


 ライルが鍵を差し込み、軽く力を入れるとカチリという音と共に一回転した。


「お、開いたぞ」

「やたっ! ようやく自由だー!」


 鳥かごを飛び出したエミリーがライルの頭の周りでぐるぐると回る。ライルはそれを生暖かく見守っていた。


「あの女の話が嘘じゃなくて良かったな」


 ライルが飛び回る妖精に鬱陶しさを覚え始めた頃。そんな事を言ったライルの眼前でエミリーは急停止する。


「でも、あの女が何か企んでるのは間違い無いんだから、気をつけなさい。アタシの女の勘がそう言ってるわ」

「そうだ。その事で、ちょっと――」


 ライルは声のトーンを一段下げてエミリーの小さな耳に顔を寄せた。


 ――◆――


「なぁ。人間の俺は入れないから良いんだが、お前は本当に寄らなくて良いのか?」


 妖精の国へ入れる人間は、妖精女王より特別な許可を受けた者のみである。勇者の子孫である事以外は一般人であるライルに、当然その許可は下りない。しかし妖精であるエミリーには関係無い話だ。入りたければ入れるはずだが、あまり乗り気では無いようだった。


「良いの! ……絶対面倒な事になるし……」

「あん……? まぁ、お前が良いなら良いんだけど」


 エミリーの言葉はボソボソと呟くようで聞き取り難かった。


「例の遺産のある場所ってのは遠いのか?」

「ここからなら三日位かしら? 場所さえ分かってれば、そう迷う場所でも無いわ」

「そりゃ良かった。それじゃ早速行くか?」

「おーぅ! いやー、やっぱ自由に飛べると解放感が違うわー」

「はいはい、それは何よりで」




 ――◆――




 妖精の国からそれほど遠くない山中、ライルは道を切り拓きながら進んでいた。エミリーはその傍を飛んで案内している。


「そういや、遺産があるのはどんな場所なんだ? ダンジョンとかか?」


 藪を払いつつ、ライルは道中の暇つぶしがてらエミリーに話を振った。


「むかーしむかし。まだヨワヨワだった少年勇者くんが、妖精女王から討伐依頼を受けて最初の冒険に出た遺跡よ」

「へぇ。弱かった頃の勇者が攻略した遺跡、か……」


 子孫として勇者の活躍を教科書に育ったライルには想像がつかなかった。


「私と出会った頃の話ね。アイツにもまだ仲間が居なかったから、アタシが最初の仲間になってやったのよ。あの頃のアルフは可愛かったのよ? あっという間に大きくなっちゃって、生意気なんだから――」

「その話、長い?」

「――なによ。聞いたのアンタじゃない」


 先導するように飛んでいたエミリーが憮然として振り向く。


「いや、勇者様との馴れ初めまでは聞いてない」

「ぶー。面白くないわねー」

「にしても討伐とはな……どんなボスが居たんだ?」


 ライルは聞いた事のない勇者の冒険譚に興味を惹かれる。この手の話にボス討伐は付き物だ。果たして、勇者の最初の相手はどんな魔物だったのか──


「アタシよ」

「は?」

「ん?」

「え? お前がボス? “可憐のエミリー”が勇者に討伐されたの? しかも妖精女王の依頼で? 何やったの? 嫌われてるの? あ、国に寄らないのってそういう理由? なんかごめんね?」


 ここまでの旅で鬱憤を溜めていたライルはここぞとばかりに煽り倒す。


「い、色々あったのよ! あと嫌われてない! 討伐もされてない!」

「あ、そう」

「そんな事より! アタシとアイツとの戦いはすごかったんだから! 三日三晩続いた激戦でねー。ま、ギリギリでアタシが勝ったんだけど? アイツが泣いて頼んでくるもんだから、可哀想になって仲間になってやったのよ」


 エミリーはどうだと小さい胸を張る。


(嘘くせぇな)


「はぁ、お優しいことで……」

「でしょう! アンタもアタシの優しさに感謝するといいわよ! こうして“可憐”なアタシ自らが案内してあげてるんだから!」

「あ、はい」


 虚無の表情でライルは藪を払いながら、心優しい可憐な妖精の案内の下、道なき道を征く。




 ――◆――




「ここも変わんないわねぇ」


 山の中腹、何の変哲も無い洞窟を見つけた二人。その中を進み、急に現れた扉を何か呪文を唱えて開けたエミリーは、勝手知ったる様子で中へと入っていく。


 エミリーは魔法の明かりを灯しつつ、少々埃っぽい広くはない通路を特に警戒した様子もなく飛ぶ。


「おいおい。そんな無用心で罠とか魔物とか大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ここはアタシの家みたいなもんだから」

「あ、そう……」


 未知のダンジョンに足を踏み入れる冒険者のような、青臭い冒険心が無かったとは言えないライルは、少し落胆しながらもエミリーの後をついて歩く。


 その後もエミリーは別れ道を迷いなくスイスイと飛び、いくつかの部屋と扉を抜けて行く。道中には魔物はおろか、ネズミやコウモリすら居らず。罠も無ければ調度品すらも無い、一言で言えば味気ない遺跡だった。


「遺跡の割には随分と殺風景だな……」

「邪魔な物は全部処分しちゃったからねー」

「おまっ――! 遺跡を何だと……」

「いやー、あん時はマ――女王にもこっぴどく怒られたわー。あはは」

「討伐されかけた理由それじゃ……?」


 あっけらかんと笑うエミリーに、ライルは妖精女王が何故勇者に依頼したのか分かった気がした。




 やがてエミリーは一際大きな扉の前で立ち止まる。それは魔法陣のような模様が刻まれた異様な扉だった。


「さて。ここから先はアタシも入るのはすごい久しぶりになるわ」

「そうなのか?」

「前に入ったのはまだアイツが生きてた時だからね……」


 エミリーの目線が少しだけ遠くなる。


「そうか……」

「この扉の先にはアイツが残したアイテムが保管されてるわ。でも、これを開くには勇者の血が必要なの」

「え? 勇者の血なんて、どうするんだ?」

「アンタの血で大丈夫よ」

「俺?」

「そ。アイツの血を色濃く受け継ぐアンタなら開けられるわ」

「俺の血が濃い……?」

「なんせ私が間違えたくらい魂の匂いがそっくりだからね。ちょっとで良いから、扉のそのお皿みたいなとこの模様に血を垂らしてみて」

「あぁ……分かった」


 自分の血が濃いという事にイマイチ納得のいかないライルであったが、他に方法も無さそうなので素直にエミリーに従う。短刀を取り出すと親指の腹を少しだけ刺す。ぷっくりと浮いた血をエミリーが指差した模様へと垂らした。


 零れ落ちた血が模様の溝に沿って広がったかと思うと、次の瞬間には染み込むように消える。そして模様が光り出すと、重そうな音を立てて扉がゆっくりと開いていく。少し開いた隙間からは光が差しているようだった。


「おいおい……本当に開くのか……?」

「大丈夫って言ったじゃない。さぁ、三百年ぶりのご対面よ――」


 やがてゴトンと大きな音を立てて扉が開ききる。そしてライルは伝説の勇者の遺産を発見した者となった。




「──すげぇ……これが……勇者の遺産……」


 部屋一杯にうず高く積まれたアイテムを前にライルは感嘆する。見たこともないアイテムばかりのその山は、エミリーの話が真実であれば、魔王討伐の際に勇者によって集められた物という事になる。


 長年放置されていたはずのそれらのアイテムは、不思議な事に埃のひとつとして積もっておらず、財宝と呼ぶに相応しいだけの輝きを放っていた。


「まぁ、遺産って言うか……なんて言うか……」

「……ん?」


 そんな財宝を前に、妙に歯切れの悪いエミリーにライルは引っかかりを覚える。


「アンタが知ってるかは分からないけど、次元収納を持ってる人間が死ぬと、その中に入っていた物がその場に溢れ出てきちゃうのよ」

「……そうなのか」


 かの勇者の次元収納の容量はそれこそ天井知らずだったと言う。そんな彼がアイテムを仕舞い込んだまま亡くなったら、その場でどんな事が起きるかは想像に難くない。


「アイツは魔王討伐を終えて暫くした後、人里離れたここにその中身の殆どを置いて行ったわ。アタシに封印の管理を押し付けて、ね」

「……なるほどな――で、ここの管理を任されてたお前が、何で帝都で優雅な鳥かご住まいに?」


 遺産の由来に納得したライルは新しく湧いて来た疑問をエミリーへと投げかける。


「そ、それは――! ……い、いい、色々あったのよ! 乙女の秘密よ!」


(ロクな話じゃなさそうだな……)


「コホン……これはね、全部アイツが使わなかった――ううん、使消費アイテムの山よ……」

「使う事が……出来無かった? 何か問題があるのか?」

「アイテムに問題は無いわ。あったのはアイツの性格ね……」

「性格?」

「そ、アイツ――――極度の貧乏性だったから……」


 そう言ってエミリーはどこか遠くを見た。


「──は?」


 勇者の死後、暫くしてその存在をまことしやかに噂され、一部の者達が血眼になって今も探す


 それは貧乏性だった勇者が、ただ単に使いそびれた使い切りアイテムの山だった。勇者の仲間から語られる、どこの記録にも残っていない真実。そのあまりの衝撃に、ライルは口をぽかんと開ける事しか出来無かった。


「それじゃ例のアイテム探してくるわねー」


 呆然としているライルをよそに、エミリーは次元収納を拡張するアイテムを探しに飛んだ。

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