第3話
(妖精の国……帝都からは大体、三週間ってとこか……)
ライルは宿の部屋で鳥かごを睨み、どうやって妖精の国まで行くかを考えていた。次元収納に妖精を収める事が出来無い以上、今まで通り素通りという訳には行かない。どう関所を越えるか、または破るのか頭を悩ませていた。
(いっそ、このまま逃げるか……いや……厳しいか……)
普段考えなくて良い事に悩まされ、イライラを募らせていたライル。ふと恨めしく見つめていた鳥かごが音を立てていない事に気づく。
「そういや妙に静かだな……おーい、生きてるか?」
鳥かごのカーテンを少し捲ると、そこではあられもない格好で寝こけている妖精がいた。両手を縛られ猿轡をされているにもかからず、能天気なその姿にライルは思わず片手で頭を抱えた。
「いろんな意味で子供には見せられないな……」
伝え聞く妖精のイメージとしては無垢で無邪気で可憐というのが一般的だが、目の前のソレからはそのような雰囲気は微塵も感じられなかった。
「おい、起きろ、解いてやるよ」
居た堪れなくなったライルは妖精の拘束を解いてやる事にした。
「にゃ……? んん……すぴー」
反応を示した妖精は起きるそぶりを見せたかに思えたが、すぐさま再び寝入る。
「おい! 起きろって!」
その様子にイラっときたライルは鳥かごをガタガタと揺らす。
「ぬぅ〜? んん〜……」
ようやく目を開けた妖精がライルを見てジタバタと暴れ出す。
「ん! んん〜〜!」
「落ち着けって、外してやるよ」
「――! ん!」
意図が伝わったのか、妖精がかごの隙間から縛られた両手を出す。その細い手首を折らないように気をつけながら、ライルは小さな結び目と格闘を始めた。
「あれ、難しいな……くそっ……あの女が縛ったのか……器用だな……」
「ん〜!」
「急かすなよ……もうちょい……もうちょいで……よし! 取れた!」
何とか手首の拘束が外れると、妖精はすぐさま猿轡を取り払った。
「ぷはぁっ! アルフ!」
「あん? 誰の事を……」
「忘れたの!? 私よ、私!」
「あぁ、そういう詐欺は今どき流行らないぞ?」
「そんなんじゃ無いわよ! ん〜? アルフ、ちょっと顔変わった?」
「だから誰だよアルフって、そんな勇者みたいな名前……っていうかまんまじゃねぇか」
「何言ってんのよ、アンタの事じゃないの」
「ちげぇよ。俺の名前はライルだ。一体何を間違えたら俺が勇者になるんだよ」
「え? でも……魂の匂いが……」
「はぁ? 大体、勇者様なら寿命でとっくに死んでるよ。妖精さんはそんな事も知らないくらい浮世離れしてんのか?」
「あ――――そっか、アイツ……もう、死んでるんだった……ごめん、人違いだ。あはは……アタシ寝ぼけてたみたい……」
「――っ」
それまで、はしゃぐようにしていた妖精は照れ臭そうに笑って誤魔化した。子供のような見た目とは裏腹に、その寂しげな表情は酷く大人びて見えた。
「……ったくどんだけ寝てたんだよ……」
「んー? アイツが死んでからだから……三百年くらい? あ、でも最近はそんなに寝てないのよ?」
「さんびゃ――! ……はぁ」
突拍子もない数字に驚くライルだったが、寿命が無いという妖精の世界ではあり得ることなのかと思い直す。
「でさ、アンタなんでアイツにそっくりな訳? 顔どころか魂の匂いまでさ!」
「何だよ魂の匂いって、知らねーよ……子孫だからじゃないか?」
「あぁー! アイツの子孫……だからそっくりなのね、へー、ふーん、ほー。あいたっ」
妖精はジロジロと様々な角度からライルを見ようとするも、鳥かごに阻まれ頭をぶつけていた。
(普段なら勇者の子孫だなんて大っぴらに言う事じゃ無いんだが……妖精相手じゃな……それにコイツ何だか……ん?)
ライルは妖精がずっと勇者を気やすくアイツ呼ばわりしている事が気になった。
「さっきからアイツアイツって勇者と顔見知りなのか?」
「顔見知りも何も、アイツと一緒に旅してたわよ? 何度もピンチを助けてやったんだから!」
そう言って妖精は誇らしげに小さな胸を張った。
「一緒にって……勇者に同道した妖精……まさか“可憐のエミリー”か!」
「あらぁ! 私も有名になったものねー。しかも可憐って……うふふふ」
名前を当てられた妖精は嬉しそうにニヤニヤと笑う。先ほど見せた大人びた表情が嘘のようだ。
「マジかよ……可憐のエミリーが……こんな……こんなクソガキみたいな……」
「クソガキって何よ! 失礼ね! アンタの何倍も生きてるわよ!」
「三百年も寝てたんなら、そのほとんど寝てたんじゃねぇの!?」
「ぬぐ……っ。妖精に向かって減らず口を叩くとは良い度胸ね!」
「――ッハ! その鳥かごの中から何ができるってんだ?」
「アタシを今すぐここから出しなさいよ! 一発ぶん殴ってやるわ!」
「生憎と妖精の国まで鍵は開かないらしいぞ――ほらな?」
ライルは試しにと鍵を挿して回してみるが、ガチャガチャと音が鳴るだけだった。
「ぐぬぬぬぬ……あ、そうだ。アンタどうするつもりなの?」
歯噛みしていたエミリーが何かを思い出したのか、急に話題を切り替えた。
「急に話を変えるな……それを考えてたんだよ……どうやって関所を越えるか……」
「いや、そうじゃなくて。あの女なんか企んでるわよ?」
「見かけによらず察しが良いな……」
目の前の能天気な妖精からの思わずの話に、ライルの声のトーンが一段下がる。
「これでも長いこと妖精やってるんで。優秀な妖精の血がなせる技かなー?」
エミリーは調子に乗って再度小さい胸を張る。
「あぁ、そう……まぁ、これも何かの縁だ。お前さんを解放するまでは付き合ってやるよ……その後は……面倒な事になりそうなら逃げるさ」
なんの後ろ盾も持たないライルにとって、手に余る面倒事になった場合、取れる手は限られていた。
「逃げるの? ばーんと行って、どーんってやっつけちゃうのは?」
「俺がか? 無理無理、言っとくが俺は荒事には向いてないぞ」
「アイツとおんなじ顔してるのに?」
「顔は関係無い……第一、似てないだろ? 勇者の顔は――あぁ、あの像だ」
ライルは鳥かごを持ち上げて窓の外を指差す。そこには剣を天高く掲げた勇者の像があった。それなりの町なら必ず一つはある像だった。
「えぇぇ……美化されすぎでしょ……って何、アイツ銅像建てられてるの? ウケるんですけど。うぷぷぷ」
「良かったな、世界を救った偉大な勇者様の像は至る所にあるぞ」
「マジで!? ますますウケるー! あっはっはっは!」
「ちなみに、この帝都には“可憐のエミリー”の像もあるぞ。お前とは似ても似つかない像が」
「ぬぐっ…………あ、でもちょっと見たいような……見たくないような……」
「妖精さんはお気楽で良いねぇ……」
少し深刻になりかけた空気をエミリーに混ぜ返され、ライルは苦い物でも食べたような、何とも言えない微妙な顔をする。
「まぁ、アタシを解放してくれるのは有難いんだけどさ。アンタその後、逃げてどうするつもり?」
「俺ももう潮時なんだろ……どっかで隠れて暮らすさ」
「ふーん……アンタ、ぶっちゃけ弱いの?」
「…………弱いな。勇者の子孫って言っても、俺が継承できたのはこの次元収納だけだ。後は普通の人間と何ら変わらない」
エミリーの直球な質問にライルは苦々しい顔をすると、左手を広げ黒い球を出現させた。
「あぁ、それ便利よね。アイツもコテージ入れてテント代わりにしてたわ」
「その話本当だったのか……!」
「え? 旅の途中でもふかふかベッドで寝れて快適だったけど、アンタはやらないの?」
「……俺の次元収納は……カバンひとつ分くらいしか物が入らない……」
広げていた左手を閉じると、ライルは悔しげに言い捨て俯いた。
「……? あ、そっか。アイテム使わないと、最初はそんなもんだったっけ」
何気無く言ったエミリーの言葉にライルは我が耳を疑った。
「――アイテム? このスキル、アイテムで容量広げられるのか!? どんなアイテムだ!? どこにある!?」
「え、ちょ! 揺らさないで! わぁああ!」
ライルは食らいつくように鳥かごに掴み掛かりガクガクと揺らす。堪らずエミリーは目を回していた。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」
エミリーが出した大声に、ようやくライルが我に返る。
「あ……あぁ、すまん……ちょっと取り乱した」
落ち着いたライルは幼少の頃を思い出していた。石を詰めたり川の水を詰めたり、様々な事を試み次元収納の容量を拡張しようとしていた事を。そしてそれは人知れず今も――
(ハハッ……無駄な努力をしてたもんだ……)
「全くもう……で、次元収納を広げるアイテムだけど。確かあそこにもあったはず……」
エミリーが腕を組んで思い出すような仕草をしている。ライルの喉がゴクリと鳴る音がした。
「あ、あそこって……?」
「妖精の国の近くの山よ。アイツはその場所に色んなアイテムを残していったの。その中にあったはずだわ」
「勇者が遺したアイテムの中って……それってまさか、
ライルの口内が急速に乾いてカラカラになる。
勇者は魔王討伐の旅の際、目も眩むほどの金銀財宝を得たと言われる。しかし無欲だった勇者はそれを使い切れず、何処かに遺したと噂されていた。子孫の中にはその継承権を主張して各地を探す者も居たが、ついぞ見つかったという話は聞こえて来なかった。
「え? まぁ、遺産って言えば遺産になるのかな? アイツが残した物ではあるし、そういう言い方にもなるか」
「本当にあったのか……」
「アンタが欲しいなら、貰っていけば? アイツも子孫が持って行くなら文句言わないでしょ。どうせ――」
「良いのか!?」
何か言いかけたエミリーの言葉を遮ってライルが再度鳥かごに食らいつく。
「ちょっと! もう揺らさないでよ!」
「財宝とかは要らないから、その次元収納を広げるアイテムだけでも俺にくれ!」
財宝に興味が無いと言えば嘘になる。しかしライルにはそれよりも、両親に肩身の狭い思いをさせたこの次元収納を強化する事が出来れば、故郷の人間を少しは見返せるかも知れないという思いがあった。
「分かった、分かったってば!」
「──あ」
「どしたの? 何か質問かしら?」
「いや、何でもない」
「何よ気になるわね……あー、でもちょっと楽しくなって来たかも。なーんか、アイツと一緒に旅に出た頃思い出すなぁ……アイツってば最初はヨワヨワでさー。アタシが鍛えてやったようなもんなのよ――」
そして始まる“可憐のエミリー”より語られる歴史に残っていない勇者の冒険譚。それは果たして何処までが真実なのか、適当な語り口からはまるで分からなかった。延々と続く勇者の話に、寝るタイミングを逃したライルは翌日の寝不足を余儀なくされたのだった。
――◆――
「ねー、まだカバンの中にいなきゃダメー?」
「なんとか関所抜けたばっかりなんだから、もう少し静かにしてろ」
「ぶー」
自ら遮音のカーテンを捲ったエミリーがライルの背中から恨みがましい声を上げる。今二人は妖精の国へ向けて、あの手この手で関所を抜けながら進んでいた。時には賄賂、時には宵闇に紛れて、時には壁に穴を開けて、時には――
「ねー、まだー?」
「わかったよ…………もう、良いか」
ライルが道中の苦労を思い出していた時もカバンからの催促は止まなかった。仕方なく周囲を見渡し人気が完全に無くなった事を確認すると、ライルは鳥かごを取り出してカーテンを半分開けてやった。
「ふぅー……この暮らしも楽じゃ無いわー、息苦しいったらありゃしない」
鳥かごの中でダラけた格好をしながらエミリーが宣う。
「お前な……」
「あーお腹すいて来た……ねー、そろそろごはんちょーだーい。りんごがいーなー」
「…………捨てて行きてぇ……」
ライルは頭を抱えてその場でしゃがみ込んだ。
妖精の国までもう少し、二人の愉快な旅はまだ続く。
「ねー、ごはーん」
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