手を取り合って(2)
私とレイジが先頭に立ち、騎士たちが砦の門をくぐる。
それを、バスティエ騎士団の面々が歓声を上げて出迎えてくれた。
「皇太子殿下、名誉団長、ご支援感謝します!」
「おかげでバスティエ領は……帝国国境は無事です!」
私たちはその歓声に手を振って応える。
「ああ、厳しい戦況を皆よく耐えてくれた。お前たちのおかげで帝国は守られた」
「本当に、皆が国境を守ってくれて嬉しいわ」
砦の奥では、バスティエ伯爵が待っていた。
「クラリス、行っておいで」
私は手綱を奪い取って背中をぽんと押す。
クラリスは小さくうなずいて馬から降りると、伯爵に向かって駆けだして。
「父様!」
「クラリス、よくぞ無事に戻ってきた」
「当様こそ、無事でよかった……!」
国境が破られていれば、この光景が見られることはなかった。
無事に再会できた一家の姿に、私は目頭が熱くなるのを感じる。
「俺たちも行こうか、ゆっくりな」
「ええ、そうしましょう」
私とレイジも馬を騎士たちに預けると、ゆっくりとした歩みで伯爵の下へ近づく。
「再会の喜びをかみしめているところすまない。急ぎ頼みたいことがある」
「殿下、伺おう」
クラリスがはっとして伯爵から離れ、私の下へと駆け寄ってくる。
「お嬢様、ありがとうございます」
「いえ、ふたりが無事に再会できてよかったわ」
私はクラリスの頭を軽く撫でて、バスティエ伯爵に向き直る。
「すまないが、ここを俺の仮拠点として一時的に借り受けたい。講和会議の調整はここからさせてもらう」
「もちろん、問題ない」
バスティエ伯爵ってレイジ相手にも同じ口調なんだなあ……とどうでもいいことを考えてしまう。
「ステラ。ディゼルド騎士団の扱いはどうする?」
「そうね……ここから帝国領内を通って、帝国との街道経由でディゼルド領に戻ってもらうのが一番だと思うけど」
「わかった。通行権限は俺が出そう」
レイジの打てば響く感覚は心地よい。私は心が落ち着くのを感じながら。
「ただ、すぐに動かすのは酷だから、せめて一泊はさせてちょうだい」
「当然だな。バスティエ伯爵、彼らをねぎらうためにもてなすだけの食料の余裕はあるだろうか?」
「問題ない。宴会、準備する」
バスティエ伯爵が、ディゼルド騎士団のために即決で宴会を開くと決めてくれた。
それがなにより嬉しかった。
宴会といっても、まだ戦争中の扱いではあるため警戒は怠れない。一部の騎士は監視に回り、酒もなしという簡素なものになった。
だけど、久しぶりに安心して食事ができるとあって、ディゼルド騎士団の面々はかなり落ち着いた様子でバスティエ騎士団との会話に花を咲かせているようだった。
……いつの間にか、いかに私が互いの領地の国境を救ったのかという話になり、友好都市の同盟を結ぼうという話にまで発展するとは思っていなかったけど。
そんな喧騒から離れた場所で、私とレイジ、そしてバスティエ伯爵はある人物と向き合っていた。
「自決するつもりはないようだな?」
「へへっ、命は助けてもらえるとあればそりゃね」
クラリスが捕らえた敵軍の指揮官、フランツである。
「それは、貴様がどれだけポーラニア帝国に利益をもたらすかによって変わってくる」
レイジはフランツの軽口に相手することなく問う。
「貴様はルナリア王国軍の指揮官としてポーラニア帝国との国境に侵攻を仕掛けた……雇い主はルナリア国王だな?」
「ああ、そうだよ。あいつは結構な金額で俺を呼びつけ、軍の指揮を命じた。撤退は許されない、成功以外は死あるのみだって脅されてな」
「それだけの大仕事を、表面的には金だけで受けたと?」
「金さえもらえれば、やりようはいくらでもあるさ。結局逃げ切れなかったんだけどな」
「今回の侵略戦争には、イクリプス王国王太子、オースティン・イクリプスが関与している……違うか?」
レイジの問いに、私は発言記録をとっていたペンを落とした。
「レイジ、今なんと……」
「ステラ、すまないがもう少し待っていてほしい」
レイジは私の問いを制止すると、視線を逸らさないままフランツを問い詰める。
「それで、どうなんだ?」
「確信がありそうな顔をしていやがるな……」
フランツはしばし回答を渋っているようだったが、レイジが確信をもって問うているのだとわかると、嘆息とともに口を開いた。
「側近の会話を盗み聞きしただけだから証拠は持ってねえが、オースティン王太子がうまい話を持ち掛けてきたからそれに乗っかっているって話だぜ」
「そんな……」
あまりに想定外の人物の関与に、私は震える手を抑えられない。
「貴様もその認識なら、ほぼ確定だろうな……貴様はそれがうまくいくと思って乗ったのか?」
「そりゃあね。帝国と王国の二大戦力をイクリプス王国で釘付けしているうちに、警戒心が薄れて平和ボケした帝国の国境を破る。そんなに難しいことじゃないと思ってたさ」
「だが、実際には違っただろう?」
「ああ、想定以上に国境は堅かった。油断も隙もありゃしねえし、騎士の戦力も想定以上に鍛えられている。日を追うごとに焦ってきて、でもまだお前さんらは来ないと思っていたんだが……早かったな」
「こちらを甘く見すぎたな……ステラがバスティエ伯爵領に赴いて騎士団を鍛え直したことが、こうして国境を守り抜くことにつながったわけだ。本当に、ステラはこの国の救世主だよ」
「レイジ……ありがとう」
私が人生を賭けて守ってきた国がそんなことになっていたなんて思いもしなかった。
苦しい気持ちを慰めてもらえたようで、重く沈んだ私の胸の内が少しだけ軽くなった気がする。
「それもこれも、嬢ちゃん……戦姫令嬢の力あってのことってわけか。こりゃ敵うわけねえや」
フランツは縛られた両手でお手上げだと言わんばかりに手のひらを開いた。
フランツの身柄は私たちが帝都に戻るまでは拘束し、帝都に戻って改めて処遇を決めるということになった。
雇われ傭兵であり、取引に応じたフランツは、死罪にするよりも利用したほうがいいかもしれないというレイジの判断で。
次に、レイジは講和会議への参加を要請する手紙を部下に持たせて送り出した。
「講和会議ではステラにとってつらいものを見せることになるかもしれない。それでも……一緒に来てくれるか?」
レイジは上目遣いで私に問う。
年相応の不安を宿したその瞳を見つめていると、なんでも許せてしまいそうで……。
「もちろんよ。すべての決着をつけるために……一緒に行きましょう、レイジ」
私はレイジに右手を差し出す。
レイジはそっとその手を握り返して、私たちは穏やかに微笑みあった。
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