手を取り合って(1)

 私たちの部隊がルナリア王国軍にぶつかると、敵軍は目に見えて混乱し始めた。


「押して押せ! 奴らに立て直す時間を与えるな!」


 私はこれまであまり選ばなかった正面からの突撃を選択する。あくまで無策ではなく、そうすることがもっとも効果的だと判断したからだ。

 混乱しながらも、敵軍は陣形を少しずつ立て直し、こちらに応戦してくる。しかし、その姿勢は打ち破るというよりは安全に退くという意識が強い。押し切られる前に撤退しようという雰囲気を思わせる。


「道を開けろ! さもなくば貴様らが帰還する道はないと思え!」


 脅しを入れながら、私は他の騎士たちと力を合わせて戦線を押し込んでいく。

 そこに、


「貴殿がここの総大将か!」


 私めがけて震えるほどの大声が浴びせられる。


「総大将ではないが……指揮官ではある。我が名はステラリア・ディゼルド。ディゼルド騎士団の団長名代を務めている」

「ステラリア・ディゼルド……? こいつは大物とぶつかっちまったな! そりゃ勝てねえわけだ」

「貴様も名を名乗れ!」


 私が馬上で剣を構えると、そいつは剣を持たずに手を肩まで上げて。


「俺の名はフランツ。ルナリア王国に指揮官として雇われたしがない傭兵さ」

「そうか。で? 一騎討ちをご所望か?」


 どこか飄々とした雰囲気のそいつに、私は警戒心を解くことなく問い続ける。


「まさか。俺は交渉に来たんだ」

「交渉?」

「ああ。三方向から攻められて、こちらの軍が壊滅するのは時間の問題だ。負けが決定している戦いに挑み続けるほど、ルナリア王国に義理は感じちゃいねえ。だから、俺たちはここで降参して撤退するから見逃しちゃあくれねえか?」


 言動こそ飄々としているが、このフランツという男、瞳の奥に底知れないものを感じる。

 間違いなく、言葉通りに受け取っていいものではない。


「それを受けることに、こちらはなんの意味がある?」

「犠牲者はひとりでも少ない方がいいだろう?」


 なかなか過激な考え方だ。

 たしかに、いくら優勢とはいえ敵軍を壊滅まで追い込もうとしたらいくらかの犠牲は避けられない。

 とはいえ、それを素直に受け入れるほど愚かなことはないだろう。


「貴様がおとなしく捕縛されて、事の次第を洗いざらい吐いてくれるなら認めてやってもいい」

「おっと、そいつは厳しいね。俺はしょせん雇われ傭兵。指揮官としてこの戦いを勝利に導くよう依頼されてはいるが、なぜ戦うことになったっていう背景については知らねえし興味もねえ」


 こいつが本当にただの雇われ傭兵であったのなら、この発言には一定の信ぴょう性があるといっていい。

 だけど、私の経験がそうではないと警鐘を鳴らしている。

 こいつはただの雇われ傭兵という枠にとらわれる人物ではないと。


「貴様……内情を知っているな?」

「いやいや、言っただろう? 俺はただの雇われ指揮官で、ルナリア王国の内情なんざ教わってないって」


「ああ、教わってはいないんだろう。だが、自力で調べておおかたのあたりは付けているんじゃないか?」

「ねえよ。なんでそう思うのか理解できねえよ」


「傭兵には武力も必要だが、世の中をうまく渡るには情報も必要だ。貴様ほどの人物なら、ルナリア王国の内情を調べて利用するくらいはして当然だと思ったまでだ」

「買いかぶりすぎだぜ。しかしまあ、そこまで危険視されているとなるとますます逃げなきゃなんねえ、なっ!」

「待てっ!」


 フランツは急に馬を翻し、敵軍の中へと紛れ込んでいく。

 私は慌てて後を追いかけるが、敵軍の攻撃を避けながらなのでなかなか追いつけない。


「ちっ、しつこい……!」


 必死の形相で逃げるフランツ。私も全力で追いかけるが、剣の鍛錬と比べて馬に騎乗する練習は機会が少なく、思うように追いかけることができない。


「くっ、待て……!」


 思わず口に出したその悪態を、奴は聞き逃さなかった。

 一直線に逃げるのではなく、敵軍の騎士たちの間を縫うように逃げていく。それに応じて私も手綱を操って追い詰めようとするが、


「っ、と!」


 一瞬、馬が予想外の動きをして私の意識が手綱にとられた、瞬間。


「そこだっ!」


 フランツはどこから取り出したのか、小剣を私の首元に向けて投げつけた!


(まずい……っ)


 体勢が崩れている今、確実にこの小剣を回避する手段は、ない。

 手綱を離して腕でかばえば致命傷は避けられるけれど、腕をケガして落馬でもしてしまえば、その隙に殺されてしまうことは間違いない。


 それでも、そのまま小剣に刺されるよりはマシか……そう考えて腕を差し出した。

 そのとき、私の目に飛び込んできたのは。


「なあっ!?」


 小剣の軌道にぶつかるように横から飛んできた剣が、小剣を打ち落とした、一瞬の出来事だった。


「ステラ、無事か!」


 私の耳に飛び込んできたのは、聞きなれたレイジの声。その手に剣はない。

 レイジの投げた剣が、飛んできた小剣を打ち落としていたのだ。


「え、ええ、助かったわ」

「げえっ、皇太子!? くそっ、こんなところで捕まってられるか……!」


 レイジがこちらに駆け寄ってくる間に、フランツは再び馬を駆って遠ざかっていく。


「まず、い……!」

「お嬢様!」


 私の様子を察してか、後方からクラリスも追いかけてきたようだ。

 これなら、もしかしたら……!


「クラリス、お願い。あいつを追って!」

「えっ!? しかし、お嬢様が……」

「私は大丈夫だから。早く!」

「は、はいっ!」


 私が切迫した声で頼むと、クラリスはさほど速度を落とさずにフランツのもとへと突っ込んでいった。


「ステラ!」


 レイジが合流したので、少なくとも周辺の安全は保たれるはず。


「レイジ、来てくれてありがとう。あいつがここの総指揮官よ。あいつを捕まえれば、すべてがわかるはずだわ……」

「無理しないでくれ。戦場でこれほど血の気が引いたのははじめてだ」


 レイジは震える手で私の肩に手を乗せる。私はその右手に右手を重ねると。


「ふふっ。気を付けるけれど……すぐには治せそうにないわ」


 そう言って小さく笑った。


「クラリスは大丈夫なのか?」

「ええ。彼女は私よりも馬術がすぐれているわ。きっとすぐに……」


 クラリスの方を見やると、ちょうどフランツの馬に追いついたところだった。

 フランツは何事か抵抗しているように見えたけれど、暗器の小剣も失ったことで抵抗する手段を失い、ほどなくしてクラリスの手によって捕らえられた。


「やりました、お嬢様!」

「見事よ、クラリス。あなたのおかげで国境の防衛は果たしたと言っていいでしょう」


 クラリスがフランツを私のもとに引っ立ててくると、レイジは慣れた手つきで猿ぐつわをかませ、手足を縛る。


「よし、こいつは今回の侵攻における重要人物だ。くれぐれも殺すことなく丁重に扱え」


 レイジは部下にフランツを引き渡し、厳重な監視下に置かれる。



 ほどなくして、指揮官を失った敵軍は戦意を喪失して撤退。

 私たちも深追いすることはなく、ついにイクリプス王国、ポーラニア帝国とも国境が侵されることはなかった。

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