共同戦線(6)
レイジとの打ち合わせの結果、私たちの部隊はイクリプス王国側の戦況を敵陣に伝えさせないための小部隊と戦況の監視を残して大休止をとることに決めた。
「本当に取り返しがつかなくなる前には起きて突入する。この一日で戦況が動かなければ、俺たちの勝ちだ」
疲労がたまった状態で突撃してもじゅうぶんな成果を得られないかもしれない。だけど、全員が休んでいるうちに国境が破られてしまったら意味がない。
加えて、イクリプス王国側の侵攻軍が敗走したことがポーラニア帝国側の侵攻軍に伝われば、背後を警戒されてしまう。
最小限の負担でそのリスクを抑止できるのであれば、大半の部隊を休息させて万全の体制で仕掛けることができる。
「明日は決戦になる。ふたりはゆっくり休んでくれ」
「当然よ。レイジもちゃんと休みなさい」
「ああ、そうさせてもらおう。そちらは任せた」
私たちはそれぞれの部隊に分かれ、具体的に指示を飛ばしていく。
「お嬢様、いいのですか?」
ふと、私の後ろに控えていたクラリスがそう問うてきた。
「なにが?」
「部隊への指示は私でもできます。それよりも、殿下の傍にいた方がお嬢様も安心できるのでは?」
クラリスの言うことはもっともかもしれない。今はもう、傍にいることに抵抗なんてないんだから。
だけど。
「そのつもりはないわ。レイジが直接監視することなく、私を信頼してディゼルド騎士団を任せてくれている。そうしてお互いにひとつの目標へと向かっていることが、私にとって何にも代えがたい喜びなの」
私は偽りなく答える。レイジに頼るのではなく、レイジと背中を預けあって戦える現状こそ、私がなにより求めていたものなんだと。
「……そうですか、それならばなによりです」
翌日。じゅうぶんな睡眠と食事をとった私たちは、最高のモチベーションで敵陣が見える位置に整列した。
「ディゼルド騎士団にとって、ルナリア王国とポーラニア帝国間の戦争に参加するのははじめてのことである。自分たちの関係しない国同士の戦争に関与することに対して身の危険を負うことに不満を持つ者もいると思う。だけど、ここで国境を破られてしまえば、ルナリア王国軍はポーラニア帝国を制圧し、取り込んだ戦力でイクリプス王国に攻め込んでくるだろう。ここでルナリア王国軍を押さえることは、巡り巡ってイクリプス王国を守ることに繋がるのだと理解してほしい」
私は出撃を待つ騎士たちにそう演説する。
騎士たちは静かに私の演説に耳を傾けていた。
「私はかつて戦姫令嬢ともてはやされ、しかし結局はポーラニア帝国に敗れ、帝国に引き渡されるという屈辱を味わった。しかし、結果的にはそれでよかったのだと思っている。私はレイジ殿下の婚約者となり、帝国との関係は良好なものとなった。この戦いは、両国友好の歴史の最初の一ページとして刻まれることになるだろう。そこに名を刻まれることを誇りに思え! その象徴たる私と共に戦場を駆けることを名誉と胸に刻め! 私たちがイクリプス王国の未来を切り開くのだ!」
私が剣を掲げると、騎士たちの間に歓声が上がる。
私は思わず胸が熱くなるのをなんとかこらえ、戦場に向き直った。
「ここからは一刻一秒を争う。ルナリア王国軍の迎撃態勢が整う前に攻撃を仕掛けて敵軍を混乱に陥れるのだ。出撃!」
私の号令の下、ディゼルド騎士団が行動を開始する。それと同時に、帝都騎士団も行動を開始したようだった。
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ポーラニア帝国の国境を守る砦の門はいまだ堅く閉ざされている。
ルナリア王国正規軍の攻撃に対して、ポーラニア帝国の国境防衛軍は的確に守りを固めて砦の上からの弓や投石でルナリア軍の戦力を削ぎ続けた。
主力である帝都騎士団がイクリプス王国に向かい、ルナリア王国呼予備軍と衝突したことはあちらの使者からの手紙で伝わっている。だから、目の前にいるポーラニア帝国軍が帝都騎士団の者でないことは間違いない。
しかも、ここしばらくは挑発行為も控え、砦を守る騎士たちの防衛意欲も落ちていたはずだ。奴らが相手なら、俺たちが後れをとることはない。
だというのに、目の前の帝国軍は俺たちの攻撃を耐え続けている。耐えていればいずれ援軍が来ると信じて疑わないような迷いのなさで。
このままでは、いずれ予備軍が壊滅して帝都騎士団がこちらに向かってくるかもしれない。そうなる前に見切りをつけて撤退したい……が、俺たちに撤退は許されていない。
ならば、一刻も早く砦を落とすしかないのだ。
「将軍! 申し上げます!」
そんなことを考えているうちに、ひとりの騎士が私のもとへと駆け寄ってきた。
奴は確か、後方部隊の小隊長だったはず。いったいなぜここへ……?
「どうした」
「敵襲です! 背後と右翼が敵軍と思しき部隊から攻撃を受けています! 背後の部隊はおそらくポーラニア帝国の帝都騎士団、そして右翼の部隊は……おそらくイクリプス王国のディゼルド騎士団です!」
「なんだと!?」
予備軍とはいえ、遅滞防御に徹した部隊であれば防衛線が突破されるまではまだしばらくかかると思っていた。いったいどうやって……?
しかも、帝都騎士団だけならまだしもディゼルド騎士団まで加わっているとは。
この大陸でも最強と言っていい二大戦力が、揃って俺たちの軍に攻めかかっていることになる。
「ちっ……潮時だな。おい、撤退の準備をしろ」
「し、しかし、撤退は死罪だと……」
「そんなこと言ってられる状況か! ここからひっくり返すなんて無理だろ、奴らは国境さえ守れればいいんだから俺たちを執拗には追ってこないはずだ。近場の町でお上からの『ご指導』をかわして、その間に奴らがお上をなんとかしてくれることに期待しようや」
「は、はっ! 全軍に伝えてまいります!」
小隊長は俺の言葉を受けて後方へと駆けだした。
俺は小さく頭を抱える。
「はあ、俺の手には負えなくなってきたな……」
ルナリア王国の頼みで動いてきたが、蓋を開けてみればまともな国じゃあねえし、こんな戦力を相手しなきゃならねえし、俺ひとりの手でどうにかできるものじゃねえな。
しかも命まで追われるようでは、ますます忠義を尽くす気にもならなくなってくる。
「そろそろ河岸を変えるかねえ」
俺は前方の部隊にも指示を出しながら、少しずつ撤退の準備を整え始めた。
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