手を取り合って(3)
ルナリア王国は、レイジが提案したポーラニア帝国主導の講和会議への参加に合意した。
会場は、ルナリア国王が最初に侵攻したイクリプス王国グライン領で行われることとなった。
「マックスウェル陛下、オースティン殿下、お久しぶりです」
講和会議の場には、私とレイジのほかにイクリプス王国の国王陛下と王太子殿下が参加している。
それだけ今回の急な戦争を問題視しているということでもあり、ルナリア王国に対する糾弾は厳しいものになるでしょう。
「うむ。ステラリア嬢、此度の支援、誠に感謝する」
「今はまだ、イクリプス王国民であることに変わりありません。国家の危機を持てる力で救えたこと、嬉しく思います」
陛下の労いに頭を下げる。
ディゼルド領をめぐる攻防に勝って幾度となく感謝のお言葉をいただいたことはあるけれど、それはどれも戦場から離れられない私に宛てた書面でのものだった。
本当はポーラニア帝国の戦争に勝ってこの言葉をいただきたかったけど……今はこれでじゅうぶんだ。
「レイジ殿下、ポーラニア帝国との国境も侵攻されている中、グライン領を見捨てずに敵軍を崩してくださったこと、感謝の念に堪えません。この講和会議とは別に、感謝の気持ちを贈る機会をいただきたい」
「我々とて、奴らを放棄したまま自国のみを守ることは困難だと判断したまで。それに、今後の話はこの講和会議が終わってからにしてもらいたい」
レイジは平時と変わらず無表情で陛下に答えると、オースティン殿下に視線を移す。
(うん?)
殿下はレイジと目が合うと、気まずそうにうつむいた。
---
講和会議においては、レイジが主導して各国の要求のとりまとめが行われた。
大きな円卓に、レイジと私、国王陛下と王太子殿下、それからルナリア王国の宰相の五名が着席している。
ルナリア王国から出席した宰相からは、
「我が国に継戦の意思なし。領土を割譲するつもりはないので賠償金のみで対応したい」
という申し入れがあった。
「と言っているが、イクリプス王国の意思はどうだ?」
「我々としましても、国土の拡大は望んでおりません。賠償金をいただけるのであれば問題ないかと」
「そうか。それで、ポーラニア帝国からの要求だが……」
レイジはひと呼吸おいて、
「ルナリア王国からの侵攻がなぜ行われたのか、その理由を知りたい」
「……それは、我が国は長らく国境地域の領有権を主張しており、その奪還のための正当な出撃で」
「俺が聞きたいのはそういうことではない」
宰相の回答を待たず、レイジは重々しい声を発する。
「今回の侵攻は、イクリプス王国……具体的にはそこのオースティン王太子から依頼を受けて行われたものだ。違うか?」
「貴様、よりによってこの場でそんな暴論を……!」
殿下が思い切り机を叩いて立ち上がる。
私は目の前で起きている展開に身をすくませるばかりで、一言も発することができない。
「証拠ならここにある。イクリプス王国側に残っていたものしかないが、それでも証拠としての能力に不足はないだろう」
レイジは懐からいくつかの紙を取り出し、机に広げた。
私はその中の一枚をおそるおそる手に取る。
そこには、ルナリア王国がどのような日程で侵攻を行うのかが具体的に書かれていた。明らかに私たちの婚約披露パーティーに合わせてのもので、オースティン殿下はそのパーティーに参加する名目でディゼルド領へ赴き危険を避けるべしとまで記されている。
「これ、は……」
もしこれが本当にルナリア王国から送られたものであれば、オースティン殿下はルナリア王国と通じてイクリプス王国を攻めさせたということになる。
だけど、どうして……?
「そんなもの、帝国がステラリアを奪うためにでっち上げた偽造文書に決まっている!」
殿下はなおも反論する。
……うん? 私を奪う?
「すでに俺とステラの婚約は成立している。今更奪うなどという理由で文書を偽造する必要はない。が……この文書がオースティン王太子の部屋から見つかったことを証言してくれる者がいる」
そういうと、レイジは議場の外からひとりの人物を呼び出した。
線は細いけど、しっかりとした意志を瞳に宿した赤髪の少年。
私はどことなく既視感を覚える。
「お久しぶりです、お姉様」
「アラン!? どうしてここに……」
数年も見ていなかった、弟の姿がそこにあった。
確か、王都で学園に通いながら殿下の補佐をしていたはずだけれど……。
「この少年、アラン・ディゼルドこそ、オースティンの部屋にあった証拠を見つけ、我が国に通報してきた張本人である。彼はステラと同じディゼルド公爵家の令息であり、アランを疑うということはすなわちディゼルド家を疑うということでもある。それでもなお、申し開きがあるというなら聞こう」
レイジは静かに、しかし言葉の端々に怒りを滲ませるように言い放つ。
「オースティンよ。本当にお前が、王太子たるお前が我が国にルナリア王国軍の侵攻を要請したというのか……?」
マックスウェル国王はすがるように殿下へと問う。
皆の視線がオースティン殿下に集中する。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「ステラリアは素晴らしい女性であり、私と共にイクリプス王国の国母として国を支えてほしいと思っていた。だが、何度求婚しても相手にされず、挙句の果てにはステラリアを戦場に縛り付けていたポーラニア帝国がステラリアを奪っていった。ステラリアのいないこの国に俺が求めるものなどない。帝国が落とされ、賠償として皇太子が処刑されれば、ステラリアは俺のもとに来ると思っていた」
うわずった声で、殿下がぽつりぽつりと語る。
殿下にも殿下なりの想いがあって、私を求めてくれていたんだ。運命の悪戯とひとことで表せるようなものではないけれど……それが国すら傾けていいということには断じてなりえない。
「なあ、ステラリア。やっぱり俺と一緒にイクリプス王国を治めてくれないか。ふたりでこの国を帝国にも負けない都市に発展させてみないか」
殿下は私の方へ一歩踏み出すが、すぐ衛兵に止められる。
……その目に生気はすでになかった。
「申し訳ありません、殿下。私は私の意志で、レイジと共に行くと決めました。あなたと共に生きることはできません」
はっきりとそう告げると、殿下は膝からくずおれた。
「どのような理由であれ、あなたのしたことは王太子として許されることではありません……しかるべき処罰を受けてください」
がっくりとうなだれた殿下を、衛兵が外へと引きずり出していく。
私も、国王陛下も、レイジも、それをただ見届けるしかなかった。
オースティン殿下が退場した後の講和会議は、レイジの独壇場だった。
ルナリア王国からは戦時支出を超える賠償金を勝ち取り、イクリプス王国はルナリア王国からの賠償金を得つつも、迷惑料としてその大部分をポーラニア帝国に支払う形となる。
私や、召喚されてから議場にいたままのアランはというと、ほとんどやることがないままに目の前のやり取りをただ眺めることしかできなかった。
「すまない、ステラ。本当はこんな場面、見せたくなかったんだが……」
「いえ、私にとっても必要なことだったと思う」
会議を終え、控室のソファに私たちふたりは腰を下ろす。
アランはマックスウェル国王に従ってイクリプス王国側の控室に向かったようだ。
「それにしても、レイジはこのことを前から知っていたのよね? どうして私に教えてくれなかったの?」
落ち着いたところで、これまで聞けずにいた疑問をレイジに投げかける。
「ステラには、このことで気をわずらわせてほしくなかったんだ。どんな形であれ、あいつのことを考えてほしくなくて」
レイジは目を背けながら答えた。その頬はわずかに膨れているように見える。
「ステラが俺に守られるばかりでは嫌だという気持ちは理解できるつもりだ。それでも、ステラをなるべく危険なことから遠ざけたいと思う気持ちが強いことはステラにも知っていてほしい」
……どう取り繕っても、レイジが心から私を心配していることが伝わってくる。
重く沈んでいた胸の内がふわっと暖かくなったのを感じる。
「はあ……仕方ないわねえ」
私はため息をつくと、レイジの手をそっと包み込んで。
「レイジが私を心配してくれているのと同じくらい、私もレイジを心配しているってこと、忘れないでちょうだい」
「……ああ、約束しよう」
レイジの微笑みに熱く込み上げてくるものを感じながら。
ようやくすべてが終わったのだと実感したのだった。
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