婚約披露パーティー(1)

 ついに、婚約披露パーティーの日がやってきた。


 皇宮前には朝からあらゆる貴族家門の馬車が列をなしており、上位貴族から順に皇宮の中へと吸い込まれていく。


 パーティーホール舞台袖の控室でセルジュから聞いた話では、今日がパーティーの日であることは平民にも広まっており、誰が皇太子の婚約者に選ばれるのかということがもっぱらの話題らしい。


「まあ、誰も当てられないでしょうけどね」


「でしょうね」


 そう言って話題を締めたセルジュに軽く応える。


 たいした話ではなかったけれど、こうして声をかけてくれるということ自体が私にはとてもありがたかった。


「なんだ、緊張しているのか?」


 そう言って笑うのは、パーティー用の礼服に身を包んだレイジ殿下だった。


 自慢の黒髪をカチッと整えたレイジ殿下はそれまで感じていた野性味が抑えられ、微かに大人の色気を醸し出して私の前に立っている。二十一にしてこの色気はちょっとまずいんじゃないかと目がくらみそうになる二十六歳の私。


 なるほど、確かにこれは帝国のあらゆる貴族令嬢が婚期を遅らせてでも皇太子妃の座を狙いたくなるわけだ。


「当然でしょう? こんな規模のパーティーなんて出たことないもの」


 そもそもイクリプス王国にいた頃ですら一度しかパーティーに参加したことがない。


 それもまだ六歳そこらの幼かったころで、この会場……皇宮のパーティーホールよりも数段小さい王宮のパーティーホールで同年代の貴族令嬢令息が顔を合わせるためのものだった。


 当時とは年齢層も規模も何もかもが違う。


「緊張するなとは言わん。まったく緊張感がないよりはよっぽどいい。ただ、やるべきことはやってくれよ」


「も、もちろん、任せてちょうだい」


 私は拳をぐっと握りしめ、それを見やるように視線を落とす。


 私が身にまとっているのは、先日レイジ殿下から贈られた例のドレス。短剣も忍ばせているが、そのせいで動きにくいということはない。


 よくできたデザインだと改めてレイジ殿下の多才ぶりに驚嘆する。


「とてもお綺麗ですよ、ステラリアお嬢様」


 そう言って心からの笑顔を浮かべたのは侍女でもあるクラリスだった。


 クラリスはバスティエ伯爵令嬢としての立場もあるため、今日は私と同じようにパーティー用のドレスに身を包んでいる。


 彼女の雰囲気を引き立てる薄桃色のドレスは、レイジ殿下が私のドレスに施したデザインをもとに、やはり脱げば動きやすい服装になるギミックが仕込まれている。


「そう言ってもらえるなら、あなたに好き放題させた甲斐があったわ」


 この一か月、私はクラリスのされるがままに髪の手入れやオイルマッサージをしてもらっていた。


 休む間もなく戦場に立ち続けた影響で荒れた髪や肌にはうるおいが生まれ、見たこともないようなツヤを手に入れていた。


 これなら、帝国に渡ってきたときと比べれば多少見栄えはするだろう。


 その反面、剣の鍛錬はおろそかになってしまった。ひと月で錆びる程度の腕ではないが、落ち着いたら鍛錬の時間を確保させてもらおう。


「はい、私の自慢のお嬢様です。どうか自信を持ってパーティーに臨んでください」


「ええ、そうさせてもらうわ」


 私がそう応えたタイミングで、パーティーホールから拍手が沸き起こる。アーサー皇帝陛下がホールの舞台に顔を出したようだ。


 婚約披露パーティーが、始まる。


   ---


「今日は、我が息子レイジの婚約披露パーティーに多くの貴族家門に参加いただき感謝する。聞いた限りでは招待した家門はすべて出席していると聞いている。諸君らがそれだけ皇太子を大切にしてくれていることを、まずはうれしく思う」


 アーサー陛下の挨拶が始まり、出席している貴族たちは静かに聞き入る。


 あえて「まずは」なんて言ったのは、派閥の関係で皇太子に反発しているが皇太子の婚約者に関心はあるという家門に対する当てつけのようなものだろう。


「皆も知ってのとおり、私の子はレイジひとりだけだ。皇后を喪い、後妻を迎えないと宣言した私は、レイジに帝国すべての期待を背負わせてきた。その重さは私の想像すら超えるものであろう。そのことをずっと申し訳なく思ってきた」


 私が対面した際に感じられた皇帝の威厳は変わらず放たれている。しかしそこに立っていたのは、皇帝陛下であり、それ以前にひとりの父親であった。


「その期待に応え続けた息子のために私ができることは、結婚相手は自分で決めたいという彼の願いを聞き入れることくらいだった」


 確かに、普通なら帝国の仇敵を婚約者に迎えるなんて無茶、容認されるわけがない。それを押し通せたのは、この親子の関係があったからこそ、か。


「婚約者が決まるまでに長く時間がかかったが、ようやく息子の心に決めた相手ができたことをまずはうれしく思う。その相手が皆の望むものではないかもしれないが、私はこの婚約、および結婚については一切関与しない。私に何らかの申し入れをしようとしても聞き入れるつもりはないと宣言しておこう」


 陛下の宣言に会場の一部がざわつく。単なる不干渉宣言にも思えるが、その発言の意図を見抜いた人がいくらかいたようだ。


「では、本日の主役に登場してもらおう。ポーラニア帝国皇太子、レイジ・ド・ポーラニアと、その婚約者の入場だ」


 陛下が私とレイジ殿下を招くように手を差し向ける。


「いくぞ、ステラリア令嬢」


「ええ、レイジ殿下」


 私はレイジ殿下の腕をとって、ゆっくりと舞台へ足を踏み入れた。

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