婚約披露パーティー(2)

 私たちが舞台に姿を見せると、会場が一気にざわめいた。


 レイジ殿下の隣にいるのは誰だ、と。


 声の大きい貴族の話が聞こえてくる限りでは、主要な貴族令嬢は全員ホールにいて、私が何者であるかはまったくわからないらしい。


 そんな声を適当に聞きながらゆっくりと歩き、アーサー陛下の隣に立ったあたりで、ホールの一角から私の名を呼ぶような声が聞こえた。


「ステラリア・ディゼルド!? あの、帝国に甚大な被害を与えた戦姫令嬢が!?」


「帝国の仇敵じゃないか! なんでそんな奴が皇太子殿下の隣に……!?」


 ついにその声はホール全体に広まり、怒号にも近い騒ぎが巻き起こってしまう。


(こうなることは予想通りだけど、それにしてもうるさいわね)


 かつての敵国の令嬢が帝国皇太子の婚約者になるなどまったくもって認められないと言わんばかりのその騒ぎを前に、私は少しだけレイジ殿下に同情する。


「静まれ! 私が許すまでに発言したものはここから退去させる!」


 レイジ殿下の一声で、会場が即座に静まり返った。


 戦場でもはっきりと聞き取れたよく通る声は、ホールでも相変わらずの効果があるようだ。


「……よろしい。ポーラニア帝国皇太子、レイジ・ド・ポーラニアだ。私の婚約披露パーティーに子爵以上の全帝国貴族が参加してくれたこと、感謝の念に堪えない」


 会場の困惑などまるで気にしないといった様子でレイジ殿下が挨拶を始める。


「帝国唯一の皇子として早くから皇太子としての期待を寄せられていた私には、幼いころから婚約の打診が絶えなかった。しかし、思うところあってこの歳になるまで婚約をしないでいた。その間、帝国民の皆には心配をかけたことを申し訳なく思う。だからこそ、私の婚約者が定まり、それを披露する場には感謝を込めて多くの貴族に参加してもらいたかった」


 殿下の挨拶を聞く貴族たちは一様に複雑な表情を浮かべている。


 それはそうだ。本来ならばその隣に立っていてほしいのは自分の家門の令嬢であったのだから。


「もう気づいたようだが……私の婚約者はここポーラニア帝国の人間ではない。先日長きにわたる戦争が終結して国交が開通したばかりのイクリプス王国、その公爵令嬢であるステラリア・ディゼルド令嬢を婚約者として迎えることとした」


 そう言ってレイジ殿下は私に視線をよこして微笑を浮かべる。不快な微笑ではなく、穏やかなもので。


「なぜ帝国の貴族令嬢ではなくポーラニア王国の、しかも戦争で我らの前に立ちはだかった戦姫令嬢その人を婚約者に迎えたのか。その疑問に私から応えることはたやすいが……彼女の声も聞きたいだろう。ステラリア、よろしく頼む」


「っ!? は、はい」


 びっくりした。突然呼び捨てにされるとは……。


 これが控室や皇太子宮の自室なら動揺していたかもしれない。しかし、今はそれどころじゃない。


 私はひとつ深呼吸して、練習したとおりの礼をホールの貴族たちに示す。


「殿下にご紹介いただきました、イクリプス王国ディゼルド侯爵家の長女ステラリアと申します。ほとんどの皆さまとははじめてお会いするものと存じます。戦場で直接相まみえた方以外は」


 そう言って、私は最初に声を上げた人物に視線を送る。


 メルロ子爵家の令息、アレックス。彼は戦場で見かけた覚えがあった。


「確かに、我がイクリプス王国は長年にわたりポーラニア帝国と戦争状態にあり、私もまた国境を守るディゼルド家の一員として戦場に立ち、帝国に直接の損害を与えた人間です。しかも、最終的にはレイジ殿下の率いるポーラニア軍に敗れた。そんな者がなぜポーラニア帝国皇太子の婚約者になったのか、疑問に思われていることでしょう。その疑問こそ、私を婚約者に選んだ理由なのです」


 誰も声を発していないのに、会場がざわついた。


「大陸一の帝国と名高いポーラニア帝国。自らが大陸の覇者だと信じて疑わず、貴族の皆さんは代々受け継がれてきた事業でじゅうぶんな収入を得て、贅沢な暮らしをしている。では、今から一年以内に領地収入を今より多くしなさいと言ったら、いったいどれだけの家門がそれに応えられるでしょうか? この一か月、私は皆さんの顔と名前を覚えながら、帝国に提出した帳簿にも目を通していました。何年も変わらない内訳、微減し続ける収入。このままではいずれ帝国は衰退の道をたどり、大陸一の帝国という名を失うことになるでしょう」


 私の演説に、とくに爵位を持つ当主が怒りに顔をゆがめているのが見て取れた。申し訳ない気持ちになりながらも、私は言葉を続ける。


「ゆえに殿下は、そんな現状を当然と思って満足しているポーラニア帝国貴族との婚姻を望みませんでした。そんな折、イクリプス王国とポーラニア帝国の戦争が終結し、過程はどうであれ両国の交流が生まれました。殿下は停滞したポーラニア帝国貴族よりも、発展著しいイクリプス王国の貴族との婚姻を選んだのです」


 思い当たる節があるのだろう、一部の当主が小さくうつむいた。


 反発するのではなくうつむくということは自覚があるということだろう。早々に改善する意志も出てくるかもしれない。


「みな、私が殿下の婚約者になることを不満に思っていることでしょう。私を婚約者の座から下ろし、自らの娘を婚約者に据えたければ、あなたたちのやるべきことはひとつ。減少傾向にある領地収入を拡大へと転じさせ、私よりも自分の娘の方が帝国発展のために有益であると示すことです。その努力もなく、ただ私に不満をぶつけるだけでは、殿下がそれに応えることはないでしょう」


 そこまで言って、私はレイジ殿下を見やる。殿下は小さくうなずいて。


「発言を許す。今ここで、彼女にもの申したい者は申してみよ!」


 そう、声を上げた。

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