側近セルジュと侍女クラリス(3)
「我がバスティエ家は隣国ルナリア王国との国境を守る武闘派の家門です。私は父・バスティエ伯爵より、『帝都騎士団に入って武働きから皇太子の目に留まり、皇太子の婚約者となること』という使命を帯びて帝都にやってきました。確かに私は帝都騎士団で要職に就くことができ、殿下と顔を合わせる機会もありましたが、彼は私の騎士としての働きにしか目を向けませんでした。帝都騎士団の他の将と比べると実力の劣る私は殿下から重用されず、父からの婚約打診も断られていたのです」
私とは異なり、身長こそ低いものの私なんかとは比べ物にならないほど自然に貴族令嬢としての嗜みを身に着けている。
なにより、穏やかな人柄が現れるような亜麻色の長髪と私よりも豊かなその胸部は、帝国の貴族令息を惹きつけてやまないだろう。
そんなクラリスであっても、皇太子の期待に応えるには至らなかったということか。
「鍛錬を重ねても実力が伸びず、殿下の婚約者にもなれなかった私は、帝都騎士団としての活動に限界のようなものを感じていました。そんな折、帝都騎士団がイクリプス王国攻略軍に参加することが決まり、そこでお嬢様と出会ったのです。同じ女性でありながら防衛軍を自ら率いて戦い、私では到底かなわない強さを持ったお嬢様を、私は敵でありながら尊敬していたのです」
まさかそんな風に見られていたとは。
クラリスは止まることなく言葉を続ける。
「戦争が終わり、帝都に戻っている間、私はこのままでよいのか悩んでいました。そんな折、殿下から今回のご依頼をいただき、『これだ!』と思ったのです。尊敬するお嬢様を支えつつ、これまでの経験を生かして護衛もできる……このとおり」
そう言って、クラリスは背中を向いてエプロンの結び目あたりに手を伸ばす。
そこには、服と同じ色で見えにくくなっているが小剣が隠されていた。
「きっとこれから、お嬢様には多くの刺客がお嬢様を害さんと襲ってくることでしょう。お嬢様ご自身も返り討ちにできる実力がございますが、ずっと気を張り詰めるわけにもまいりませんし、状況によっては戦えない場面もありましょう。そんなとき、侍女である私がお傍でお守りできる、これは私にしかできないことでございます」
「ええ、そうね。あなたが侍女になってくれて心強いわ。頼りにしているわね、クラリス」
頼もしいと思う反面、少し残念に思う気持ちもある。
戦場でも警戒していたが、クラリスの騎乗技術は帝都騎士団の中でも飛びぬけて高いように見受けられた。剣の技量では私や男性騎士に劣るところもあるかもしれないが、それさえ鍛えることができれば他の男性騎士にも劣らない強さを得られるのではないだろうか。
たとえば、同じ女性である私が剣術を指導したら……。
(なんて、今更考えても仕方ないか)
クラリスは侍女になる道を選んだ。ならば、私は彼女の選択を後悔させないように、それに応えるだけだ。
「よければ、たまに剣の手合わせをしてちょうだい。剣の腕を錆びつかせるつもりはないわ」
「ええ、望むところです。私でよければお相手いたします」
私がそう言って笑いかけると、クラリスから返ってきたのは先ほどまでの淑女の笑みではなく、戦士としてのそれだった。
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その夜。部屋に運ばれた夕食をいただき、クラリスに無理矢理風呂場へ連れ込まれて全身をくまなく磨かれた私は、用意されていた寝衣に身を包んでベッドへと潜り込んでいた。
「はあー……」
溜まっていた疲れを吐き出すように、私は大きく息をつく。
今日は本当にいろんなことがあった。交戦中の戦場ですら、ここまで一日で怒涛の展開になることはなかっただろう。
処刑を覚悟して渡ってきた帝国で再会したのは、我がディゼルド騎士団を打ち破って戦線を優位に進めて敗北へと追い込んだ仇敵。
野性を思わせる、やや外に跳ねた黒い短髪。細い目を際立たせる深緑の瞳を持つ、帝国皇太子レイジ・ド・ポーラニア。
仇敵だというのに彼に対して憎悪の念が浮かばないのは、憎む気持ちも起きないほど圧倒的な実力があることを戦場で自覚してしまったから。
だからこそ、そんなあいつと婚約することになるとは夢にも思っていなかった。
死ぬか婚約するかという二択は極端すぎるが、私はそれほど死を恐れていたわけではない。辺境を守るディゼルド公爵家の令嬢として戦場に生き、そして死ぬ。そんな終わりでもよかったはずだ。
それでも死より婚約を選んだのは……敗戦してすべてを失った私を、それでも皇太子は必要だと言ってくれたから。
帝国が私の力を求めて、私はそれに応えられる……かどうかはわからないけれど。私がポーラニア帝国で活躍することは、イクリプス王国にとっても悪いことにはならないはず。
私と皇太子の関係は、あくまでこの条件を満たすための一時的な契約でしかない。条件を達成して婚約解消したあとは、帝国の片隅で余生を過ごすのも悪くないだろう。
王国に戻れば、きっと弟……アランの邪魔になってしまう。外から見守ることができればそれでじゅうぶんだ。
「やってやろうじゃない……!」
天井に向かって拳を突き出してそう口にした私は、疲労でまぶたが落ちていくのを感じながら眠りに落ちていった。
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