側近セルジュと侍女クラリス(2)

「今の帝国民であれば、そのように考えるのが自然なことでしょう。私でもこのようなことになっているのが信じられないんだから。だけど……皇太子と契約してしまった以上、私はその考え方を変えさせていかなければならない。私を帝国に引き入れてよかったと。私の行動によって帝国が良い方向に導かれた、私は帝国を導くパートナーなのだと」


「……っ!?」


 その言葉を聞いてか、セルジュの足が止まる。どうしたことかと私も止まってセルジュの行動を待つ。


「そ、そうですか。ぜひよろしくお願いいたします」


 ややあって、たどたどしくそう答えたセルジュは、それ以上何も言わずに歩きはじめた。


 私もそれ以上は言及せず、おとなしく彼の後に従った。


   ---


 やたら広い廊下を抜け、階段を上がり、たどり着いたのは他と比べても豪華な装飾が施された扉だった。


「こちらがステラリア令嬢の私室になります」


「これが……?」


 てっきり客間のような場所が割り当てられると思っていたのだが、どう考えてもこれはそんな規模ではない。驚きのあまりそれ以上の声が出てこない。


「私が案内できるのはここまででございます。こちらが部屋の鍵ですので、紛失されませんようご注意ください」


「ありがとう。ええと、これからどうすれば……?」


「しばらくしたら専属の侍女がこの部屋を訪れる手はずになっていますので、それまでお待ちください。あなたの存在は現状国家機密となっておりますので、一名しかご用意できませんでしたがご容赦いただけますよう」


「え、ええ。わかったわ」


「では、私はこれで」


 そういうと、セルジュはあっさりと来た道を引き返していった。


 心細さを感じて、私はすぐに鍵を使って扉を開ける。


 そこには。


「なに、これ……?」


 部屋の中は想像以上に広かった。ティータイム用の丸机と椅子、簡素な執務机と大きな本棚などの実用品から、花瓶や燭台などの細部に至るまでセンス良く配置されている。


 奥には別室への扉があり、開けてみると風呂などの設備があった。食事さえあればこの部屋でじゅうぶんに寝泊まりが可能なつくりになっている。


 なにより、部屋の隅にでんと置かれたベッドがすごい。必要最小限だった公爵邸の自室のベッドの三倍はあろうかという広さを誇るそれは、ひとりで使うにはあまりに大きいように見える。


「ふかふかだ……」


 おそるおそるベッドの端に腰かけると適度な反発感があり、お尻を柔らかく包み込んでくれる感覚がして気持ちがいい。


 帝国ではこんな高品質なベッドを生産しているということか。恐るべし、ポーラニア帝国……。


 馬に乗って長時間移動を行い、まる一日湯につかっていない今の私の身なりは、お世辞にも綺麗と言えるものではない。勢いのままベッドに飛び込みたかったが、それはあまりにも気が引けた。


 ベッドの端に腰かけたまま、私は考える。


 果たしてこれが、帝国の仇敵であった私に与える待遇として適切なものなのだろうか。


 セルジュの反応を見ても間違いなく、帝国の変革を促す劇薬、悪役としての役割はかなり重い。だからこそ、私には相応の価値があるということになるんだろうけど……処刑を覚悟してきた身としては、この状況が想定と違いすぎて落ち着かない。


 あまりに落ち着かないので鍛錬でもしようかと考えていたところで、部屋の扉が叩かれた。


「どうぞ」


「失礼いたします、お嬢様」


 一礼して入ってきたのは、侍女服に身を包んだひとりの女性だった。


「あれ、あなたは……」


 服装や髪型にこそ違和感があったが、その姿には見覚えがある。


「バスティエ伯爵家の長女、クラリスと申します。これからステラリアお嬢様の侍女として精一杯努めますので、何卒よろしくお願い申し上げます」


 侍女服で優雅な一礼。そのふるまいは間違いなく私よりも格調高く、これではどちらが主なのかわかったものではない。というか。


「クラリス令嬢……? あの、帝都騎士団の将として戦線に参加して、ここまで私を連れてきた……?」


「ええ、相違ありません。それから、私のことはどうぞ『クラリス』とお呼びください」


「え、ええ……?」


 思考が追い付かない。目の前の侍女と、戦場で相まみえたあの女騎士が、同一人物だなんて。


「クラリス? あなた、帝都騎士団の仕事は?」


「辞めました。お嬢様の侍女にならないかとレイジ殿下より依頼があり、それにお応えしました」


「辞めた!? もしかして、皇太子の強権で無理矢理辞めさせたとか……」


「いいえ、これは私の意志です。殿下は無理にとはいわないと言ってくださいましたが、私が是非にとお願いしたのです」


「ええっ!?」


 クラリスと戦場で会ったことは一度や二度ではないし、直接剣を交えたこともあった。結果は私の全勝で、彼女は退くしかなかったけれど。


 だからこそ、クラリスもまた私に恨みを持っているだろうと思っていた。

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