#エピローグ

「え?死んだんですか?」


「ええ。無理もないわね。ああいう状況じゃ」


 暖かい日差しの差し込む迂階灯谷の自宅のリビングで神様とメト・メセキは華菜の顛末について話をしていた。テーブルの中心には神様が持ってきたマフィンが規則正しく並び置かれ、二つの陶器のカップに入った紅茶からは香りと共に湯気が昇っている。華やかなその場所で『秀麗』の嫉妬魔人の末路は語られていく。


「そりゃまあ気の毒な話だとは思いますよ?想い人のために必死に頑張って……ふたを開けたらソイツがとんでもないクズだったわけで」


「びっくりするくらいモテモテだったみたいなのよ。だからいろんな女性から好かれてて。当の本人はハーレム目指してたんじゃないかしら?」


「『できちゃった』息子が邪魔になって彼女に預け、最終的には別れようとしてたんですかね?」


 にやついた顔で灯谷は真理を突いたかのような発言をする。


「ええ。彼はどうやら資産家か何かのご子息だったみたいなのよ。でも結果として彼、怒りと妬みを買って十年にも及ぶ監禁生活を送る羽目になった。ちなみに監禁場所はどうやら彼の前の妻……つまりは華菜が嫉妬し、嫉妬された美沙って人が用意してたみたい。どうやら彼女、華菜を監禁するみたいだったけどまさか旦那さんがあの場所に捕らわれるなんて思いもしなかったでしょうね」


「十年も監禁ですか……そりゃあ狂わずにはいられないでしょう。だから実の息子にも手をかけたのか」


「そして暴走した彼女の炎で死んだのよ」


 甘く香りの広がるマフィンを一つ頬張って灯谷は首を傾げて神に問いを投げる。


「……そこまでして彼に固執する理由ってあるんですか?あきらめるって選択肢は彼女にはなかったんですかね」


「多分だけどありえなかったわ。何せその時点で泣いている子供がいたっていうから。私が彼女なら多分放っておかなかったでしょうね」


「母性というやつですか?」


 カップの紅茶を飲み干してにやけながら灯谷は言う。


「ええ。多分ね」


 神様は悲しそうな顔で返答を返す。


「恋愛とかしないんですか?神様は」


 灯谷は続けて質問を投げる。

 

「普通にモテるでしょ?見た目というか……」


「勿論モテるわよ?でもね――」


 両手で持ったカップを皿の上に置き、中の水に映る自分の顔を覗き込みながら彼女は言葉を吐く。


「死んじゃうんだもん。皆。百年かそこらもしないうちに」


「そりゃまぁ……そうっすね。最近の研究だと確か百年ちょっとが限界だとかどうとかで」


 彼女のしんみりとして縮こまっているような態度に灯谷はどうコメントをしていいのかわからなかった。


(確かにこれに関しては神様の言うとおりだ。そういえば以前に自分と同じ存在を探しているって言ってたな。ああ、しまった。なんでその時の事覚えてなかったんだか)


 後悔の念を顔に出しながら灯谷は頭を抱えた。


「でもね、それでも愛したい人は出てくるのよ。どうしてもね」


「……そうですか」


 飲み干されて空のカップの中を覗きながら灯谷はつぶやく。どうしようもない存在、死について思い浮かべながら。


「じゃあ尚のこと結婚は無理っすね」


「え?」


「ああ、俺の話ですよ。財産目当てとかでどうせロクな奴ら来ないでしょうし……出来るだけ絵に没頭していたいんですよ」


「そういう生き方もあるわね」


 微笑んで彼の提案を聞く。


「否定しないんですか?」


「生き方だの死に方だのには私は当人に任せるのが一番だと思わってるわ。それに人って百年ちょっとしか生きられないんでしょ?」


 その言葉を聞き、灯谷は苦い顔を神様に向ける。


「……どうしたの?」


「なんかソレ……嫌味に聞こえたんですが」


「百年ちょっとしか生きられない人間が悪いのよ」


「んなむちゃな」


 笑って灯谷は返した。その時、メト・メセキの表情に悲しみが浮かんでいたのを彼は見逃さなかった。しかしそれは彼の胸の内に留めることにした。

 

(確かにどんなに生きても終わりはある。ならいっそ誰も愛さない生き方こそが至高じゃないのか?)


 迂階灯谷が今日の話から感じ取った意見。

 

――愛とは結局何のために存在するのか?


 それは未だに恋愛をしない迂階灯谷にとって一生見つけられない答えである。

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