#6-3

 暗闇の中、気が付けば華菜は一人ぽつんとその世界に立っていた。


「なに……ここ?何が起きたの?」


 辺りを見返す。しかしそこには何もなく、誰もいない。


「もしかして今までのは全部夢?そうだよね?純也さんがあんなことするわけが――」


「残念だけど現実よ」


 誰もいないはずのその空間から声がした。不意に周囲を見渡すといつの間にか後ろに神様ことメト・メセキがいた。


「神様!?なんでここに!?」


「……久しぶりね。華菜さん」


 華菜の表情を見る神様のその顔はどこか冷たかった。


「……あの、今のって一体?翔が死んだのって嘘ですよね?純也さんはまだあの場所に」


「残念だけどすべて真実よ。私ね、翔君があの場所から純也さんを連れ出しているところを見たから。殺される瞬間もね」


「……嘘よ。そんなの嘘。だってあの場所は翔には近づいちゃダメって何度も子供のころから言って――」


「でも結果として貴方はここにいる」


 きっぱりとした物言いでパニック状態の華菜は固まる。次に華菜は震えながら神様の着ていたドレスの胸倉を激しい剣幕で掴み、怒鳴り声をあげる。


「なんで翔を助けてくれなかったんですか!?どうして!?貴方なら助けられたはずでしょうに!!」


「確かにそうね。でも私は嫉妬する人間の味方。家族までは助ける気はないし何よりこれ以上関わらないでほしいっていうあなたの意見を尊重したつもりよ?」


 淡々と理由を言い放つ神様に華菜は膝を折って涙を流す。


「どうして……どうして」


「最期に貴方が放ったあの炎。あの時の炎はね、貴方が自らの炎を制御できなくなったからなの。きっと旦那さんが他の人と愛し合ってしまう光景を思い浮かべ、更には最愛の息子さんが死んでしまったことにより、飛び込んできたその情景が嫉妬魔人としての力を暴走せしめた。こんなことかしら」


「待ってくださいよ!それでどうして私や翔が死ななきゃならないのですか!」


「そんなに叫んでももうあなたは死んでしまったの」


「……そんな」


 泣きながらも華菜はその事実を受け止められずにいた。


「だって……まだ私はちゃんと誰かに愛されていないんですよ?もっと愛してほしかった。贈り物とか優しい言葉が欲しかった。もっとずっと寄り添ってほしかった。子供だって翔以外に欲しかった。なのになんで……いくら考えてもわからないの」


 吐露されたその本心に神様はかける言葉はないか思案する。

 だがそれは即座に放棄された。


「私も不思議に思うわ。どうして貴方がここまでひどい目に合わないといけないのか。でも今はね――」


 その時、何かが華菜の近くでうごめくような感じが走った。説明しづらいそれは確かに華菜の近くで起こっていた。華菜がその原因となる方へ視線を向けた。


「あ……ああ!?」


 そこにいたのは下半身が蛇のように細長く、上半身は人間の女性のような体つき。背中からは蝗の羽を生やし、馬のような出っ張りのある醜い顔をした大きさにして5、6メートルほどの怪物が確かにそこにいた。


「貴方を私の腹に収めたいの。いただくわ。その魂を」


「な……なんで!?やめて!?私にはまだ」


「駄目よ」


 怪物のその顎は華菜を喰らい、彼女は怪物の腹へと飲まれていった。

 華菜を飲み込んだ怪物はやがて人間の姿をして一息つくと華菜のいた場所に向けて言葉を並べた。


「私の腹の中はとてもよく燃えているわ。それでも長い時間をそこで過ごせるの。だからきっと貴方が愛されない原因もそこで見出せるんじゃないかしら?大丈夫よ、貴方は『秀麗』と呼ばれたのだから」







 無数の炎が包むメト・メセキの内的宇宙。その中に新しい魂が放り込まれる。

 それは勢いよく燃え盛って絶叫を上げる。果てのないその世界で燃え盛り、苦痛に苛まれながらも声を発していた。


――ダレカワタシヲアイシテ


 その嘆きにも似た声を拾うものはもういない。

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