#6-2
「か……華菜!?」
それが悪いと知っていながらも仲睦まじくいた二人。その前に現れたのは吉良島華菜だった。
涙を目に浮かべ、震えながら二人を見ていた。
「え……なんでここにいるの!?」
いつの間にかいた華菜に驚きながらも後ずさる。
「えー?誰?」
「えっと……さっき話した今の妻の――」
「あー
姫香は大きな声で指を指して笑いながら華菜を見下すように見る。頬は赤く染まった彼女はどうやら酒がさらに入って酔いが回っているせいか今の状況を正確に把握できていないようだ。
「ていうかさー。犯罪者じゃんこいつ。アタシんちに上がってさ」
「ああ……うん。どういうこと?そもそもどうやってここに――」
「説明して」
明るく楽しく陽気に飲んでいた二人の飲み合いから発した空気が華菜一人の到来で氷のように冷めていく。華菜のその瞳は隣に抱きついている姫香を差し置いて純也へと向けられた。その瞳に思わず震えるも、彼は前に出て口を開く。
「ああ、うん。確かに説明をしていなかったのは悪かったと思う。でもこれはちょっとどうかなって――」
「ちょっと!?ちょっとってどういうことなのよ!?」
「あーもうアタシの家でそんなきたねえ声出すんじゃねえよブス!!」
そう言うと姫香は剣幕を持って華菜の頬を力の限りはたく。華菜はバランスを崩してその場に倒れた。
「いい?!これからアタシとジュンヤは結婚するの!それで貴方とは離婚よ離婚!!子供はくれてやるからそのまま二人で暮らしなさいって意味!!どうやってここ突き止めたかは知らないけどとっとと出てけや!!この泥棒猫が!!」
「どろぼう……ねこ?」
「ああそうだよ」
姫香は崩れた姿勢の華菜を見下げて話を続ける。
「こっちはね、美沙がジュンヤと結婚する前からの付き合いなのよ!貴方とは付き合いの年数が違うのよ!!美沙のワガママで疲れてたジュンヤをいつも癒して……子供の事で苦しんでた彼をアタシが癒してたの!!子供がほしいならあげるわよ。だからとっとと出てって――」
「おかしいわ」
「あ?何がだよ!?」
剣幕を保ったままの姫香に華菜は立ち上がりながら話を切り出した。
「純也さんが翔の事で苦しんでる?そんなわけないわ。私が来てから少なくとも嬉しそうにしてた。もうこれ以上あんな女の元でいる必要はないからこその笑顔だった。それでも純也さんが苦しんでる?ありえないわ。苦しませているのはあなたの存在でしょ!」
負けじと華菜も剣幕を姫香に見せつける。姫香はぞっとしてその勢いに違和感を覚えながらも後ずさる。
「は……ハハハ!何言っちゃっんてのコイツ?この家だってジュンヤがあたしのためにくれた家なのよ?家まで貰っているアタシの方が愛されてるわ。くっさい処女の分際で――」
姫香が華菜に指さしたその時だった。
「アルゲ・スィーレ」
姫香の全身が燃え上がりだしたのは。
「ウギャアァァァァ!?」
汚い悲鳴を上げてその場に倒れる姫香。燃えカスとなりつつある彼女に震えて見ている純也の視線は次第に華菜に映った。華菜の瞳は紫の色を宿し、その両手からは轟々と炎が燃え盛っている。
「か……華菜?!お前何を――」
「大丈夫よ。純也さん」
華菜はぎらついたその瞳を一転させて純也の方には穏やかな視線を返す。その場で燃え盛る姫香の体をよそにしてにっこりとした表情で純也に近づく。
「また何か……あったんでしょ?」
「え?な、なにが――」
「姫香以外の他には?」
「ほ、他って?」
「悪い虫よ。貴方に寄り添う悪い虫。いないのかなって。元々おうちが裕福だったからああいう悪い虫に追われてたんだでしょ?」
その時の華菜は燃え尽きて灰になった姫香をどこ吹く風にそっと純也の両手を包むように握って微笑んでいた。優しい微笑みではあったがその時の純也にとっては恐怖の対象でしかなかった。
「い……いないよ。本当に――」
「嘘つき。こっち見てない」
「本当だって!もう他には――」
「わかったわよ。じゃあ私に任せて。悪い虫は皆殺してあげるから。ね?」
その手を握る力が強くなった。吉良島純也はその時に確信した。恐ろしい女に会ってしまったと。
「お家でじっとしていましょ?そしたらもう悪い虫は追ってこないから。そうそう、体中についた悪い虫のばい菌も落としましょう。大丈夫よ。私は『秀麗』と呼ばれた女だから……もう純也さんに悪い虫は付かせないからね?フフフフ……」
「あらあらこれは凄い現場ね」
屋敷の窓から一連の顛末を覗いていたものがいた。
「私もここまでじゃなかったと思うけど……いやでも十分面白いもの見せてもらったわ」
メト・メセキ。吉良島華菜に自らの炎を与え、今回の騒動の元凶といえる存在。
「ここからどうなるのか……見物ではあるわね」
口元を歪ませて彼女はその現場を見終えるとその場から立ち去る。後になると彼女に華菜からしばらく会いに来ないでほしいと連絡が入った。
その後、吉良島華菜はメト・メセキに子育てをしている間は会ってほしくないと伝え、更には純也のこれまでの足取りやスマートフォンなどの情報を洗い出し、疑わしい存在を全て殺害して見せた。
血に濡れたその手で彼女は純也の監視と翔の育児をしてみせた。
そして十年後。現在。
リビングには吉良島翔の変わり果てた姿があった。ナイフで数か所をめった刺しにされ、腹部から大量の血を流し、肌はすでに蒼白かった。死んでいたのだ。
「どうして!?どうして翔を殺したのよ!?」
翔の遺体を抱きしめながら、華菜は泣き叫ぶ。一方で血だらけの純也はそれを見てにやにやとしていた。
「決まってんだろ。元凶だからな」
純也はきっとした視線を華菜に向ける。
「なにが秀麗だ!!ふざけんな!俺をあんな場所に十年近く閉じ込めやがって!!」
吉良島純也のその時の表情は怒りに満ちていた。
「それでどうして翔を殺すのよ!!」
「だから元凶だからだって言ってるじゃねえか!!こいつが出来ちまったせいで俺はこんな状況になったんだよ!どうせ美沙もお前が殺したんだろ!あの力で!」
「……ええ。そうよ。私がアイツらを始末した。貴方が迷惑そうだったから」
「迷惑ぅ?」
純也は血まみれのままでソファに勢いよく座り込む。
「別に迷惑なんかしてなかったよ。実際良い女だったからな。抱いてて良かったし。ゴムに穴開けてたのはいただけてなかったけどな」
「そんな……」
「そんなじゃねえよ。お前は自分の才能やら優しさで誰にも接してもらえなかった。だから翔を狙ったんだろ!?違うのか?」
「え……?」
純也は乾いた笑いを見せて華菜の方を向いた。
「頭でっかちで優しければ愛されると思ってたのか?」
「…………何を言ってるの?」
「お前の事だよ。昔門限がどうとか成績がどうとか。育ちの良さと成績。それと少し優しければ男が寄ってくるって本気で思ってたろ?だけど上手くいかないから翔を狙った?違うのか?子供なら飯炊いてやれば喜ぶもんだと思ってたろ?でも上手くいかないから俺を監禁することにした。違うか?」
その言葉は吉良島華菜を硬直させるには十分な威力があった。じっと固まった華菜をよそに翔は食器棚の近くにあったワインの瓶を開けるとそのまま瓶から酒をグイっと飲み始める。
「俺が美沙と結婚したのは当時生きてた親父のせいでもあったさ。だけどな、他の女といても特に何も言わなかったからな。姫香と同じだよ。俺が女遊びしてても何も言わない連中でずっと仲良く生きようとした。そこで翔が出来ちまった。そしてそこにお前が来た。翔を引き取ろうとしてな。俺は別にそれでよかった。翔がうっかり死んじまったら大変だからあの時は中々遊べなかったよ。若いやつで良いのいたのに――」
「嘘よ」
「あ?」
翔の遺体をそっとその場に置き、華菜は自らの涙をふき取る。
「こんなの……なにかの間違い……っ!?」
その瞬間、周囲に炎が燃え上がる。
「どうして……!?私はまだ何もっ――」
「うわぁっ!?」
「純也さん!?」
突如として燃え上がるその炎は周囲の棚、食卓、ソファーを燃やしてみせた。その空間にいた翔の遺体と純也も例外ではなかった。
「ギャアァァァっ!?」
「まって!?お願い止まって!?どうして!?」
華菜の必死な叫びもむなしく、燃え盛る炎は決してその勢いを止めることなかった。
やがて家全体を飲み込むほどの業火は全てを焼き尽くし、華菜もその中に消えていった。
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