#5-1 彼女の正体、彼の本質(前編)

「あれー……おかしいなぁ」


 ある休日の昼間。家の一階にある物置部屋。ドアを開くとそこには八畳ほどの空間で埃は舞っておらず、番号とメモが丁寧な文字で記載された段ボールの群れが壁際に綺麗に積まれていた。

 その部屋の中で翔は一人美術の授業で使う絵具セットを探していた。


「どうしよう。これ母さんに聞いた方が早かったかな?まさか小学校時代に使ってそのままこっちに置いたままだなんて思わなかったし……」


 一方、母の華菜は町内会での仕事があると言って外に出て行った。夕方までには戻るとは言っていた。華菜はそれを見越してか昼食の料理とあらかじめ作り置いた夕飯の仕込みをキッチンに置いていた。


――温めれば良いけど……あ、それともコンビニ弁当にする?


――いやいいよ。てかもう作っちゃってるじゃん


「あー聞いとくべきだったなー……何が『好物あるからそれでいいよ』だよ俺……」


 頭を掻きむしりながら当時の自分の遠慮しがちなその態度に疑問を浮かべる。


「段ボールのメモからすると……これか?」


――翔の学校で使う道具


 三段積まれていたうちの一番下にあったそれを見つける。そして同時にため息を吐く。


「何で上に『翔の洋服』と『翔の昔のおもちゃ』って置くかなあ」


 げんなりした態度で彼は二つの段ボールを避けて目的の段ボールを開く。


「……あった!」


 中からお目当てのそれを取り出す。ふと翔は窓際に視線を向けた。どけたことで日光がカーテンの向こうからだがかすかに入ってきていた。


「なんでこの部屋、物置部屋にしたんだろ?他じゃダメだったのかな?」


 辺りを見渡す。中心から見ると部屋は西側に窓が付いており、エアコンの取り付けが可能であった。


「他に誰もいないから?それとも何か――」


 ぐるぐると見ていたその時、翔の耳が何か妙な音を捕らえた。その音に彼は足を止めた。


「ん?」


 同時に違和感を覚える。それは足元から来ていた。


「これは……?」


 フローリングの床の一部。よく見ると一定の大きさで正方形の形でそこだけが開くような仕組みになっていた。


「これ……床下収納?でもなんで段ボールの下に?普通これらを床下に入れた方が良くない?」

 気になった。なんとなく。そして彼は四角い場所のその部分にかすかに陣取っていた残りの段ボールをどける。そして回転式の取っ手を床から見つけて開ける。すると――


「あれ……?」


 扉を開いた先は翔の腰ほどの段差があり、さらにそこから階段のようなものが下に下に伸びていた。


「……もしかしてへそくり貯める場所とか?だったらちょっとくらい貰っちゃおうかな?」


 なんてことを考えながら彼はその地下へと足を踏み入れた。そこで彼の運命は決まった。


 地下の中は灰色の壁で階段が挟まっていて、ところどころに明かりが付いていた。階段の先を下りていく。ある程度進んだ先で階段は終わり、そして平らな通路がまっすぐに伸びていたその先に扉があった。


「何この扉……?」


 翔は目を疑った。

 その扉は分厚くて回転式のハンドルが付いており、翔がそのハンドルに手を伸ばす。


「あれ……もしかして核シェルターとか?テレビで見たことあるな……こういうの」


 辺りを見渡す。万が一に備えてこう言うのを販売していると。


「ああ、母さんならありうるな。心配だからとかで。以前の遠足でも絆創膏二箱入れられたし」


 綺麗なその空間の中で翔は母の思惑を予想していた。


「せっかくだし、開けてみるか」


 回転式のドアをぐるりぐるりと回す。かすかな金属音が響き、やがてドアは開く。


――あれ?じゃあなんで段ボール置いたの?そんなところに


 翔の心音が嫌な感じで刻み始める。何かいけないものを見ようとしている。そんな気がしていた。


「…………え?」


 部屋に踏み行ったとき、翔は目を疑った。

 その部屋は天井、壁、床が廊下と同じ灰色をしており、天井から四つの蛍光灯の光が照らされている。そしてカーペットやベッド、机があるだけでなく入って来た側から反対側の壁に二つのドアがあった。『トイレ』と『風呂場』。それぞれのプレートがついてある。だが一番に驚いたのはその部屋の中心にあった大きな杭の存在。そこに鎖が繋がれておりその先には――


「……父さん?」


 鎖を左足に繋がれ、誰かがそこで倒れていた。うつぶせのまま、右手をドアに伸ばして。


「父さん!?父さんだよね!?」


 そこからわずかに見えたその顔はかつて翔が写真で、そして昔の記憶の中にいた父、吉良島純也だった。

「だ……誰だ?」


「俺だよ!翔だよ!!あんたの息子の!」


「か……翔?あの翔なのか!?」


 体を起こして純也は翔の姿を口元を手で抑え込みながらその瞳でじっくりと眺める。


「父さんだよね!?十年ほど前に家出したって母さんに聞いたのに――」


「『母さん』だと?」


 母さんという言葉を純也が耳にしたとき、彼の顔は険しくなった。


「それは誰の事を言ってるんだ?華菜か!?それとも別の誰かか!?」


「え……えっと……ほら。あの時……前の母さんが火事で死んだときで……その前から預けられてたあの人で――」


「あいつが!?」


 声を荒げだす純也に翔は思わず後ろに下がる。声もどこか震えだす。純也はそんな翔を見て一旦我に返るとできるだけ冷静に翔に説明を始めた。


「違う。アイツは化け物なんだ!!いいかよく聞け翔。アイツは……殺人鬼なんだ!それも魔女で……信じられないかもしれないが危険な女だ!美沙もその仲間も多分華菜に殺されている。俺の父さんもあの人も……恐らくな」


「え?いや何言ってんの?魔女って何?なんで家の地下にこんな部屋があるの?父さんに何があったの!?」


「……実はな」


 純也は語る。いったい何が起きたのかを。全ては十年前に遡る。

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