#4-2
「こんなことあるんだ……」
吉良島翔は口をあんぐりとして自宅のベッドの上で座りながらスマートフォンの画面を見ていた。細かく言うとその時の彼は石のように固まっていた。
中間試験の成績発表から数日経って週末が来た。彼のスマートフォンには一通のメッセージが届いていた。
その内容としては同学年の女生徒からの所謂愛の告白にあたる文章だった。
(えーっと確か伊藤さんって……バスケ部だっけか?)
告白をしてきた女生徒のプロフィールがSNS上にあったのでそれを見て確認する。記憶に間違いはなかった。
(あー、あの子か)
心臓の鼓動が聞こえてくるくらいに彼は興奮し、同時に動揺していた。
(まじで告白されたのか、俺?)
男女としての付き合いをする。それは彼にとっては未知の体験でその中にあることを想像すると動揺もあり、興奮もあった。
(まじで俺……大人の階段上っちゃうの!?)
気が早いかもしれないがそれでも抑えられずにはいなかった。
「あ、でもどうしよう……本当に付き合いしてもいいのか?俺なんかが?」
彼は不安であった。未知の体験ゆえに来る不安。それがどうにも彼の後ろ髪を引っ張っていた。
「メッセージの最後に返事はいつまでも待ちますって……これ俺の返事をじっと待つってことか?でも答えは一週間くらいで出したほうがいいよな」
いまだに不安と焦燥の中、翔はその告白の返答に一旦保留をかけることにした。
「そういや翔っち知ってる?野球部の木下があの和島さんと付き合ってるって」
「……はい?」
「いやだからさあ。木下いるじゃん。同じクラスであのむっつり野郎。それが三年で吹奏楽部の和島さんと付き合ってるって」
「おう。そうなんだ。いいじゃん。無骨と清純。いいんじゃない?」
告白を受けた翌週。ある日の昼休みにて。翔は岡島とクラスメイト
「……最近翔っちおかしくないか?」
「そうか?どのへんが?」
「こうなんというか……上の空って言うの?昨日の数学だってよ。数学だってのにさ、先生に刺された時に言った答えが『B』とか言い出した時はどうしたよ!?ってなったわ。先生も周りもビビってたぞ?お前がボケたの」
「……確かその時さ。お前、一人で笑い転げてなかったか?」
「え?そうだっけ?」
「そうだろ。それで周囲の冷たい視線食らってたろ」
「やーどうだったかなぁー」
岡島は何のことやらと言わんばかりにそっぽを向いた。不機嫌な翔はため息を吐いた。岡島はその様子を見て目を細くすると椅子を改めて向け、姿勢を正しくして真剣な態度を浮かべた。
「翔っち。さてはコクられたな?」
「はい?」
「わかるぜー。一番の親友だからな。多分したのはクラスの誰かで――」
「待て待て。急にどうした?」
「いやだってさっきから自分でも気づいてないかもしれないが……お前、伊藤さんの席じっと見つめてるぞ?」
「え!?」
全くその通りであった。吉良島翔の座席から前に右斜め側のそこをじっと彼は見ていたのだ。
「……へー。なるほどね。あの伊藤さんが――」
「黙っとけよ?いいな?」
「はいはいわかってるって」
翔の放つ剣幕をひらりとかわすようにして岡島は前を向いた。そんな日の昼休みもやがて静かに過ぎ去っていく。
帰り道、一人で歩く吉良島翔は学ランの内ポケットに入れていたスマートフォンの振動に気が付いた。
「なんだ?」
画面を見てメッセージの詳細を見る。すると彼は目を大きくした。
「……うそでしょ!?また告白!?」
この展開は予想がつかなかったのか周囲をはばからずに大声をあげる。
「……どうしよう。これ。岡島に相談するか?いやでもあいつに相談するのはなあ」
道の端っこによってじっと考え込む。そして少しして彼は決める。
「よし。母さんに相談してみるか」
「実はさ、ある友達がね――」
夜、夕食の時間。翔は母の華菜と自宅の食卓で一緒に食事を取っていた。そして自分が受けた二つの告白をまるで別の友達が受けたかのようにして会話をしていた。
「なになに?どうなったのよそれで?」
華菜はウキウキとしてそれを聞いていた。どうやら年頃の恋愛に興味があるらしい。
「なんと二人から受けたらしいのよ。ほぼ同時期に」
「えー!?その友達モテモテじゃない!……で、どっちにするの?」
「それがどうも決まってないみたいでさ。片方は所謂体育会系でもう片方は文化系。だからどっちがいいのかって未だに本人悩んでてさ」
「なるほどね~~」
「……母さん妙にテンション高くない?」
翔は困惑していた。なにせ今までにない様子の母親を見ているからである。
「そう?まあそれより本題は?どっちがいいかってことでしょ?」
「ああ、そうそう。母さんがその友達だったらどうする?体育会系と文化系で」
「うーん……体育会系なら皆と仲良くしてる明るいイメージあるし、文化系って言われたら温厚で真面目なイメージだから……うわぁこれは悩むわね。いやでも実際に会ってみないとわからないしでも文化系にしろ体育会系にしろ実は逆だったりするかもしれないし……ああでも鎖骨とか――」
「母さん?ちょっとおちついて?されたのは女子だから鎖骨とは正直関係ないと思うよ?」
「ああ、ごめんなさい。昔の父さんのチャームポイントだったから」
「……はあ」
「で、結論から言うわよ?」
「……どうぞ」
ハイテンションから一転して冷静になった華菜は口にする。
「まず私なら文化系かしらね。頭がいいってのはやっぱり外せないの。社会に出てもずっとそうした能力ってのは重宝されるから。体育会系も別に悪くはないのよ?肉体的にも精神的にも丈夫なのってとても大切だから」
「じゃあなんで文化系に?」
「母さんの好みよ」
「……そうですか。ちなみに父さんは?」
「体育会系ね」
翔はガクッとした。
「え?それで文化系って言うの?おかしくない!?」
「おかしくないわよ。確かに父さんは体育会系でサッカー部にいたけど頭良かったし、名門の大学受かってたから。後はね……ずっと一緒にいたいって思いがあったからよ」
「そうですか。結局そこじゃないってこと?」
「ええ。二人の事をよく見るように。本質をじっくりと見極める力を養うのよ?」
「……わかった。ソイツにはよく言っておくよ。ところで――」
一呼吸おいて箸を置き、翔は華菜に提案をした。
「両方と付き合えばって言うのはダメ?」
苦笑いで翔は華菜に提案する。その時だった。
「当たり前でしょ!!」
華菜は勢いよく机を叩くと激しい怒りの顔を浮かべて翔を睨んだ。その顔に思わずひっと声が出る。
「いい!?浮気とか二股とか絶対にしちゃだめ!どうなっても知らないとかじゃないの!相手がひどく傷つくの!わかった!?」
「……わ、わかりました」
机に付いた華菜の両手がミシミシと音を立てる。その顔から翔はできるだけ目をそらしていたかった。
「あんなに怒らんでもいいでしょ……と思ったけど我ながらひどい発言だな」
夕食を終えて夜更け。翔は一人自室の机で志望校の高校をノートパソコンを使って探していた。他にないかと思いながらパソコンと向き合っている時の事である。
「そういや父さんと母さんって同じ高校で会ったんだっけ?」
そんなことを思い出していた。
そして同時に昔のある日も思い出していた。
「前の……俺の本当の母さんとも会ってたんだっけ?」
翔の脳裏には自分の生みの母親であった吉良島美沙の存在が映し出されていた。
「本当なら生みの親の母さんと――」
そこまで思い出していたその時、身震いが走る。彼自身は意識をしていなかった。でも身震いは確かに起こった。
「……怖かったな。前の……お母さん」
吉良島翔からみた吉良島美沙という母の存在は記憶の限りでは恐ろしい存在だった。
生まれてからしばらくの記憶というのは本来はあまり残るものではない。しかし美沙との記憶はあった。怒声や暴力。それが確かにあった。
「今のお母さんの事おばさんって呼ばないといけないとか……やっぱおかしい人だったのかな?」
その容姿も記憶の限りでは毛皮のコートを羽織り、派手な色のネイルと髪、さらには煙草を吸っていたりとやりたい放題でとても母と呼ぶには遠い存在だった。
「・・・・・・忘れよう。きっと何かの間違いなんだ。俺があんな恐ろしい存在から生まれたなんて」
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