#4-1 ある家族の日常
「うわあ、翔っちまた十位以内に入ってんじゃん!……キモ」
「なんでそうなんだよ」
昼休みのとある学校校舎。生徒たちが試験結果にざわめいている教室の内の一つで二人の学生が席を挟んで話をしていた。話題は試験結果について。
「前から言ってるけどうち親が厳しくてさー。こないだの期末試験なんて十一位だったのになんかすげー怒られたんよ」
「本当かー?」
翔と呼ばれたその子はため息交じりの愚痴を吐く。一方、一人の生徒はそれを聞きながらスマートフォンをいじっていた。
「しかもさー。次成績落ちたらスマホ契約解除するって言っててさ。正気かよと思ったよ。部活もやめさせるって言ってて」
「流石に冗談だろ。でも翔っちすごくね?中学入ってからずっと成績優秀じゃん。おまけにスポーツ万能だし」
「ああ、スポーツは……でもサッカー以外そんなに上手くないぞ?」
「足早いからいけんじゃね?」
「なんだその理屈」
謎の理論に彼は苦笑いを浮かべた。
吉良島翔。十四歳の中学二年生。成績優秀でスポーツ万能。加えて整った顔立ち。そのせいか他の女子生徒からも人気のある学生である。話をしているもう一人の生徒の名前は岡島恭一(おかじまきょういち)。
「そういや翔ってやったことあんの?」
「え?何を?」
「そりゃおめーやったといったら……」
にやりと笑う岡島。そしてハッとして気づく。
「ちょっとまてちょっとまて流石にそれダイレクトに聞くか!?」
「え?」
「えじゃねえよバカ」
岡島のまさかの質問に飽きれる。
「で、どうなんだ。白状したまえよ、モテ男君?」
「なんだその口調は。あるわけねえだろ」
「うっそだー。お前だったら確実に彼女の四、五人くらいいると思ってたのに」
「股かけ前提!?俺どんだけチャラいと思われてるの!?」
「いやだって結構噂あるぜ?それこそモテモテじゃんお前?」
「いやでも俺……彼女作ったことないし」
その一言は岡島は絶句した。まるで彼だけの時間が止まったかのように固まっていた。
「そんなにリアクションとるか!?普通!?」
「えー……本当に?」
「まじまじ。だって家がうるさいというか」
「はいでたお前のおはこー。いえうるー」
げんなりした表情で岡島は心境を吐き出す。
「いやいやでもさ。結構めんどいというか――」
翔が何かを言いかけたその時、チャイムがそれをさえぎった。
「あ、次体育じゃね?」
「そうだな。さっさと着替えようぜ。翔の本気見してもらうわ」
「本気ってなんだよ」
互いに笑いあいながら彼らは学生としての日々を過ごしていた。
学校が終わって吉良島翔は帰路についていた。
「多分何も言われないよな……?」
などと考えていると途中で声を掛けられる。
「あら?もしかして翔君?」
「あ……えっと確か町内会の……」
「安藤よ。こないだは助かったってお母さんに行ってもらえる?うちの子食物アレルギー持ちでこういうの参加しづらいなって思ってたんだけど丁寧に対応してもらえたおかげで子供がすごく喜んでたって」
安藤と名乗った女性は町内会でのイベントに子供と参加していた母親である。満面の笑みで彼女は翔にその伝言を頼むとじゃあねと言ってその場を去っていった。
「……去年もこんなやり取りした気がする」
ふとそんな風に思い返して歩き、あっという間に家の玄関までたどり着いた。試験結果の内容を思い返しながら彼はふと思った。特に何かが低かったわけじゃない。
彼の今の家は所謂一軒家で二階建て。特徴としては赤い屋根の家で大きな倉庫があり、住宅街の隅に建っていた。自家用車を止めるスペースには車が既にあった。母が家にいる事がわかると翔は心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。
「ただいまー」
そういって玄関のドアを開けてリビングへ。
「あら。おかえりなさい」
微笑んでリビングのキッチンから出てきたのは眼鏡を掛け、髪を後ろに束ねた一人の女性。名前は吉良島華菜。吉良島翔の今の母親にあたる。
「……はいこれ」
カバンからすぐにテスト結果の書かれたプリントを取り出すとそれを母親に押し付けるように渡す。その時の翔はどこか不機嫌だった。
「どれどれ……あら、いいじゃない!頑張ったわね!」
そんな翔の表情を気にもせずに華菜はその結果に微笑んで見せた。
「疲れた。寝る」
「夕飯食べてお風呂入ってからにしなさい」
「じゃあ夕飯になったら起こして」
不機嫌なまま翔は二階にある自分の部屋へと向かおうとした。
「どうしたの?おかずにから揚げないから?」
「子供か俺は!つかそれはもういいって!」
「まだ子供でしょ。お酒だって飲めないし」
「……そうですね」
げんなりとした。翔はふとリビングの隅に置かれた箪笥の上に並んだ写真立ての群れに視線を移した。
綺麗に並んでいた写真の群れには主に旅行や学校行事などでの出来事を背景にして翔と母が主に映っているものが多く、それいずれも母が楽しそうに笑っているのが多かった。翔も楽しそうに映っているのだが母がどちらかといえば幸せそうだった。
(なんていうか……昔から一番楽しんでいるような気がする。こういう時でも)
そう思いながら翔は部屋ではなく先に風呂に入ることにした。
風呂場に向かう彼の背中を見て華菜は彼が見ていた写真の群れに目を向ける。その中にある写真の一つを手に取った。一番左端にあったその写真には吉良島純也、吉良島翔、そして逢埼華菜だった頃の彼女の三人が微笑んで映っていた。
「本当に貴方に似てきたわ。ウフフ」
写真の中に吉良島純也に目を向けながら彼女は笑っていた。
そして夕食の時間。テレビも付けておらず、かすかな咀嚼音が聞こえるくらいのただ静かな空間の中で食事をしていた二人。その中で翔はふと話を切り出す。
「ねえ母さん。どうして俺にいつもトップ50に入れって言うのさ?別に百五十人いるなら半分の七十五位とかでもいいじゃんよ」
「それは頭がいいほうがいいからよ。単純にね」
「……今日も岡島に成績良すぎて引かれたんだけど。エリートだのなんだのでさ」
「いいじゃない別に。それに出来ないほうが悪いって言うつもりはないけど、もう少し頑張ってもいいと思うわよ岡島君は。数学とかできるんでしょ?確か」
「なんで知ってるんだよ。確かにアイツ数学だけ九十点だったけどさ」
「あの子のお母さんと昔から知り合いだからね。所謂ママ友よ」
えへんといって彼女はテーブルの上に並べられたサラダをもくもくと食べていた。
「PTAだっけ?後それに町内会。よくもまあ両方できるよね」
「楽しいわよ?色々知れて。最近の話題とか子供たちの流行とか聞けるから」
吉良島翔にとって自分の母親である吉良島華菜はどこか恐ろしい存在に見える時があった。
彼が小学生の時から華菜は小学校のPTAに参加し、会社員時代に取得した持前のパソコン関係のスキルや書類作成によって貢献すると今度は町内会にも呼ばれそこでもスキルをいかんなく発揮し、他の親たちから尊敬のまなざしを持って見つめられるようになっていた。
「まあそっちがヒマならいいけどさ」
「暇じゃないわよ。お洗濯に炊事に色々やることあるんだから。後普通に仕事もね」
「テレワークだっけ?確か」
「ええ。でも月一くらいに出社するけど」
「よくまあ両立できるよね。疲れないの?」
声に疑問を載せて翔は問いかける。
「ぜーんぜん。以前の会社時代に比べたら結構自由よ」
それに対し華菜は声を弾ませて答えて見せた。
「そうですか」
「それより翔。受験どうするの?受けないってのはナシだからね?」
「あーうん。ちょっと待ってて。あとでまとめるから。とりあえず滑り止めとかいいところとか……結構多いんだよ」
「しっかり絞っておいてね。今のあなたなら多分行きたいところ全部受かるかもしれないわよ?」
「……K高でも?」
「……うーん」
「そこははっきり行けるって言ってよ」
「ごめんごめん」
苦笑いで彼女は答える。
食後からしばらくして翔は自室の机でノートパソコンを使いながら志望校のリストを作っていた。表はまず三つに分かれており少し上、志望校、滑り止めの項目でそれぞれに数校ずつ入れ、受験に必要な科目などを内容をまとめていた。
「えっと……これでいいか?」
母の要求にはまだ答えるには早いだろうと思い、他に高校がないかを探すことにした。そんなときである。
(そういえば父さんと母さんの高校って一緒なんだっけ?)
そんなことを思い出した。
――父さんと母さんの高校?ええ、一緒よ。どこで聞いたの?
――ひるどら
――ひ、ひるどらって……?
「あの時は確かよくわからんかったらそんな風に言っちゃったけど……よく考えたら俺何を言っているんだって感じだよな」
昔の一説に思いをはせる。そしてため息を大きく吐いた。
「そういや父さん、いつ帰ってくるんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます