#インターミッション

「とまあこんな感じよ」


「……女同士の争いってどうしてそうドロドロしてるんですかね?」


日が落ち始めて辺りを紅葉のような紅色に染め上げた頃、神様と迂階灯谷が淹れたてのコーヒーの香りが広がる中で逢崎華奈の復讐劇について振り返っていた。


「男と違うところがあるとしたら殴り合ったりしないとか?後は……うーん……そうねぇ。表面上に出ないことが多いからかしら。それでいて反撃やら攻撃の手段がただただ陰湿……って所じゃない?」


「怒りが見えない……ですか」


「ええ。ああ、そういえばあの後なんだけど」


 逢埼華菜の復讐劇の一連の流れを聴いてげんなりとした表情で迂階灯谷はカップのコーヒーに口を付け始めた。

 

 迂階灯谷。メト・メセキの誘いに応じた人間の一人。今は芸術家として主に画家として生計を立てている。

 

「うーん……コーヒーってことはこれかしら?」


 神様が持ってきたトランクの中身を開く。そこから出てきたのはチョコレートをテーブルの中心にあらかじめ置いたテーブルに並べる。迂階はその一つを摘み取って封を切って口に運ぶ。嫌な表情から一転、驚きの表情を浮かべる。

 

「……美味い」


「でしょ?デパ地下で一時間並んだ甲斐があったわ」


 したり顔で神様も一つを摘まんで包装紙を広げて一つを口に運び、笑みを強く浮かべた。


「はあ……なんか想像つかないですね。神様が一時間並ぶって」


「いいじゃない別に。どうせ時間はたっぷりあるんだから」


「ああ。確かに何千年も生きているのならば一時間なんぞ安いってことですか」


 皮肉めいた口調で彼は返す。神様は少しムッとしたがすぐにそれをやめ、柔らかな表情で迂階の方を向く。

 

「創作うまくいっていないの?」


「順調ですよ。さっきの話聞いててげんなりしただけです」


「ああ、ごめんなさい。何分思い出してそのまましゃべりこんじゃって」


「そうですか」


「そうそうその子なんだけど。もう妬まれたくないって言ってたわね。正確には嫉妬の輪から離れたいとかで」


「そんなことできるんですか?」


「うーん……不可能じゃないわね。嫉妬するされる。こうなる前に天寿を全うするか死ぬか」


「つまり死ねば助かると?」


「……なんか違うわね」


 虚しさしかないその回答に両者共々、笑い声をあげる。

 

「ところで今日邪魔しちゃ悪かった?なんか来た時からばつが悪そうだったけど」


「ああ、大したことじゃないんで。それに遊びに来てくれるのも話をするだけでも大歓迎です。創作の邪魔でなければ。もしかしたらそこにヒントがあるかもしれませんから」


「ヒント?」


「ええ。多分これは何千年も生きているのなら聞き覚えがあるかもしれませんが……いい作品の条件の一つには感情が籠ってるんですよ。それが彫刻であれ絵であれ。その感情が愛にしろ憎悪にしろ、俺はそう言うのを見聞きしておきたい」


「どうして?」


「なんでもいいから凄い作品が作りたいんです。棺桶に入るまでに」


「前にも聞いた気がしたけど……漠然としてるけどどこか良いわね。それ」


「そうですか?」


 神様からの好反応に思わず笑みを浮かべる。それから迂階はもう一つを摘まんで開いては口に運んだ。

 

「うげ……にが」


 啖呵を切って作った笑みが崩れた。どうやら結構苦かったらしい。


「あ、ごめんなさい。苦いのあったの忘れてたわ」


「……いやまあいいですよ。ロハで食ってる身ですし」


「ロハじゃないわよ。貴方のアトリエにお邪魔して作品とその制作風景を見る。正直、このチョコとか差し入れとかで足りるか不安よ」


「いいっすよそこまで気を使わなくても。貴方、神様でしょ?」


「そうね。私、神様だもの」


――嫉妬の神様ですけどね


 意地悪に灯谷はそう言いたくなったがぐっとこらえた。そんなこと言えば怒られるのはわかっているがそんなことを言ってどうするのかと自分に言い聞かせてもいた。


「思い出したって言ってましたけどそれ何年前の話なんです?三日前とか」


「十年位前かしら」


「……え?そんな前の話なんですか!?」


 灯谷は思わず体をびくりとさせた。

 

「そんなに驚くことかしら?」


「いやだって……テレワークってつい最近の働き方だとばかり思ってたので」


「ああ、なるほど。一応テレワークってのはね……このお家で仕事って働き方はね八十年代には出来上がってたみたいよ?」


 まじですかと声を上げると次に『ん?』と灯谷は疑問を浮かばせる。

 

「じゃあその人は?死にました?」


「生きてるわよ、多分。そういえば最近というかここ数年は会ってないわね」


「会ってないんですか?珍しい」


「子育てしてるし……何よりあの子こう言ったのよ」


――神様。私、もう嫉妬とかそういうのはもう沢山なんです。この子とあの人のためにも私、精一杯頑張らないといけなくて。私、そういうのともう関わらずに生きることって出来ますか?


「それで何と答えたんです?貴方は?」


「私?不可能ではないと言ったわ。草木のように静かに生きていればってね」


 華菜への回答を聞いて灯谷は顔をしかめた。


「……それ、無理じゃないですか?確か旦那さんは裕福な家の一人息子で遺産やら何やらでお金持ち。しかも容姿もいいほう。奥さんになるほうも確か秀麗とかどうとかって言ってましたよね?嫉妬されないわけないんじゃ?」


 嫉妬されずに生きる方法。それを脳裏で思考を走らせながら考えた灯谷は首を傾けながら自分の意見を述べる。一方神様は何か気が付いたように話を切り出した。


「それなんだけどね。最近、彼女からは気配がしないのよ」


「しないって嫉妬の感情がですか?会ってもいないのに?」


「会ってはいないわ。ここ数日の生活を少し覗いただけよ。とはいっても全部じゃないから正確なところはわからないけど。多分息子さんと仲良く暮らしてはいるわね」


「……すみません。ソレ、嫌な予感がするんですが」


「やっぱり?」


「気づいてたんなら事情くらい聞いてやっていいんじゃ?」


「しないわよ。当人の生き方は当人の自由。相談を持ち掛けられてからが私の出番。それまでは引っ込むのが吉よ。そうでしょ?迂階灯谷?」


 自分の名前を姓名共にに呼ばれた時、灯谷はハッとした。


「あぁ成程。確かに」


「そうでしょ?」


「……悪いお人ですね。言うなれば」


 二人は不敵に口元を歪ませ、笑った。

 あの家で何かが起きていた。それは確かだったが二人ともにそれを外から見て笑っているだけ。迂階が口に運んだ二個目のブラックは苦くなくむしろ程よい美味しさを彼にもたらす。

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