#3-3

「ねえ華菜さん。自分が嫉妬されてるって感じたことはないの?」


「え?」


 約束の日の前夜。逢埼華菜の自宅にて。神様のメト・メセキは華菜に質問を一つ投げた。


「それは……ないと思います。だって私……そういう要素持っていないというか……その」


 口ごもりながらもその質問に回答を返す。そしてどこか恐る恐る華菜は回答を返す。


「何かあるんですか?その質問の意図って」


「聞いてみただけよ。ただ、人の妬み嫉みってのはね。当人をゆがませるだけじゃなくその周囲にも影響を及ぼすの。あなたみたいにね」


「それってつまり私が妬まれてると言うんですか?」


「そうね」


「それ絶対におかしいですよ。私には何も」


 困惑した表情で華菜は神様の意見を否定しようとするがそこに神様は手を立てて止めにかかる。そして次のように述べる。


「高校時代に出会ったのは成績優秀で秀麗な子。一方で私は頭も悪く家も親もいいところではない。向こうは門限という制限がありながらも家は裕福で……ここまで比較すれば嫉妬されると思わない?」


「……だったらなぜ神様は私を選んだのですか?あの子じゃなくて」


「理由?それはね。あなたが良いからよ。無論、あの子に力を貸す選択肢もあった。だけどね、最後に決めるのはこの私。嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)に相応しい存在を決めるのはどうあってもこの私なの」


 したり顔で神様は答える。その解答には何も言えなかったが一つだけ引っかかることが華菜にはあった。怪訝そうな顔で神様に問いかける。


「あの……私が嫉妬されているってのは本当なのですか?その……信じられないというか」


「ええ。残念ながら」


「どうして」







「……どういうことだよ、畜生」


 先ほどまで活気づいた美沙の雰囲気は血にまみれた彼女の来訪によって沈められていた。別荘内部には先ほどまでの楽しい雰囲気が消え、代わりに重く苦しい空気がまるで入れ替わったかのように存在していた。逢埼華菜という存在がこの場に空気をもたらした。その瞳に不気味な紫を灯して。


「皆をどうして……」


 怯えた表情でロッジの一室に逃げ込んだ美沙は震えながら殺人鬼と変貌した逢埼華菜から隠れていた。


――どうしてこうなったの?生まれた時から親にぶたれて殴られて……成績もよくなくて仲間ができて精一杯頑張って容姿を整えて……汚いことをやってのけてあの恋敵を追い払っていたぶって彼氏作って子供出来て仲間と幸せになろうとする私が悪いわけが


「十分悪いわよ。美沙さん」


「ヒッ……!?」


 鍵をかけたはずの部屋にソイツはいた。昔から羨ましくて憎い、その女が。


「ああそうそう――」


 華菜は不敵に笑いながら何かを美沙の方に向けて投げつける。赤い液体を垂らしながらゴトリとそれは美沙の足元に落ち、視線がソレに映ったとたん、美沙は絶叫を上げた。

 それは先ほどまで楽しく談笑していた仲間の一人の……メグの首だった。


「メ……メグ?」


「ええ。そうよ。貴方のお友達」


「あ……あぁ」


 先ほどまでの仲間たちは、四人は無残に殺された。自分が格下だと思っていたその者の手によって。

 マイは躍りかかったが炙り焼きにされた、ムツキも同じように。そしてメグはめった刺しにされて首をもがれてここまで運び込まれた。


「テメェ!!」


 マイが華菜に飛びかかろうとするもその体に炎が覆い、絶叫を上げてマイは崩れ落ちた。

 その流れを無視するかのように華菜は目の前の美沙に声をかけた。


「ねえ。笹山さん。ちょっといいかしら?」


 美沙の事を笹山と呼んで華菜は不敵に笑う。


「な……なんだよ。つかその苗字は捨てたんだよ!忌々しいその苗字はよ!」


「いいえ。間違ってないわ。で、笹山さん。盗ったでしょ。私の家から」


「だからなんだよ!!大体――」


 恐怖から一転して剣幕を持って突っかかろうとする美沙。しかしそんな美沙の視界を、目を炎が覆う。

 絶叫があたりを覆った。


「もう一度聞くわ。他に何を盗んだのかしら?ああ、こういったらいいのかしら。あの日、私の家から何か持っていったでしょ?通帳にぬいぐるみにあとは……アクセサリーとか」


 のたうち回る彼女を見下しながら一人話を続ける華菜。そして美沙に紫色の炎を投げるようにして彼女を焼く。


「それじゃあさよなら」


「わ、わかった!返す!返すから!」


「そうそう。ちゃんと返さないとだめじゃないの」


 そう言うとにやりと笑って華菜は紫の炎で美沙の顔を覆わせる。すると美沙の瞳は元に戻っていた。


「あ……あれ?」


 それまでのたうち回っていた美沙は突然自分の視界が戻ったことに驚きを隠せずにいた。


「そうね。そうそう。後あの子のことだけど……私が頑張って面倒見るから、あなたは死んで頂戴」


「……けんな」


「ふざけんなじゃないの」


 一本のナイフをまっすぐに美沙の心臓目掛けて突き刺す。苦悶の声を上げて美沙は崩れ落ちる。


「確かにあなたは生物学上から見たらあの子の母親かもしれないわ。だけど母親ってのはそんな簡単な生き物じゃないの。生まれてからずっと見放して日々遊ぶ貴方は母親じゃない。あの子の母親にふさわしいのは私なのよ」


「や……やめて……死にたくない」


「だからあの子の母親は……そして妻にふさわしいのはこの私なのよ」


 紫色の瞳をぎらつかせて這いつくばる美沙に満面の笑みを浮かべて答える。


「死にたくない……死にたくない、しにたくな――」


「あらかわいそうに。楽にしてあげるわ。


 最後に張本人はとどめと言わんばかりに本人が嫌っている美沙の旧姓で呼びかけると炎で彼女を覆った。絶叫が響いた。






 ロッジを覆うその炎を眺め、華菜は一息をつく。そしてこれからを考え出していた。


(私があの人の妻になって……それから何よりもあの子の世話をしないと。一番はそこよね。大丈夫、私になら――)


 血まみれのコートを羽織っていながらも彼女は母親としての考えをその胸の内に広げていた。


「これからは今まで以上に母親として振舞わないと……そうあの人の妻としても。そう、そうよ」


 笑い声が辺りに響く。そして燃え盛るロッジの崩れ落ちる音も響く。声も炎もより一層夜の中でその存在が響いた。

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