#3-2
「あー……美沙ってばどうしていつもああなのかしら」
逢埼華菜が美沙のいるロッジに来る少し前、メグはロッジから少し離れた場所でタバコを吸っていた。
遡ること一時間前。メグはいつものメンバーと一緒に美沙の持つ別荘へと向かっていた。そこで美沙に華菜を呼び出して皆でボコボコにしてやろうという計画を持ち掛けられていた。その際そこまでやるかと少しばかり反論をしたが美沙は仲の良いメグに対してでも突っかかりを見せていた。
――ふざけんな!こっちは純也とられかけてんのよ!証拠だってあるしこのまま一気にボコボコにして奴隷にしてやるんだよ!!
その時の剣幕を思い出すと彼女は震えた。美沙のその怒りは最もではあるがメグにはいまいち理解できていなかった。
「そりゃまあアレってば浮気かもしれないけどさ。美沙はもうちょっと家庭に目を配るべきというか」
ふとここに来るまでの話を思い返していた。
「恋人向けのアクセサリー?これが?」
「そう。アイツこれを吉良島君から貰ったのよ。だからアイツが純也と浮気をしたという証拠になるわけ」
二日前、メグは美沙と二人で個室のある焼き肉店で食事をしつつ会話をしていた。
「あーでもさ……それって吉良島君が買ってたかもしれないんでしょ?それって浮気になるの?つかそれで大丈夫なの?」
「いいのよ。ここからなんだから」
「ここから?どういう意味よ?」
「まずこれで浮気の証拠の一つと認めさせるの」
「認めさせる?」
「ええ。吉良島君が悪いことになりそうだけど私があのくそ女が吉良島君を誘惑したことにする。それでいいの。で、これで浮気の証拠を掴んだら次にアイツをこれで告発しようとする。でもそうはしないわ」
「え?なんで?」
「ゆすった方が得だからよ」
「ゆする?どういう事?」
美沙がにやりと笑うと鞄から通帳を取り出してそれをメグに見せる。
「アイツのよ。結構あるわ」
「……ああ、示談金ってことね」
「そうそう。あとはもっと弱み握るためにもみんなでアイツを監視するの。そしたらそれでゆすって……金が潰えたら家を売り払ってもらってさ。搾り取って捨てるのよ」
「そこまでやる必要あるの?」
「当たり前でしょ。アイツ気に食わないんだもん」
焼かれた肉を一人で全部取って取り皿の上に乗せる。そしてそれを食べながら美沙は話を続ける。
「高校生の時さ、アイツ頭よくてめっちゃもてはやされてたじゃん?おまけに純也、アイツに気が合ったみたいで。取られかけたのよ。だから皆で止めに入ったじゃない」
「ああ。それであの時一同で止めに入ったのね」
「そうそう。時間できてからは皆のおかげで時間できてさ……で、ある時にできちゃったでしょ?」
「……まさかそれ」
「うん。そう。そういうこと」
メグは戦慄した。美沙のその行いに。いくら自分の幸せのためとはいえそこまでするのかと。
「……でもさ、できたからと言って結婚まで進むの?」
「それは大丈夫だったわ。当時生きてた純也君の父親に私が純也との子供を妊娠したって丁寧な感じで迫ったのよ。妊娠したって言ったら純也が責任取るって言ってね。結婚することになったのよ」
「……子供どうすんのよ」
「ベビーシッターに預けようか考えたんだけど……いろいろあってやめたわ。金の無駄だし」
「大丈夫なのそれで?」
「いいの。どうせアイツがいるでしょ。アイツをこきつかってやるんだから」
美沙は手に今一度華菜の通帳を見せつけるように持つ。
「翔は純也からおもちゃとか買ってもらってるしそれによくしてるみたいだしそれでいいじゃん。あたしの時なんてしょっちゅうババアに殴られてさ、金ないときはエンコーすればって言うようなヤツでさ。なんかそん時のこと思い出すからむかついてあんまりそういうことしたくないってゆーの?ちなみにオヤジにはちょっと泣いただけでぶたれてたわ」
美沙の言う『そういうこと』。いわゆる愛情を注ぐ行いである。だが吉良島美沙は幼少期からの虐待やネグレクトもあり息子の吉良島翔にはロクに愛情を注いでいなかった。外の環境にいて、上辺だけはどうにか注いでいたという状況だった。
「だから私ね、あいつみたいなのがキライなのよ。如何にも両親に大切にされて育ってるっていうか。証拠に成績だって良かったし。自分には門限があるからって言って前に不幸ぶってたけど腹立つのよそういうの。門限が厳しいおうち?だから何よ!」
吐き出された嫉妬とともに、眉間にしわを寄せて美沙は怒りをあらわにした。その時の表情をメグは今も覚えている。
あの日の美沙にメグは次のように言葉を述べた。
「美沙さ、いくらなんでも自分が親からひどい目にあったからって自分もそれをやってたら……同族ってやつだよ」
「うん。そうだね」
「え?」
ぎょっとした。メグは周囲を見返すもそこには誰もいない。しかし確かに声は彼女の耳に届いていた。気味が悪くなって喫煙所から離れようとしたその時だった。
「こんばんは、メグさん」
蒼い色の炎が彼女の前で燃え上がり、そこから――
「……あ、逢埼!?」
炎の内より逢埼華菜が姿を現す。ロングコートに革製のショルダーバッグを抱えた彼女はニヤつきがらメグに接してくる。
「一人?ちょうどいいわ――」
そして華菜は空いてた腕を振るうとそこから先ほどと同じ炎がメグを覆った。
「キャアッ!?」
悲鳴を上げ顔を隠すように腕で覆うが何も起きなかった。というより正確にはメグの身には何も起こっていなかった。メグは自分の体に何も起きていない不気味さに正面でニタニタと笑う逢埼に汗をかいて不安を覚える。
「今……なにしやがった!?」
「さあ?お化粧とか?」
「……テメェ!!こっちが一人だからっていい気になりやがって!!」
殴りかかろうとしたその時だった。
先に一撃を入れたのは逢埼だった。いつの間にかカバンから出していた一本のナイフをためらいなくメグの腹に突き刺して見せた。
「うぐ……!?」
そして逢埼はそれをすぐに引き抜いて彼女を押し出すような蹴りを浴びせる。倒れた彼女は絶叫をあげ、腹から流れる血を必死に抑え込む。
「ミサ!!逃げ―――」
「無駄よ。今貴方は位相のずれた位置にいるから」
「何を言ってやがる!?」
第一の炎、イァーツォ・ルースァ。
対象を認識から離れさせる炎。具体的には誰にも認知されなくなる嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)がもたらす炎の一つ。
「要するにね……今貴方の声は誰にも届かないの。私を除いてね」
ゲラゲラと指をさして笑うようになる華菜。最後に会ったときはあまりにも違うその豹変ぶりに恐怖を覚えるも腹の痛みですぐに怒りをむき出しにする。
「テメェ……テメェ!!」
崩れるメグを見下すように見つめる彼女は相変わらず不気味に笑っていた。腹の黒さが露呈した彼女は血まみれのナイフを放り投げるとカバンから別のナイフを取り出す。というよりそれはナイフという大きさではなく刃渡りにして四十センチ近くあるものでカバンにしまい込める武器の中では一番大きな代物だった。
「あ……ああ」
「大丈夫よ。すぐには殺さないから。勉強しないといけないの。優等生はね、そういうものなのよ!」
そして彼女は何かを呟いた。その時だった。
「うあああああぁぁぁぁ!!」
メグの左足はギラギラと燃え上る。
「あら凄い。本当にイメージ通りに燃えるのね」
第二の炎、アルゲ・スィーレ。
対象を紅い炎で焼き払う嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)の持つ三つの炎の内の一つ。
化学的な炎としても機能を果たすだけでなく、自在にコントロールして対象を徹底的に灰に返すまで燃やす炎はまるでメグの足を喰らうように焼いて見せた。
「かわいそう。ほら」
焦げたその足に今度は紫の炎が燃え上る。
「イヤァ!?…………え?」
その時、メグは自分の目を疑った。治っていたいたのだ。さっきまで焼けていた自分の足が元に戻っていたのだから。
第三の炎、エリエン・ティレ。
対象を治す行為に近い現象を引き起こす紫の炎。自分にも相手にも使える。これがある限り嫉妬魔人(ジェラ・フィエンド)は無敵である。
「そんな……どうして……私まで」
「貴方でしょ?あの時私の書いた恋文見つけてチクった馬鹿は」
手元の包丁を突き付けて不気味に微笑む華菜のその態度に倒れたままのメグは怯えていた。
「そ……それは確かに悪かったわよ。でも私――」
直後、包丁がメグの左耳を切り落とした。悲鳴が辺りに響く。
「ああ、ごめんなさいね。今は急がないといけないの。貴方をいたぶりつくすのは諦めるわ。死んで頂戴」
包丁は真っすぐに真横を向けたままメグの心臓を貫いて見せた。そして即座に引き抜き、辺りに血が飛び散る。まだ温かみのある熱が華菜の着ていた薄桃色でウールで出来たロングコートに染みを大々的に作る。
「あーあ。これお気に入りだったのになあ……」
紅いシミのできたコートにがっかりしながら不意に足元に視線を移す。そこには心臓を刺されて息も絶え絶えのメグがいた。
「あらいけない。私としたことが」
視線と悪意に気づいたとき、息が荒れていたメグの呼吸は更に荒れる。
「とどめ差さないと。かわいそうだから……ね?」
そしてカバンのナイフを一本一本突き刺し始める。届かぬ絶叫が辺りに響いた。
――取り戻すの。全部を。あいつら全員殺して
彼女の脳裏にある願い。それだけが今の彼女を突き動かす。燃え盛る一人の女性の首を引き抜くように持ち出すとそのまま足を復讐すべき相手のいる場所へと向け、歩き始めた。
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