#3-1 妬み巡りて

――話したいことがあるから大新山(おおしんざん)の中にある私の持っているロッジまで来ましょう。

来なかったらお前の浮気を勤め先の会社に告発してやる


 そのような内容のメールを笹山美沙は一週間前に送っていた。

 そして来る約束の日の夜。吉良島美沙のグループは一同で大新山の中にあるロッジで酒を飲んで盛り上がっていた。


「つーかさ、美沙すごくない?何時の間に別荘買っちゃったんよ!?」


 ロッジ内にある大広間の中心でテーブルを囲っていたうちの一人、モエカは驚嘆して辺りを見返しながら声を上げた。


「凄いでしょモエカ。でもこれさ、純也の持ち物なんだ。だからあたしのでもあるわけよ」


「はー……吉良島君の家どうなってんのよ」


 モエカは信じられないといった顔をしながらその広間の周囲を見渡す。


「つくづく思うけどお前よく吉良島君と結ばれたよなぁ」


 マイが片手のワイングラスを飲み干して陽気な態度で美沙に接する。


「まあね。愛し合ってるわけだしうちら?」


「……よく言うよな。あの過程でそれ言えちゃう?」


「でなきゃ翔君は生まれなかったじゃん?」


「……ああ、そうだな」


 男勝りの口調のマイが頭を抱える横で気分の良くなった美沙はいい気になって飲む酒の量を増やそうとしてワイングラスの中身を目いっぱいに注いでは飲み干す。それを太った女のモエカとムツキは怪訝そうな顔で見つめていた。


「美沙、今日アイツ来るんじゃないの?大丈夫なのそんなに飲んで?」


「あー、あの浮気者のくそ女ね。そろそろ来てもいい時間なんだけど」


 広間に設置された時計を見る。時刻は七時半に差し掛かるころだった。


「まーこの別荘自体さ、他のとは離れてるじゃん?見つけられずに泣いてたりして」


「そりゃうけるわー。引っぱたいて外に放り出しちゃお?全裸でさ?」


 モエカとムツキがゲラゲラと笑いながら酒を飲んでいる中で美沙は一人ため息を深く怒り気味に掃いて不機嫌さを深めていた。メグはそれを見て震えていた。


「ちょ、二人とも」


「んだよムツキ、今気分いいのに――」


 マイが何か言いかけたその時、美沙は勢いよく机を叩いた。それまでの盛り上がった雰囲気が砕け散る。


「おせえ!あのクソアマどこにいやがる!?」


「え?えぇ?わかんないよ……」


 一人怒り出した美沙にメグが困惑した態度で答える。美沙が舌打ちをしたその時、メグはすっと立ち上がる。


「ごめん、ちょっとタバコ吸ってくる」


「外で吸え。外でな」


「……うん」


 剣幕の残滓が漂う美沙をよそに、メグは一人廊下の方から外へと消えていった。

 そんな中で、モエカが口を開いた。というより開いてしまった。


「あぁだめ……足痛い」


「足?大丈夫なん?」


 マイがモエカのボヤキに反応する。


「アパレルの倉庫で仕事してるとたいていこうなるのよ。ムツキも似たような感じでしょ?」


「あたし?まあそうかなあ……」


「二人とも倉庫勤務なんだっけ?アタシも営業でよく痛めるけど……」


「でもマイってデスクワークのほうが多いんでしょ?」


「まあね。でもパワハラとセクハラが待ってまーす……」


 泣きそうな声でマイは答える。すると――


「メグも確かコンビニバイトでしょ?みんな頑張ってるじゃない」


 美沙がため息交じりに酒を飲みながら答えた。不機嫌が収まったらしい。


「マイもさ。ムツキもメグもモエカも皆頑張ってるよ。足痛めてさ。安月給でさ。アタシが言えた義理じゃないけど。だからこそあの糞女、腹立つのよ。なんで家から一歩も出ないで仕事してあんなに給料もらってるんだってさ!」


「美沙……でも今日あたし達のためにこういう場何度も開いてくれるじゃない。それで十分よ」


 マイが美沙ににこやかに話す。うんうんとムツキとモエカが首を縦に振る。


「……そう?ならいいけど」


 美沙はにやりと笑うと空っぽのグラスにまた酒を入れだした。


 酒を飲んでにぎやかさを再び取り戻したその状況下でマイが時計の針が進んでいるのに気づく。


「あれ?メグ帰ってこねぇな?」


「ホントだ?うんこじゃね?」


「モエカさーん?そういうのよくないよぉ~。つかトイレ行ってくるー」


「おー。いてらー」


 モエカと広間から出ていく酔いつぶれかけのムツキの会話の横で一人機嫌の悪いままの美沙は手に持ったグラスを横に置くと持ってきた鞄から何かを取り出した。マイがそれに目を引かれる。


「あれ?美沙、それ何?」


「……通帳。あいつのね」


「え?なんで持ってるの?」


「こないだ入った時に持ってきた」


「盗んだんじゃなくて?」


「当たり前でしょ」


 そう言い切ると美沙はページを開き、中の一ページを指さしてその場のマイとモエカに見せる。それを見た途端二人の顔は驚愕の表情を見せた。


「え?嘘!?アイツこんなにため込んでるのか!?」


「うわー優等生って前から思ってたけどこれはひくわ……つかほんとに給料やば」


「少し前に聞いたんだけど。アイツ両親が死んで家を売り払ってあの家に住んでるだって。それでも余ってるカネがこれだけあるみたいでさ。ねえ、ここからいくらぶんどれると思う?」


「あー……三割くらいとか?」


「アタシはね。全部取ろうと思ってる。アイツを奴隷にしてね」


「全部?!つか奴隷って?」


 モエカが困惑した顔で美沙の計画を聞き始める。


「それはゴールみたいなもんよ。まず今回の一件でアイツに謝罪ともうしないという制約を出す。それからアイツの家の鍵を今一度アイツから渡してもらう。あとは四六時中生活見張っておけばいいの。時間がたてばこっちの言いなりになってくるからそしたら生活費やらをこっちから縛って奪って……最終的には全部搾り取る。それからあの家も売り払わせて――」


「ちょ、ちょっと美沙?」


 見開いた眼で計画を語り始めた美沙のその様相に引きながらもマイは話に割り込もうとする。


「そんな簡単にうまくいくの?」


「簡単じゃないでしょ。でもさ――」


 その場にいた二人に目を配る。そして表情を一変させてニコリとほほ笑む。


「皆であの『優等生』さんを潰そ。高校生の時から気に食わなかったのよ。センコーといい親といい、恵まれてるのが腹立つのよ。しかも翔の世話させてるのいいことにさ、うちの純也に色目使ってきてさ。しかも今回含めて二回よ!?ここに居る皆でさ。協力しようよ。上にいるあいつを引きずり下ろしちゃおうよ!」


「ああわかったよ美沙。その通帳を持ってきたのは」


「ええ。慰謝料代わりの金を貰えるようになったら、示談金ふんだくったら山分けしてあげる。皆であのくそ女をボコボコにしてやろ」


「ギャハハ!!美沙ってば悪~い!」


 モエカがゲラゲラ笑って次のビール缶に手を掛けつつそれを飲む。


「で、翔君はどうするの?」


「アイツに面倒見てもらうわ。最悪アイツが翔殺してごらんなさいよ。その時は――」


「全額貰おうって腹か」


「そういうこと。マイってば賢い!」


 ニカニカ笑って美沙はマイを褒める。しかしマイの顔はどこか引きつっていた。


「本当あんた悪いこと思いつくわね。特に吉良島君関係に関しては。寄ってきた女悉く潰したというかさ……」


「こっちだって純也だけ相手にしてるわけじゃないからさ。遊ぶために何人に抱かれたと思ってんのよ?それでできたこう……コネっての?それで脅せばいいから。くそ女にはまだ言ってないから今から行った時の反応が楽しみね?」


「……だな。美沙なら――」


 マイが何か言いかけたその時、何かが大きく割れる音を鳴らした。


「ああっごめん美沙!」


 二人が音のほうへ視線を向けるとそこには割れたグラスとうろたえるモエカが映る。


「なにやってんだよモエカ……美沙の家でさ」


「いいわよマイ。どうせアイツに掃除させるから」


「あ、うん。でもさ――」


 モエカは時計を見る。すでに時刻は午後八時を過ぎており、尚も逢埼華菜が現れる気配は依然としてなかった。


「おっせぇなあの女……美沙、メールだと午後七時に来いって言ったんだよな?」


「……ええ。だから来たらいの一番に殴ってやる。腹のあたりをさ」


「悪いお腹は潰してやるって?」


「そうそう」


 マイと美沙の身の毛のよだつその会話にモエカは震えた。そしてふと気になったことがあり二人に問いかける。


「そういえばメグとムツキ帰ってこないね?」


「タバコ吸いに行ったメグはともかくムツキどうした?酔いすぎてぶっ倒れてない?」


「あー……そうかも。あたし見てくる!」


 その場を逃げるようにして去っていくモエカを冷めた目で見ながら美沙はマイの方を向く。


「ねえ、マイ。アイツ来なかったらさ私アイツの勤め先にこの件報告するんだけど。それで示談金取った方が多いと思うんだけど……どうかな?」


「ああ。そうかもね。アイツもしかして来ないでこのまま逃げるつもりかも――」


 二人が華菜について話していたその時だった。


「イヤアァァァァァァ!!」


「え!?モエカ!?」


 突如廊下から大きな声が聞こえた。マイと美沙は立ち上がって悲鳴の方へ向かう。


「どうしたのモエ……カ」


 そこには膝を折って轟々と燃え盛るモエカらしきものがあった。


「……ム、ムツキ?」


 美沙がそれを見てムツキかどうかと困惑した。全身にナイフを刺されたのは服装からしてムツキなのだが……そこには首がなかった。


「う……」


 マイがその場を離れるとそのまま崩れて吐き出す。


「な、なによ……これ」


 美沙は震えだす。辺りの凶行の後は色濃く残るその場所でふと視線をあげる。するとそこにいたのは――


「あいさ……き?」


 レインコートを着込み、手に鞄を二つ持った女性がいた。最もそのコートも鞄も血でまみれていたが。


「こんばんは。ごめんなさい。遅れちゃって」


 血で紅く染まったコート、その表情。それでも彼女は丁寧に美沙達へと挨拶をした。


「逢埼……テメェか!?テメェがやったのか!?」


「ええ。そうよ」


 ニヤリと華菜は笑う。礼儀正しい優等生の肖像を持つ彼女の変貌にその場にいた三人は恐怖を隠せずにはいられなかった。

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